各論目次

      6 私文書偽造等罪(159条)

 本条の罪は,公文書の場合と同様に,「有印」私文書偽造(1項)・変造罪(2項)と,「無印」私文書偽造・変造罪(3項)とに分かれます。

 私文書は,公文書に比べると公衆の信用度が低いため,法定刑も公文書偽造罪(155条)の場合よりも低くなっています。

       (1) 有印私文書偽造罪(1項)・変造罪(2項)

        ア 有印私文書偽造罪(1項)

(私文書偽造等)

 159条1項 行使の目的で,

         他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し,又は

         偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者

          → 3月以上5年以下の懲役

 「有印私文書偽造罪」は,行使の目的で,「他人の印章・署名を使用」して権利・義務・事実証明に関する文書・図画を「偽造」する罪です。

 使用する印章・署名が真正なものであるときが前段,偽造されたものであるときが後段にあたります。

         (ア) 客 体

 本罪の客体は,権利・義務・事実証明に関する文書・図画(私文書・私図画)です。

          a 「文書」概念の復習

 「文書」一般の概念については,155条に関して述べたところが妥当します。

 ここでは,とくに私文書に関する判例を中心に,少しだけ復習しておきましょう。

可視性,永続性,意思・観念の表示,社会生活上の重要性

 「文書」とは,既述のとおり,文字またはこれに代わるべき符号を用い,ある程度永続すべき状態において,物体の上に記載した意思・観念の表示をいいます。

 それゆえ,可視性,永続性(持続性),意思・観念の表示が必要となります。社会生活上の重要性も要求されています。

  ※ 既述のとおり,「省略文書」も文書といえます。判例上,「私文書」と認められたものとして,①銀行の支払伝票(大判大3・4・6),②印鑑証明を受けるために小紙片に記名・押印したものなどがあります。①については,金銭を支払う旨の意思を表示した文書である,②については,印鑑が記名者の印影であることを証明する文書であるといえるでしょう。

  ※ 意思・観念の表示は確定的なものであること(文書の確定性)も要するというのが通説です。

名義人の特定

 また,記載内容から「名義人」(文書の作成名義人)が判別しうるものでなければなりません。名義人を特定できない書面(たとえば「○○町会議員代表」と表示したもの)は,「文書」とはいえません(大判昭3・7・14)。

 名義人は,架空の人・団体でも構わないことも既に述べたとおりです。

  この点につき,私文書偽造罪が肯定された判例として以下のようなものがあります。

  ① 架空人名義の簡易保険申込書を作成した場合,一般人をして真正に作成された文書と誤信させる危険のある点は,実在人の名義を冒用した場合と区別がないから,私文書偽造罪が成立する(最判昭28・11・13)。

  ② 偽名を用いて就職しようと考え,虚偽の氏名等を記載して自己の顔写真を添付した履歴書と雇用契約書を作成・提出した場合,これらの文書の性質・機能等に照らすと,たとえ行為者の顔写真が添付され,行為者が文書から生ずる責任を免れようとする意思を有していなかったとしても,文書に表示された名義人は行為者とは別人格の者であるから,名義人と作成者との人格の同一性にそごを生じさせたものとして,私文書偽造罪(およぴ同行使罪)が成立する(最決平11・12・20)。

  ③ 国際運転免許証の発給権限を有しない「国際旅行連盟」の委託を受けて国際運転免許証に酷似した文書を作成した場合,発給権限を有する団体により作成されているということが文書の社会的信用性を基礎づけるものといえるから,文書の名義人は「国際運転免許証の発給権限を有する国際旅行連盟」と解すべきであり,名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る行為として私文書偽造罪が成立する(最決平15・10・6)。

  ※ なお,たとえば,「架空人名義で銀行に預金している者が,その預金の払戻しを受けるため,その架空人名義の預金払戻請求書を作成した」というようなときは,後述のように,一定範囲で通用する通称名で文書を作成したものと同様,別人格を名義人として表示させたわけではない(名義人と作成者との人格の同一性が保たれている)ので,「偽造」にはあたらないと考えられます。

写真コピーと文書

 「コピーの文書性」の論点についても,公文書に限られた問題ではなく,私文書(私立大学の成績証明書・各種検定試験の合格証・契約書など)の場合も,同様に理解すれば足ります(井田)。

