各論目次

  第2節 虚偽告訴の罪(172条・173条)

      1 虚偽告訴等罪(172条)

(虚偽告訴等)

 172条 人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で,虚偽の告訴,告発その他の申告をした者 → 3月以上10年以下の懲役

意 義

 「虚偽告訴等罪」は,「人に刑事・懲戒の処分を受けさせる目的で,虚偽の申告をする」という罪です。

保護法益

 本罪の保護法益に関しては,争いがありますが,(A)主として「国家の刑事司法作用・懲戒作用」であるが,副次的には「個人の利益・自由」であると解されます(大塚・藤木・川端・前田・佐久間・井田など通説,大判大元・12・20参照)。

 人に刑事・懲戒の処分を受けさせる目的で虚偽の申告をすれば,国の刑事司法・懲戒作用の前提となる捜査権・調査権の適正な運用が害されることに疑いありません。それゆえ,第1次的には,国家の刑事司法・懲戒作用が保護法益になると解すべきです。

 ただし,虚偽告訴等の対象となる被申告者も,結果として捜査機関等の捜査・調査を受けることになります。それゆえ,第2次的には,被申告者となる個人が不当に国家の刑事・懲戒処分の対象にされないという個人の利益も保護法益になっているものといえます(大谷)。

   ※ 本罪の保護法益を,(B)国家の刑事司法作用・懲戒作用に限定する見解(牧野・団藤),他方で,(C)(主として)個人の利益・自由であるとする見解(平野・山口)もあります。

申告者の同意

 たとえば,「甲は,窃盗の被害にあった事実がないのに,Xの承諾を得て,警察官に対し,Xがその事件の犯人である旨の申告をした」というように,虚偽告訴された人が同意していたとしても,(A)判例・通説からは,(主たる保護法益である)国家の刑事司法作用が害される危険がある以上,本罪が成立すると解されます(上記大判大元)。

   ※ 上記の(B)説(牧野・団藤)からは同様に解されますが,(C)説(平野・山口)からは反対(不成立)に解されます。

       (1) 行 為

 本罪の行為は,虚偽の告訴・告発その他の申告(通報)をすることです。

虚 偽

 本条の「虚偽」とは,客観的真実に反することをいいます(最決昭33・7・31)。

 したがって,たとえば,「甲は,公務員Aへの恨みを晴らすため,まさかそんなことはあるまいと思いながら,『Aは業者から金員をもらって仕事に手心を加えている。』と検察官に告発したところ,検察官がAを取り調べた結果,Aが収賄していた事実がわかり,Aは起訴された。」というような場合,申告の内容をなす事実が真実に合致する以上,虚偽告訴罪は成立しません。

   ※ 本条の場合は,上記のとおり,「虚偽」を客観的な真実に反することと解することでほぼ一致しています。

      他方,前述のとおり,偽証罪(169条)における「虚偽」の意義については,(A)主観的な記憶に反することとする見解(主観説)と,(B)客観的な真実に反することとする見解(客観説)が対立しており,判例・通説は(A)主観説を採っています。

      そこで,偽証罪について(B)客観説を採る論者は,(A)主観説は本条の場合と一貫しないと批判します(平野・中森)。

      これに対して,(A)主観説からは,「偽証罪」の場合は,証人が自己の記憶に反する陳述をすること自体が,国家の審判作用を誤らせる抽象的危険を有するのに対して,「虚偽告訴等罪」の場合は,告訴・告発などは捜査・調査の「きっかけ」となるものであって,真実に合致する事実の申告があったときは,捜査などに正しい端緒が与えられることになり,国家の捜査権などの行使が不当に侵害される危険性はないと主張されます(大塚・井田)。それゆえ,両罪の「虚偽」の概念が異なるのはおかしくないわけです。

申告の内容

 申告の内容となる事実は,処分の原因となりうるものでなければなりません。それゆえ,不実の申告であっても,単に事件の状況を誇張したにとどまり,犯罪の成否に影響しないときは,本罪にはあたりません(大判大13・7・29)。

 他方,判例によれば,虚偽の申告は,必ずしも具体的事実に限らず,抽象的事実であっても捜査権限を有する当該官庁の職権発動を促すに足りるおそれのあるものであればよいとされ,公務員Aについて「賄賂をむさぼり,偏った処置をし,官規を乱し,不当に旅費をむさぼった」などと告発した場合も,これにあたるとされます(大判大5・9・20)。

   ※ なお,大判大4・3・9は,他人に関して特定した犯罪行為等があるとして具体的に虚偽の事実を捜査官等に申告することを要し,単純な抽象的事実の申告があっただけでは足りないとしています。

申告の方法

 申告は,担当官署に対してなされることを要します。担当官署とは,刑事処分については,捜査機関である検察官・検察事務官・司法警察職員をいい,懲戒処分については,懲戒権者または懲戒権の発動を促しうる機関をいいます。

   ※ 管轄区域を問わないので,長崎県の警察官に刑事処分を受けさせる目的で,虚偽の犯罪事実を福岡県警に告発したときも本罪が成立します(大判昭11・11・24)。

 申告の方法は,口頭によるか書面によるか,署名があるか匿名であるか,自己名義か他人名義を用いたかを問いません(大判明42・4・27)。

   ※ 申告(=通報)は自発的にされなければならず,捜査機関などの取調べを受けて虚偽の回答をしても本罪は成立しないとするのが通説(団藤・平野・大塚・大谷・中森・川端・前田・山口・佐久間,反対;宮本)です(なお,この場合,証拠偽造罪などが成立する可能性があります。)。

