各論目次

  第3節 略取・誘拐・人身売買の罪(224条~229条)

     1 総 説

      (1) 意 義

 略取・誘拐の罪は,人を従来の生活環境から離脱させて,自己または第三者の事実的な支配下におく犯罪です。いわゆる「人さらい」です。暴行・脅迫を手段とするものが「略取」,欺罔・誘惑を手段とするものが「誘拐」です。両者を併せて「拐取(かいしゅ)」ということがあります。
 人身売買の罪は,人を物と同じように売買する犯罪です。

犯罪類型
 刑法は,略取・誘拐・人身売買の罪(33章)として,以下のものを定めています。
  ① 未成年者略取・誘拐罪(224条) 
  ② 営利目的等略取・誘拐罪(225条) 

  ③ 身代金目的拐取等罪(225条の2) 

  ④ 所在国外移送目的略取・誘拐罪(226条) 

  ⑤ 人身売買罪(226条の2) 

  ⑥ 被略取者等所在国外移送罪(226条の3) 

  ⑦ 被略取者引渡し等罪(227条) 

  ⑧ 未遂罪(228条) 

  ※ 解放による刑の減軽(228条の2) 

  ⑨ 身代金目的略取等予備罪(228条の3) 

  ※ 親告罪(229条) 

      (2) 保護法益

   * 本章は,もともと「略取及び誘拐の罪」とされていたものに,「人身売買」が追加されたものです(平17改正)。両者の保護法益等については,基本的に同様に考えればよいのですが,言葉遣いなどが違うところもありますので,とりあえず「略取・誘拐」について記述し,「人身売買」に関しては226条の2のところで触れたいと思います。

       ア 学 説

        (ア) 客体が成人の場合

 略取・誘拐の罪の保護法益については,略取・誘拐される人(=被拐取者)が保護監督者のいない成人の場合は,「被拐取者の自由」であると考えられています(大コメ)。
 ただし,後掲の井田説などからは,「被拐取者の自由と安全」となるでしょう(『新論点講義シリーズ刑法各論』56頁参照)。

        (イ) 客体が未成年者の場合

学説状況
 争いがあるのは,被拐取者が未成年者や精神病者など監護を要する者である場合についてです。学説は以下のように分かれます(島岡『百選Ⅱ』参照)。
  A.「被拐取者の自由」であるとする見解(中・香川・堀内・中森,なお山中)
  B.「保護監督者の監護権」であるとする見解(井上=江藤)
  C.「被拐取者の自由」と「保護監督者の監護権」であるとする見解(大判明43・9・30,団藤・大塚・吉川・藤木・川端・日高・佐久間・松宮など従来の通説)
  D.「被拐取者の自由・安全」であるとする見解(曽根・西田・前田・高橋・伊東・山口など近時の多数説,なお林)
  E.「被拐取者の自由・安全」と「保護監督者の監護権」であるとする見解(平野・斎藤・井田)
    ※ 平野説は教科書によって評価が違うのですが,『刑法概説』を読むかぎりでは,「略取誘拐罪は自由と安全に対する罪だ」(176頁)としつつ,(未成年者誘拐罪の場合)「監護権者もまた被害者である」(177頁)とされていることから,ここではE説に位置づけたいと思います。

検討①-C説
 略取・誘拐の罪は,人を従来の生活環境から離脱させて事実的支配内に移すことを本質とするものです。それゆえ,その保護法益は「被拐取者の自由」にあると考えられます。
 ただし,未成年者など監護を要する者に対する略取・誘拐については,保護監督者の監護権の侵害という性質を有することも否定できないと考えられます。それゆえ,この場合は「保護監督者の監護権」も保護法益になると解されます。
 したがって,本罪の保護法益については,「被拐取者の自由」と「保護監督者の監護権」の両方であると考えます(C説)。

