各論目次

  第4節 堕胎の罪(212条-216条)

     1 総 説

 「堕胎の罪」は,自然の分娩期に先立って人工的に胎児を母体から排出・分離させる行為を内容とする罪です。

犯罪類型

 以下の類型が規定されています。

 ① 堕胎罪(212条)

 ② 同意堕胎罪(213条前段)

 ③ 同意堕胎致死傷罪(同条後段)

 ④ 業務上堕胎罪(214条前段)

 ⑤ 業務上堕胎致死傷罪(214条後段)

 ⑥ 不同意堕胎罪(215条1項)

 ⑦ 不同意堕胎未遂罪(同条2項)

 ⑧ 不同意堕胎致死傷罪(216条)

保護法益

 堕胎の罪の保護法益は,第1次的には胎児の生命・身体の安全といえます。

 ただし,母親に致死傷の結果が生じた場合を加重処罰することからすれば(213条後段・214条後段・216条),第2次的には母体の生命・安全であると解されます(団藤・大塚・大谷・曽根・川端・中森・斎藤・山中など通説)。

堕胎の意義

 「堕胎」とは,「自然の分娩期に先立って人為的に胎児を母体から分離させること」をいうと解されます(大判明44・12・8,通説)。

 胎児を母体内で殺すことも,これに含まれます。

 ただし,結果として胎児が死亡することは必要ではありません(通説)。

 堕胎行為は,①母体内で殺害した場合は,その時点で,②それ以外の場合には,胎児を母体外に排出したときに完成します(通説)。

危険犯

 堕胎罪は,胎児または母体の生命・身体が現実に侵害されたことを要件としていません。

 よって,生命・身体に対する「危険犯」であると解されます(大判明42・10・19,通説)。

   ※ A1.危険の発生が構成要件要素となっていないなどとして,「抽象的危険犯」であるとする見解(内田,なお高橋)と,A2.人工的な胎児の排出であっても,母体にとって自然の分娩と異なるところがなく,胎児も生命・身体に影響を受けない人工出産のような場合には,胎児・母体の安全に対する危険は生じないから,「堕胎」の概念の含まれないなどとして,「具体的危険犯」であるとする見解(団藤・大谷・川端)があります。

     判例は抽象的危険犯と解しているふしがあるとされますが(大塚),学説では具体的危険犯とみるものが多数のようです。

   ※※ 堕胎罪を「侵害犯」とみる見解もあります(平野・西田・林・山口)。この見解からは,①本罪の第1次的な保護法益は,胎児の「生命」に限定され,②「堕胎」の意義は,「胎児に攻撃を加え(母体内または母体外で)死亡させること」(胎児殺)とされます(なお,危険犯説から①を採る見解もあります(前田・井田)。)。

違法性阻却事由

 堕胎行為は,母体保護法によって法令上違法性が阻却されます(35条)。そのため,本罪が適用される裁判例は,今日ではほとんどないとされます。

   * もっとも,「不同意堕胎罪」については,交際相手をだまして投薬し流産させたというケースは記憶に新しいところです(東京地判平22・8・9[慈恵医大病院医師不同意堕胎事件])。

   ** なお,母体保護法の要件を欠くでも,緊急避難(37条1項本文)や正当行為(35条)として違法性が阻却されることはありえます(通説)。

堕胎後に生育可能性がある場合

 胎児が堕胎によって排出されたが生命機能を有しているという場合において,「生育可能性があるとき」は,当然「人」として保護に値するというべきです。

 したがって,これを殺害すれば,A.堕胎罪のほかに殺人罪が成立して併合罪になるものと解されます(大判大11・11・28,団藤・香川・内田・堀内・川端・山中など通説,なお最決昭63・1・19[遺棄致死の事案]参照)。

   ※ B.堕胎罪と殺人罪の牽連犯とする見解(大塚・大谷)に対しては,両者は必ずしも手段もしくは結果の関係にあるとはいえないとの批判が妥当します(堀内)。C.堕胎罪は吸収されて殺人罪一罪になるとする見解(中森・斎藤)に対しては,胎児の生命と人の生命とでは法的評価を異にするとの批判が妥当します(山中)。なお,侵害犯説からは,D.堕胎未遂罪(ただし215条2項の場合のみ)と殺人罪の併合罪とする見解(西田)や,E.排出後の侵害行為を堕胎行為と一連・一体のものと評価しうる場合には堕胎罪のみが成立するとする見解(山口)が,主張されています。