  ※ たとえば,東京地判昭55・7・24は,架空の契約書の写真コピーを作成したケースについて,私文書偽造罪の成立を認めています。

          b 私文書 

           (a) 意 義

公文書との区別

 「公文書」と「私文書」は,名義人(作成名義人)が,「公務所・公務員」であるか,「それ以外の者」(私人)であるかによって区別されます。

 「公務所・公務員」は,日本国の公務所・公務員を意味します。したがって,外国の公務所・公務員の作成すべき文書は「私文書」となります。

  ※ 保管者が誰かは関係ありません。公務所が保管するものでも,名義人が私人であれば「私文書」です。

「権利・義務・事実証明」に関する文書に限定

 名義人が私人である文書のうち,本罪の客体は「権利・義務」または「事実証明」に関するものに限定されています。

 その趣旨は,法律上・取引上重要な文書でなければ,その偽造によって公共の信用が害されるおそれは少ないという点にあります。

他人名義

 本罪の客体は,「他人の作成名義」にかかるものでなければなりません。

 他人とは,日本国の公務所・公務員でない者で,自己以外の者を意味します。自然人・法人のほか,法人格のない団体でも構いません。

  ※ たとえば,「○○工場」など,その団体が法律上の取引関係において,独立の社会的地位をもって活動していれば足りるとされます。

           (b) 権利・義務に関する文書

 権利・義務に関する文書とは,権利・義務の発生・存続・変更・消滅の法律効果を生じさせることを目的とする意思表示を内容とする文書をいいます。

 私人間の契約書,銀行預金通帳などが典型例といえます。

  ※ 「権利・義務」は,公法上のものであると私法上のものであるとを問いません。それゆえ,売買・賃借など財産に関するものでも,婚姻・養子縁組の届書のような身分に関するものでも,民事・刑事の訴訟に関するものでもかまいません。

           (c) 事実証明に関する文書

意 義

 「『事実』証明に関する文書」とは,判例によれば,(A)「社会生活に交渉を有する事項を証明する文書」をいうとされます(大判大9・12・24,植松・日高)。

  ※ ここでいう「交渉」とは,「関わり合い」・「関係」といった意味でしょう。

 これに対して,学説では,(B)「社会生活上の重要な利害に関係のある事実を証明する文書」などに限定する見解が多数です(大塚・藤木・大谷・川端・中森・前田・井田)。

 もっとも,この点については,「程度の差にすぎない」という指摘もあります(西田)。

  ※ 平野・261頁も,「判例のいうところと学説との間に実質的な違いがあるとはいえない」としていました。

具体例

 判例では,以下のようなものがこれにあたるとされています。

  ① 選挙候補者推薦会の案内状(前掲大判大9・12・24)

  ② 他人を紹介し,かつ,その事業についての後援を依頼する旨を記載した名刺(大判昭14・6・26)

  ③ 書画の箱書(大判昭14・8・21)

      ※ 「真筆によるという事実」を証明する文書であるとされます。

  ④ 大学入学試験の答案(最決平6・11・29)

      ※ 上記最決は,「入学試験の答案は,試験問題に対し志願者が正解と判断した内容を解答欄に記載する文書であり,それ自体で志願者の学力が明らかになるものではないが,その採点結果が志願者の学力を示す資料となり,これをもとに合格の判定を受けた志願者が入学を許されるのであるから,志願者の学力の証明に関するものであって,『社会生活に交渉を有する事項を証明する文書』にあたる」旨を判示しています。

        この決定については,その結論を支持する学説が多数といえるでしょう(前田・井田など,ただし伊東)。

  ⑤ 自動車登録事項等証明書交付請求書(東京高判平2・2・20)

      ※ 上記東京高判は,「自動車登録事項等証明書交付請求書」について,「自動車登録事項等証明書に記載される事項は社会生活に交渉を有する事項であり,このような事項に関する情報を入手する目的で作成・提出される自動車登録事項等証明書交付請求書は,何某という請求者が情報の入手を請求する意思を表示したことを証明するものとして,社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書であって,『事実証明に関する文書』にあたる」としました。