検討②-E説
 もっとも,略取・誘拐(とくに誘拐)は逮捕・監禁と比べれば直接的な自由の侵害の程度は低いのに,本罪の法定刑はより重く定められています*。
 その理由を,被拐取者が,生命・身体の危険や,労働を強いられて搾取されたり,わいせつ行為の危険等にさらされるところにあると考えるとすれば,本罪の保護法益には被拐取者の「安全」も含まれるということもできます(井田)。
 そうだとすれば,本罪の保護法益は,「被拐取者の自由・安全」と「保護監督者の監護権」であるとするのが妥当であると考えられます(E説)(なお,島岡教授は,後掲最決平17・12・6は,E説を採用していると評されています。)。
   * 逮捕・監禁罪の法定刑は「3月以上7年以下の懲役」で,未成者略取誘拐罪(224条)は同じですが,営利目的等略取誘拐罪(225条)以下では,より重い刑が規定されています。
 以上より,ここではC説またはE説を支持することにします。
   ** C説とE説の具体的な違いは明らかではありませんが,理論的には,保護監督者のない嬰児を危険な環境に移したような場合に,結論または説明方法に差異が生じうるかもしれません(私見)。

他説について
 本罪の保護法益について,A.「被拐取者の自由」のみであるとする見解に対しては,生後間もない嬰児など行動の自由がない者についても本罪が成立することを説明できないとの批判がなされています
   ※ A説からの反論としては,堀内56頁など参照。
 B.「保護監督者の監護権」のみであるとする見解に対しては,行動能力はあるが保護監督者のいない未成年者等が本罪の客体となりえなくなってしまうのではないかとの疑問があります(大コメ)。
 D.「被拐取者の自由・安全」であるとする見解(近時の多数説)は,監護を要する者の拐取については,監護されている状態を不良に変更することによって「安全」を害するものであると考えれば,C説・E説のように保護監督者の監護権を独立の法益として考える必要はないと主張します。
 これに対して,C説・E説からは,①被拐取者を現在と同じくらい安全な生活環境に移す場合でも親権者等の同意がなければ本罪が成立するとすれば,そこでは監護権の侵害を理由として処罰が認められていることになる(井田,新実例刑法各論),②事実上の保護監督者に告訴権を認めない結論になるのは妥当でない(松宮,告訴権については後述します(229条)。),③未成年者が客体の場合,子が成人するまで自己の保護下におきたいとの親の欲求は,従的ながら独自性のある法益と認めるべきである(斎藤),などと反論されます。

       イ 保護監督者が主体となりうるか

 保護監督者が本罪の主体(共犯)になりうるかについては,争いがありますが,「被拐取者の自由」を保護法益であると考える以上(A・C・D・E説),肯定すべきです(川端など通説)。
   * 本罪の保護法益を「保護監督者の監護権」のみであるとする見解(B説)によれば,否定に解されるでしょう(ただし,後掲最決平17・12・6の事案のように,親権者の1人が他の親権者の権利を害するような場合は別論です(大コメ・百選参照))。

       ウ 同意の効果

成人の場合
 被拐取者が成人で保護監督者がいない場合は,本罪の保護法益は「被拐取者の自由(・安全)」のみとなります(大コメ)。
 それゆえ,α.その同意があるときは,違法性が阻却されるとする見解が多数と思われます(川端・大コメ,斎藤[普通,拐取ともいえない])。
 これに対して,β.略取・誘拐は公序良俗に反する行為であるから,同意があっても違法性は阻却されないとする見解も主張されています(大塚)。井田教授は,暴行・脅迫や欺罔・誘惑にもとづく同意は有効とは認められないとされています。

未成年者の同意がある場合
 被拐取者が未成年者の場合で,その同意があるときは,どのように考えるべきでしょうか。
 この場合の保護法益を「被拐取者の自由(・安全)」と「保護監督者の監護権」の両方であるとする見解(C説・E説)を前提とすれば,未成年者の同意があっても,これを拐取すれば保護監督者の監護権を侵害することになります。それゆえ,本罪の違法性は阻却されないというのが1つの帰結です(福岡高判昭31・4・14,団藤・藤木)。
 ただし,近時は,監護権は未成年者の利益のためにあるものであるから,十分な判断能力のある未成年者の同意がある場合には,違法性を阻却するとする見解も有力です(松宮,同旨;川端・日高・斎藤・佐久間)。この場合,「18歳」が基準とみられることが多いようです。
 もっとも,前述のように,成人の場合でも同意による違法性阻却を認めない立場(β説,大塚・井田)からは,当然このような考え方もとられません。
   * 保護法益を,A.「被拐取者の自由」のみであるとする見解や,D.「被拐取者の自由・安全」であるとする見解からは(同意能力があれば)違法性が阻却される(中,曽根),B.「保護監督者の監護権」のみであるとする見解からは違法性は阻却されない(井上=江藤),というのが一応の帰結といえます。ただし,異説もあるので必要に応じて大コメ11巻380頁などを参照してください。