成立時期

 本罪は,申告が担当官署に到達したときに成立します。書面などが官署に到達して閲覧しうる状態におかれれば足りるので,捜査官がこれを受理して捜査に着手することなどは必要ありません(大判大3・11・3)。

   ※ 書面を郵送して申告する場合,これを発送しただけでは,本罪には未遂処罰規定がないので,不可罰になるものと考えられます。

       (2) 主観的要素

        ア 故意(構成要件的故意)

 本罪の故意としては,虚偽の申告をすること(申告する事実が虚偽であること)の認識が必要です。

 この認識については,故意の一般論からいって,(A)未必的な認識があれば足りると考えられます(最判昭28・1・23,平野・藤木・堀内・斎藤・前田)。

 これに対して,学説の多数は,告訴などをする者が「あるいは真実に反するかもしれない」という未必的な認識を有するのは一般的な事態であるなどとして,本罪については,(B)確定的な認識を要すると主張します(団藤・大塚・大谷・中森・川端・山口・佐久間・井田)。

 しかし,捜査協力のための情報提供にとどまらずに,確信がないのに他人を犯罪者として申告する行為の内には可罰性の高いものも含まれうるといえます。したがって,本罪の故意を一律に確定的なものに限定することは妥当とは考えられません。

 (A)判例・有力説からは,たとえば「『公務員甲が賄賂を収受したそうだが,はっきり分からない。』との知人の話を聞き,その真偽を調査しないまま告発した」というような場合には,本罪が成立することになるでしょう(上掲最判昭28)。

        イ 目 的

 本罪は,故意に加えて,「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」が必要とされます(目的犯)。

 虚偽告訴等をされる「人」とは,他人を意味します。自然人か法人かは問いません。

   ※ 自己が(犯人の身代わりになるなど)処分を受ける目的で虚偽の申告をする場合や,死者・架空人を被申告者とする場合は,本罪を構成しないとするのが通説(反対;牧野)です(犯人隠避罪などにあたる可能性があります。)。

 法律上処分を受けることがない人でも構いません。たとえば,責任無能力者であっても差支えありません。また,選挙違反事件について,金銭の供与を受けたと虚偽告発をされた者が選挙権を有しなかったとしても,本罪の成立は妨げられません(大判大6・6・28)。このような場合でも,国の審判作用を誤らせるおそれがあることは否定できないからです。

処 分

 「刑事の処分」とは,刑罰のほか,少年に対する保護処分(少年法24条)などを含みます。

 「懲戒の処分」とは,公法上の監督関係にもとづいて,規律維持のために科せられる制裁をいいます。たとえば,公務員に対する懲戒や,弁護士に対する懲戒などが,これにあたります。

目 的

 目的の内容については,処分を受けることがあるであろうという未必的な認識があれば足りると解されます(大判昭8・2・14,平野・大塚・中森・川端・前田・山口・井田など通説)。

 本罪は国の審判作用の適正な運用に対する侵害の可能性を中核とするものですから,不当な捜査権・懲戒権の発動をうながす可能性を認識して虚偽の申告をするかぎり,本罪を構成すると解すべきだからです(大谷)(反対;団藤[処分を受けさせる意欲が必要])。

 上掲大判昭8も,「本条の『目的』とは,他人が刑事等の処分を受けることがあるであろうという認識があれば足り,その処分を希望する意思は必要でない」として,駆け落ちした自己を追いかけてくる者を警察に引致させようと考えて虚偽の犯罪事実を通報することも本罪にあたるとしています。

   ※ なお,処分を受けさせる目的は,必ずしも虚偽告訴についての唯一または主要な動機であることは要しません。 

       (3) 罪 数

 本罪は被申告者の法益を害するという面を有することから,その罪数関係は被申告者の数を基準として解決すべきものとされます(判例・通説)。たとえば,2人に対する虚偽告訴を1通の告訴状により行ったときは,2個の虚偽告訴罪が成立し,1個の行為であることから観念的競合(54条1項前段)の関係に立つことになります(大判明44・11・9)。

 なお,同一人に刑事処分を受けさせる目的で同一の虚偽事実を記載した書面であっても,時を異にして,1つは警察本部に,もう1つは検察庁に対して告訴状を提出したときは,2個の虚偽告訴罪が成立して,両者は併合罪(45条)の関係に立つことになります(最決昭36・3・2)。

      ※ 自白による刑の減免(173条)

(自白による刑の減免)

 173条 前条の罪を犯した者が,その申告をした事件について,その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したとき

          → その刑を減軽し,又は免除することができる

 本条は,虚偽告訴等の罪を犯した者が,その申告をした事件について,その裁判が確定する前または懲戒処分が行われる前に自白したときは,その刑を減軽・免除することができる(任意的減免)とした規定です。

 偽証の罪に関する170条と同趣旨のものです(同条の説明を参照してください。)。

                                                                      社会的法益に対する罪3