
第2節 文書偽造の罪(154条~161条の2)
(1) 意 義
「文書偽造の罪」は,文書に対する「公共的信用」(一般公衆の信用)を保護して,社会生活の安定(取引の安全)を図ろうとするものです(最判昭51・4・30)。
保護法益「文書偽造の罪」の保護法益は,上記のとおり,「文書に対する公共的信用」です。
文書は,意思や観念(認識)の存在を保存・伝達して,それを証明する手段となるものです。たとえば,運転免許証・契約書などが,これにあたります。これらの文書は,意思表示などがあったということを固定していることから,証拠としての価値をもちます。
公衆は,これらの文書を真正なものと信用して,社会生活を営んでいます。これが虚偽で信用できないとなれば,取引は混乱し,社会生活の安定が図れなくなります。
そこで,文書偽造を厳しく取り締まる必要があるわけです。
犯罪類型
刑法は,「文書偽造の罪」として,以下のものを規定しています。
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① 詔書偽造等罪(154条) ▶ ② 公文書偽造等罪(155条) ▶ ③ 虚偽公文書作成等罪(156条) ▶ ④ 公正証書原本等不実記載罪(157条) ▶ ⑤ 偽造公文書行使等罪(158条) ▶ ⑥ 私文書偽造等罪(159条) ▶ ⑦ 虚偽診断書等作成罪(160条) ▶ ⑧ 偽造私文書行使罪(161条) ▶ ⑨ 電磁的記録不正作出・供用罪(161条の2) ▶ |
抽象的危険犯
文書偽造の罪は,文書に対する「信用を害する危険」を生じさせることにより成立します(抽象的危険犯)。
特定の人(文書の名義人・行使の相手方など)に具体的に損害を与えたり,損害の危険を生じさせることは必要ありません(大判明43・12・13)。
(2) 基本概念
ここでは,文書偽造の罪に関する基本概念のうち,どうしてもあらかじめ理解しておかなければならないものについてチェックしておきましょう。
ア 客体(「公文書」と「私文書」)
文書偽造の罪の「客体」は,「文書」です(「文書」は広い意味では「図画」を含みます。「電磁的記録」については後述します。)。
「文書」は,「公文書」と「私文書」に分けられます。「公文書」は,公務所・公務員の作成すべき文書をいいます。「私文書」は,公文書以外の文書です。
前記犯罪類型のうち,①~⑤が「公文書」に関するもの,⑥~⑧が「私文書」に関するものということになります。
イ 行為(「偽造・変造」・「虚偽作成」と「行使」)
文書偽造の罪の「行為」は,主に「偽造・変造」・「虚偽作成」・「行使」です。
正確な定義などは後で勉強するとして,ここではそれぞれがどのようなものかイメージをもてるようにしておきましょう。
偽造・変造
「偽造」という言葉は,色々な意味で使われますが(後でまとめます),各条文において用いられている「偽造」は,他人の名前で勝手に(=その名義で作成する権限がないのに)文書を作ることを意味します。つまり,「名義」を偽る場合です。このようなものを「有形偽造」といいます(この言葉は暗記してください)。
「変造」も他人の名前を勝手に用いる場合の一態様ですが,すでに存在している他人名義の文書の「非本質的部分」を変更することを意味します(ただし,156条の「変造」だけは意味が違います)。
なお,既存の他人名義の文書を改ざんする場合でも,「本質的部分」を変更してしまえば,「偽造」になります。たとえば,貯金通帳の「預入年月日」を変えただけならば「変造」ですが,「貯金者」を変えれば「偽造」になります。
①・②・⑥の各罪の行為が,「偽造」・「変造」です。
虚偽作成
「虚偽作成」(虚偽文書の作成)は,自分(または権限を与えられた他人)の名前で,真実に反する内容の文書を作成することをいいます。つまり,名義は正しいが(=その名義で文章を作成する権限はあるが),「内容」を偽る場合を意味します。このようなものを「無形偽造」といいます(くれぐれも「有形偽造」と「無形偽造」を逆に覚えないように!)。
「偽造」(有形偽造)に対して,「虚偽作成」(無形偽造)は補充的なもので,③・④・⑦の各罪の行為が,これにあたります(④は③の特殊な態様といえます)。
行 使
「行使」は,偽造文書・虚偽文書を真正(本物)の文書として用いることです。⑤・⑧の各罪の行為が,これにあたります。