保護監督者の同意がある場合
 被拐取者が未成年者の場合で,その保護監督者の同意があるときは,どのように考えるべきでしょうか。
 保護法益を「被拐取者の自由(・安全)」と「保護監督者の監護権」の両方であるとした場合(C説・E説),γ.保護監督者の同意は,他人(被拐取者)の法益に対する侵害を内容とするものであるから,違法性を阻却しないとする見解(大塚)や,δ.保護監督者も被害者であるといえるから,その同意があったときは違法性を阻却するとする見解(平野)が主張されます。
 ただ,この場合は事情によるようにも思われます。たとえば,ε.松宮教授は,監護権は未成年者の利益のためにあるものであるから,客観的にみてその利益に反する場合や18歳以上で成人に近い判断力を持っている未成年者の意思に反する場合には,保護監督者の同意は違法性を阻却しないとされています(逆にいえば,判断力のない未成年者の利益となるような場合であれば,保護監督者の同意により違法性が阻却されうると考えられます。)。また,ζ.斎藤教授は,親権の行使に協力しての引取り等として違法性が阻却されることもあろうし,親権の濫用に乗じた等の場合として本罪が成立することもあろう,とされています。
   * 保護法益を,A.「被拐取者の自由」のみであるとする見解や,D「被拐取者の自由と安全」であるとする見解からは,違法性は阻却されない(香川,曽根),B.「保護監督者の監護権」のみであるとする見解からは違法性が阻却される(井上=江藤)というのが一応の帰結と思われます。ただ,ここも色々な考え方があるので必要に応じて大コメなどを参照してください。

       エ 継続犯か状態犯か

 略取・誘拐の罪については,その保護法益論と関連して,継続犯か状態犯かという問題もあります。
 継続犯等の意義については,総論で勉強すべきものですが,これが分からないと話が進まないので,少し逸れますが,もう1つの即成犯も含めて見ておきたいと思います。

        (ア) 即成犯・状態犯・継続犯の意義

 犯罪は,その終了時期と法益侵害との関係から,①即成犯,②状態犯,③継続犯に区別されます。

①即成犯
 即成犯とは,構成要件的結果の発生によって犯罪が終了し,法益侵害の状態も終了するものをいいます。
 殺人罪が典型例とされます。人の死亡結果の発生と同時に犯罪は終了し,法益も消滅してしまうわけです。

②状態犯
 状態犯とは,構成要件的結果の発生によって犯罪は終了し,その後は法益侵害の状態が続くにすぎないものをいいます。
 窃盗罪が典型例とされます。同罪についてはまだ勉強していませんが,たとえば,XがVの本を盗んだ場合,盗んだ時点で直ちに犯罪としては終了し,その後はVが本を使えないという(それ自体は犯罪を構成しない)状態が続くにすぎないわけです。
 それゆえ,その本をYが盗品だと知りながらXから譲り受けたとしても,すでに窃盗罪は終わってしまっていますから,その共犯になることもありません(盗品譲受けという別な罪が用意されています。)。

③継続犯
 継続犯とは,構成要件的結果の発生によって犯罪が成立し,その後も法益侵害が続くあいだ犯罪も継続するものをいいます。
 監禁罪が典型例とされます。たとえば,XがVを部屋に閉じ込めて移動の自由を奪えばその時点で監禁罪が成立しますが,その後もVを解放するまで同罪がずっと継続していくわけです。
 したがって,その途中でYが加功すれば,監禁罪の共犯になることになります。
   * 犯罪の継続性については,A.「実行行為」が継続すると説明するのが通説的見解といえます(行為継続説,町野・西田,なお最決昭27・9・25参照)。これに対して,B.「法益侵害」が刻々と継続することを基準とする見解も有力になっています(結果継続説,高橋・山口・松原)。この点については,総論の方で検討したいと思います。
   ** また,状態犯と継続犯の区別は,共犯の成立以外にも色々と影響しうるとされていますが,これについても総論で勉強することにしましょう。