堕胎後に生育可能性がない場合

 胎児が排出後に独立に呼吸をしているといった生命機能を有しているが,「生育可能性がないとき」については,争いがありますが,A.生命機能を有している以上,死期が切迫していてもその生命体は「人」ですから,やはり殺人罪の客体になると解すべきです(大谷・川端・中森・斎藤・山中・高橋,大判明43・5・12参照)

 ただし,この見解からも,生育不可能な嬰児を放置して死なせたような不作為による場合は,作為義務を認めることは困難であるなどとして,積極的に殺害した場合に限って殺人罪を認めるべきであると主張されています。

   * 罪数関係については,判例の立場からすれば,堕胎罪と殺人罪の併合罪と考えてよいと思われます。

   ※ この場合,B.堕胎罪のみが成立するとの立場も有力です。B1.生育可能性がない(妊娠満22週未満を目処)のであれば,「人」にあたらないとする見解(前田・林),B2.侵害犯説を前提に,堕胎行為に引き続いて行われた侵害については,胎児殺の概念に含めうるとする見解(西田・山口)などが,主張されています。

     2 堕胎罪(212条)

  (堕胎)

 212条 妊娠中の女子が薬物を用い,又はその他の方法により,堕胎したとき

         → 1年以下の懲役

 「堕胎」罪は,「妊娠中の女子が堕胎する」という罪です(「自己堕胎罪」ということもあります。)。

   ※ 堕胎の罪のうち,A.刑法の規定順序にしたがい,(自己)堕胎罪を基本的な犯罪とみるのが通説です(大塚・大谷・堀内・中森・佐久間)。つまり,本罪を基本として,他の犯罪(同意堕胎・業務上堕胎・不同意堕胎)はその加重類型と考えるわけです。

     これに対して,B.反対説は,妊婦の意思に反する犯罪を基本類型と解すべきであるとして,不同意堕胎罪(215条)を基本として,他の犯罪はその減軽類型であると主張します(曽根・川端・山中)。

   * 本罪の法定刑が「1年以下の懲役」と軽い理由については,A.一種の自傷行為として違法性が低いからであるとする見解(平野・堀内・曽根・川端・佐久間,なお大塚・大谷),B.妊婦の精神状態を考慮すると強く責任非難できないからであるとする見解(西田・前田・林,なお中森),C.その両方を考慮する見解(山中・高橋・伊東)が,主張されています。本HPでは,A説を支持しておきます。

主 体

 本罪の主体は,「妊娠中の女子」(妊婦)です(身分犯)。

   ※ 高橋教授は「真正身分犯」,川端・前田教授は「不真正身分犯」とされています。

客 体

 本罪の客体は,「胎児」です。

 「胎児」とは,受胎(受精卵の子宮への着床終了)の時期から刑法で人として扱われる(一部露出時(判例・通説))までの生命体をいいます。妊娠期間の長短を問いません(大判昭2・6・17)。

  体外受精卵や胚は胎児ではありません。

行 為

 本罪の行為は,薬物を用い,またはその他の方法により「堕胎」することです。

 女子が,みずから単独で行う場合が本罪にあたることは問題ありません。

 他人を利用する場合がどうなるかは争いがありますので,あとでまとめます。

     3 同意堕胎罪・同致死傷罪(213条)

  (同意堕胎及び同致死傷)

 213条 女子の嘱託を受け,又はその承諾を得て堕胎させた者

         → 2年以下の懲役

      よって女子を死傷させたとき

         → 3月以上5年以下の懲役

      (1) 同意堕胎罪(前段)

 「同意堕胎罪」は,「女子の嘱託を受け,または女子の承諾を得て,堕胎させる(=堕胎を実施する)」という罪です。

主 体

 本罪の主体は,業務上堕胎罪(次条)に列挙されている者(医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者)以外の者です。