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偽造(有形偽造) |
虚偽作成(無形偽造) |
行 使 |
公文書 |
①詔書偽造罪(§154) ②公文書偽造罪(§155) |
③虚偽公文書作成罪(§156) ④公正証書原本不実記載罪(§157) |
⑤偽造(虚偽)公文書行使罪(§158) |
私文書 |
⑥私文書偽造罪(§159) |
⑦虚偽診断書作成罪(§160) |
⑧偽造(虚偽)私文書行使罪(§161) |
(3) 「形式主義」と「実質主義」
前述のとおり,「文書偽造の罪」の保護法益は,「文書に対する公共的信用」です。ただ,具体的な保護の対象をどう考えるかについては,比較法的にみて議論のあるところです。
形式主義
第1は,「形式主義」といわれる立法主義です。
これは,文書の「作成名義の真正」(形式的真実)を保護するものとみて,これを偽る行為を処罰するという立場です。つまり,「有形偽造」を処罰の対象とすることになります。
この立場は,文書の作成名義の真正が保たれるかぎり,仮に文書の内容が真実に反する場合であっても,文書の公共的信用は害されないという考え方に立脚するものです。
実質主義
第2は,「実質主義」といわれる立法主義です。
これは,文書の「内容の真実」(実質的真実)を保護するものとみて,真実と異なる内容の文書を作成する行為を処罰するという立場です。つまり,「無形偽造」を処罰の対象とすることになります。
この立場は,文書の公共的信用を維持するためには文書の内容の真実を保障することが肝要であり,それが保障されるかぎり,仮に作成名義を冒用することがあったとしても,別段実害を生ずるおそれはないという考え方に立脚するものです。
具体的違い
たとえば,作成した本人が文書の名義人の承諾を得ていた場合において,真実と異なる内容の文書を作成したというときは,①形式主義によれば,一般には文書偽造罪は成立しませんが,②実質主義によれば,文書偽造罪が成立することになります。
他方,債権者が,債務者から受け取った借用書を紛失したため,勝手に債務者名義の借用書を作成したという場合は,①形式主義によれば,文書偽造罪が成立することになりますが,②実質主義によれば,文書偽造罪は成立しないということになります。
日本の刑法の立場
日本の刑法は,「形式主義」を基本とし,原則として,作成名義の真正を害した文書の作成(有形偽造)を行った場合を処罰することとしています(155条・159条など)。
ただし,一定範囲の重要な文書(公文書・診断書等)については,内容の真実を害した文書の作成(無形偽造)を行った場合も処罰することとしており,そのかぎりにおいて「実質主義」を併用しているといえます(156条・160条など)。
「名義」の虚偽と「内容」の虚偽
では,なぜ,刑法は形式主義を基本としているのでしょうか。
文書の「虚偽」といったときには,これまでの説明から,2つの場合があることがわかると思います。
第1は,甲が「乙」という名前で勝手に契約書を作ったというように,文書の「名義」(成立・作成)について虚偽がある場合です。
第2は,甲が自分の名前で「嘘の内容」の契約書を作ったというように,名義は真正であるが,文書の「内容」について虚偽がある場合です。
いずれも文書に対する信用を害するといえますが,とくに,第1の場合,本来は甲であるべき名義人が「乙」になっていて,責任を負う主体が偽られています。このような文書にもとづいて取引をした場合,そもそも責任追及ができない(誰に責任を追及すればよいのかわからない)ということになってしまいます。
これに対して,第2の場合は,文書の内容は虚偽ですが,名義人については偽りがないのですから,内容虚偽の点については,甲に責任追及(損害賠償請求など)することが可能です※。
そうすると,刑法上,第1の場合を,より厳しく禁ずる必要があるということになります。つまり,文書の信用性は,まず①文書の内容について「責任を負う者は誰か」という点にあり,次に②「内容が真実かどうか」という点にあるといえるわけです(大谷参照)。
※ したがって,「名義」と「内容」と両方とも虚偽の場合は,第1の方の問題になります。
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形式主義 : 有形偽造 - 名義虚偽 - 「偽 造」 (基本) 実質主義 : 無形偽造 - 内容虚偽 - 「虚偽作成」(併用) |