        (イ) 略取・誘拐の罪は状態犯か継続犯か

 では,略取・誘拐の罪は,状態犯と継続犯のいずれでしょうか。

判 例
 まず,判例についてですが,いずれの立場を採っているかは評価が分かれています。
 従来の多数説は,大判昭4・12・24が「誘拐罪は,被誘拐者が実力支配内より脱するまではなお引き続き存続するものといわなければならない」としていることなどを挙げて,判例は継続犯説を採っていると評価しています(団藤・大塚・川端・斎藤・林)(なお,継続犯と明言する下級審判例として,大阪高判昭53・7・28などがあります。)。
 これに対して,近時の有力な見解は,最決昭58・9・27が「(身の代金目的で)人を拐取した者が,さらに被拐取者を監禁した場合には,拐取罪と監禁罪とは併合罪の関係にある」としたことなどを挙げて,最高裁は状態犯説を採っていると評価しています(西田・伊東・松宮)。つまり,もし継続犯説によるのであれば,拐取罪と監禁罪の実行行為の重なり合いが肯定されるので,この事案は併合罪ではなく(1個の行為として)観念的競合とされるはずであるというわけです(高橋,なお斎藤)。
   ※ もっとも,昭4判決については,継続犯としているかどうかについては明かでないという評価もありますし(大コメ),昭58決定についても,状態犯として扱っていることを必ずしも意味しないという評価もあるので(山口),注意が必要です。

継続犯説
 学説においても,従来は継続犯説が多数とされてきました(吉川・斎藤)。
 本罪の場合,拐取行為によって法益侵害が発生し,その後も発生した法益侵害と同程度の自由侵害が継続するものと考えるべきであるなどと主張されます。状態犯説のように窃取した財物に対する支配と同様とみるのは,人の自由が現実に侵害されていることの意味を軽視するものであるというわけです。
 また,監護権の侵害についても,被拐取者が事実的支配を脱するまでは継続すると考えることも可能であるとされます。

状態犯説
 これに対して,近時は,刑法が拐取罪とは別に「被略取者引渡し等罪」(227条)を設けて,より軽い刑を規定していることなどを根拠として,状態犯と考える立場が有力になっています(平野『総論』・井田・松宮)。
   * 「被略取者引渡し等罪」は,正確な内容は後で勉強しますが,拐取罪の犯人を幇助する目的で被拐取者を引き渡したり収受したりする行為などを罰するものです。
 もし拐取罪が継続犯だというのであれば,被拐取者を収受することなども犯罪継続中の加功となり,拐取罪の共犯として処罰できるのであるから,別に刑を軽くする規定を設ける理由もないはずであるというわけです。
 本HPでは状態犯説を支持しておきます。

   * 本罪の保護法益について,B.「被拐取者の自由」のみであるとする見解や,D.「被拐取者の自由と安全」であるとする見解からは,被拐取者の自由(・安全)の侵害が続く間は犯罪も継続するとして「継続犯説」(香川,曽根)が,A.「保護監督者の監護権」のみであるとする見解からは,監護権が侵害された時点で犯罪が完成して法益侵害状態が続くにすぎないので「状態犯説」(井上=江藤)が,C.「被拐取者の自由」と「保護監督者の監護権」の両方とする見解からは,原則として継続犯だが,被拐取者が行動の自由を欠くときは状態犯であるとする「二分説」(大塚・川端・佐久間)が採られるというのが,一応の帰結といえます(山中参照)。
     ただし,実際の学説状況は,必ずしもそうなってはいませんので留意してください。本文も,C説またはE説を前提とする継続犯説・状態犯説を挙げたものですし,D説内でも状態犯説が増えているように見受けられます(西田・高橋・伊東・山口)。

 

                                                               未成年者略取・誘拐罪