行 為

 本罪の行為は,女子の嘱託を受け,または承諾を得て,堕胎を実施することです。

 「女子」とは,妊娠中の女性(妊婦)を意味します。

 「嘱託」・「承諾」は,自由かつ真意にもとづくものであることを要します。

 「堕胎させた」という文言は -やや不自然ともされますが(平野)- 妊婦自身に堕胎を実施させるという意味ではなく,「妊婦以外の行為者が妊婦に対して自ら堕胎行為を実施すること」を意味します。

      (2) 同意堕胎致死傷罪(後段)

 「同意堕胎致死傷罪」は,「女子の嘱託を受け,または女子の承諾を得て,堕胎をさせ(=堕胎を実施し),よって女子を死傷させる」という罪です。

 本罪は,同意堕胎罪の結果的加重犯なので,堕胎行為によって死傷結果が発生したことを要します。

 ただし,堕胎に通常随伴する創傷については,堕胎行為に含まれるので,ここでいう致傷にはあたりません。

 妊婦に死傷結果が生じた以上は,堕胎自体が未遂にとどまったとしても,本罪にあたると解されます(大判大13・4・28,大谷・川端,ただし多数説は反対(団藤・大塚・中森・高橋・伊東・山口など))。

     4 業務上堕胎罪・同致死傷罪(214条)

  (業務上堕胎及び同致死傷)

 214条 医師,助産師,薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け,又はその承諾を得て堕胎させたとき

         → 3月以上5年以下の懲役

      よって女子を死傷させたとき

         → 6月以上7年以下の懲役

      (1) 業務上堕胎罪(前段)

 「業務上堕胎罪」は,「医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者が,女子の嘱託を受け,または女子の承諾を得て,堕胎をさせる(=堕胎を実施する)」という罪です。

主 体

 本罪の主体は,医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者に限定されます。

 本罪は,同意堕胎(前条)について,「業務者」という身分によって刑を加重するものものです(不真正身分犯)。

 同意堕胎の施術を実施しやすい立場の者を類型化し,予防的な見地にたって法定刑を重くしたものとされます(大谷)。

行 為

 本罪の行為は,同意堕胎罪と同じです。

      (2) 業務上堕胎致死傷罪(後段)

 「業務上堕致死傷胎罪」は,「医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者が,女子の嘱託を受け,または女子の承諾を得て,堕胎をさせ(=堕胎を実施し),よって女子を死傷させる」という罪です。

 業務上堕胎罪の結果的加重犯です。

     ※ 「自己堕胎」と「同意堕胎(業務上堕胎)」の共犯関係

 ここで,(堕胎の意思のある)妊婦と他者との共犯関係について,確認しておきましょう。

妊婦が他者に堕胎を依頼した場合

 妊婦Xが他者Yに依頼して堕胎してもらったという場合,Yには同意堕胎罪(213条前段)が成立すると考えられます

   * Yが医師等であれば,業務上堕胎罪(214条前段)の問題となります(斎藤参照)(以下,同じ。)。

 妊婦Xについて,A.通説は,212条の「その他の方法」(による堕胎)には,他人に堕胎を実施させる場合も含まれるとして,単純に(自己)堕胎罪を適用すればよいとします。

 これに対して,B.反対説は,Xは同意堕胎を唆したことになるが,65条2項が適用されて,(自己)堕胎罪の教唆犯(61条1項・212条)が成立すると主張します(西田・曽根,なお植松)。

妊婦と他者が共同して堕胎した場合

 妊婦Xと他者Yが共同して堕胎した場合について,A.通説は,この場合も「その他の方法」に含まれるとして,Xには(自己)堕胎罪(212条)を適用すればよいとします。

   * Yについては,「あえて共同正犯として60条を適用する必要はない」(大谷)とされており,やはり同意堕胎罪(213条前段)の単独正犯を認めることになると思われます(内田・堀内)。

 これに対して,B.判例は,この場合,60条の共同正犯に該当し,妊婦Xの行為は212条(自己堕胎罪)に,他者Yの行為は213条(同意堕胎罪)にあたるとしています(大判大8・2・27,山中・伊東・山口)。

   ※ 上記大8判決に対して,大塚博士は「60条に該当するという趣旨が不明確である」とされ,内田博士は「これでは,いわゆる『犯罪共同説』は崩れ去る」と評されています。

     他方,前田教授は,「自己堕胎罪の共同正犯と,同意堕胎罪の共同正犯の成立を認めたと解すべきであり,実質的に行為共同説を採用してるといえよう」とされています。

     仮に,犯罪共同説(最決平17・7・4参照)を前提としてB説を採るのであれば,「Yには同意堕胎罪が成立し,Xとの間で自己堕胎罪の限度で共同正犯となる」ということになろうかと思われます(山中参照)。

妊婦の堕胎行為を他者が幇助(教唆)した場合

 妊婦Xの自己堕胎を,他者Yが幇助した場合(たとえば,施術者を紹介したり,手術費用を与えるなどしたとき)は,いかに解すべきでしょうか。

 この点,妊婦でないYについては,同意堕胎罪の従犯とすべきかとも思われます。

 しかし,前述のとおり,同罪の「堕胎させた」とは,「妊婦以外の行為者が妊婦に対して自ら堕胎行為を実施すること」を意味します。

 したがって,同罪の従犯ではなく,A.(自己)堕胎罪の従犯(62条1項・212条)になるものと解されます(大判昭10・2・7,大判昭15・10・14,大谷・曽根・高橋)。

   ※ 「教唆」の場合も同様に考えられます(大判大9・6・3,堀内参照)。

   ※※ 平野博士は,「自己堕胎は自傷行為であり,同意堕胎より違法性が少ないゆえに刑が軽いのであるから,自己堕胎に関する教唆・幇助も,自己堕胎罪の違法について責任を負えば足りる」旨を述べ,判例の結論を支持されています(同旨;堀内・斎藤,なお内田)。

      これに対して,西田教授は,判例の立場は「213条にいう『堕胎させた』を堕胎の実行に限定するという関与形態による」ものにすぎないと評価されています。

      他方,前田教授は,B.「自己堕胎罪の刑が軽いのは妊婦の精神状態を考慮したもので,妊婦は不真正身分(加減的身分)にあたるとし,65条2項により,その他の者は重い同意堕胎罪の教唆・幇助とすべきであるとされています(同旨;中森・西田)。

     4 不同意堕胎罪(215条)

  (不同意堕胎)

 215条1項 女子の嘱託を受けないで,又はその承諾を得ないで堕胎させた者

            → 6月以上7年以下の懲役

     2項 前項(不同意堕胎)の罪の未遂

            → 罰する

      (1) 不同意堕胎罪(1項)

 「不同意堕胎罪」は,「女子の嘱託を受けないで,または女子の承諾を得ないで,堕胎をさせる(=堕胎を実施する)」という罪です。

主 体

 本罪の主体は,とくに制限はありません。

行 為

 本罪の行為は,女子の同意なしに堕胎を実施することです。

 「嘱託を受けないで,又はその承諾を得ないで」というのは,「嘱託も承諾もなしに」という意味です。

      (2) 不同意堕胎未遂罪(2項)

 「不同意堕胎罪」については,未遂も処罰されます(「堕胎の罪」の中で未遂処罰規定があるのは本罪だけです。)。

 「妊婦の同意なしに堕胎行為を実施したが堕胎の結果は生じなかった」という場合が,これにあたることになります。

     5 不同意堕胎致死傷罪(216条)

  (不同意堕胎致死傷)

 216条 前条の罪を犯し,よって女子を死傷させた者

         → 傷害の罪と比較して,重い刑により処断

 「不同意堕胎致死傷罪」は,「不同意堕胎の罪を犯し,よって女子を死傷させる」という罪です。

 不同意堕胎罪・同未遂罪の結果的加重犯です。

   * 「傷害の罪と比較して,重い刑により処断する」の意味については,124条2項の解説を参照してください。

     本罪の場合,結論として,「不同意堕胎致罪」は「6月以上15年以下の懲役」,「不同意堕胎致罪」は「3年以上の有期懲役」となります。

 

                                                                        遺棄の罪