        これに対しては,「この請求書は何人もその目的・意図とは関係なく作成しうるものであるから,いかなる名義で交付請求書を提出したかは重要ではなく,本罪によって保護する必要ない」との批判もあります(大谷)。

        しかし,「自動車登録事項等証明書の交付請求書の場合,それによって得られる情報の濫用により,自動車に関する国民の権利が侵害されるおそれがかなりあり,交付請求書自体を『事実証明に関する文書』として,偽名による請求などを禁圧する必要性が高いといえる」(前田),「誰が,どのような理由で証明書の交付を申請したかは社会的に重要な事実といえる」(西田)とすれば,上記裁判例を支持することはできるでしょう。

 他方,出版社に売り込む目的で,有名女優である本人に無断で,本人の名前でその「少女時代に関する手記」を作成したようなときは,これにあたらないでしょう。

         (イ) 行 為 

 本罪の行為は,行使の目的で,「他人の印章・署名を使用」して上記の私文書を「偽造」することです。

          a 偽 造

  ※ 偽造の手段・方法にとくに限定はなく,名義人を道具とする間接正犯でもなしうることは,公文書偽造罪のところで述べたとおりです。

    判例では,自分の名前しか読み書きできない者に「借用書」を「領収証」と偽るなど,他の文書であると欺いて名義人に署名させたときは,私文書偽造罪が成立するとされています(大判明44・5・8)。

    他方,名義人が,借用書の内容を認識し,その証書を作成する意思のもとに署名したときは,虚偽の内容を真実と誤信させて署名させたとしても,私文書偽造罪は成立しないとされています(大判昭2・3・26)。

   「甲が,Aから金を借りる際,返済する意思がないのに,Bに対して『必ず自分が返済して迷惑をかけないから,保証人として名前だけ貸してくれ』とうそをつき,その旨Bを誤信させ,Bをして甲A間の消費貸借契約書の保証人欄に署名させたとき」なども同様に考えられます。

 ここでいう「偽造」も,「名義人と作成者との人格の同一性を偽ること」(他人の名義を偽って(冒用して)文書を作成すること)を意味します(有形偽造)。

 したがって,権限なしに他人名義の文書を作成すれば,その内容が真実であっても,本罪が成立します。たとえば,債権者がほしいままに債務者名義の借用書を作成するような場合です。

 その他,「偽造」概念の一般的な説明については,155条で述べたところを参照してください。

           (a) 通称名の使用

社会一般に通用している通称の使用

 作成者が,本名ではなく,「通称名」で文書を作成した場合,「偽造」になるでしょうか。これは,結局,その通称名から認識される人格と本人の同一性が保たれているかどうかという問題になります。

 この点については,それが「社会一般に通用している通称」で本人とすぐにわかるものであれば,名義人と作成者との人格の同一性が保たれているといえ,「偽造」にならないものと解されます。

昭和56年決定

 もっとも,最決昭56・12・22は,服役中に逃走したことの発覚をおそれて義弟と同一の氏名を使用して生活していた者が,その名義で交通切符中の供述書を作成したときは,その氏名がある限られた範囲で被告人をさすものとして通用していたとしても,私文書偽造罪成立すると判示しました。

 一定の地域で通用していたとしても,文書の性質上,自己以外の名前を書くことが別な人格を表示することになる以上は,名義人と作成者の同一性が偽られたことになり,名義の冒用が認められるといってよいでしょう(大谷・川端・中森・前田・山口・井田・佐久間,反対;曽根)。

  ※ 交通切符(交通事件原票)の供述書は,一般に,交通事件原票下欄に道路交通法違反現認・認知報告書の欄があり,その下部に,司法巡査等の「違反者は,上記違反事実について,平成○年○月○日次のとおり供述書を作成した。」との記載があります。そして,その下方に供述書甲と題し「私が上記違反をしたことは相違ありません。事情は次の通りであります。」との不動文字が印刷されていて,その最下部に署名すべきものとなっています。その供述書部分は,(名義人は違反者なので)「公文書」ではなく,「私文書」なので注意してください。

昭和59年決定

 また,最決昭59・2・17は,日本に密入国した甲が,適法な在留資格を有するAの名義の再入国許可申請書を作成したが,甲は,密入国後長期間にわたりAの氏名を使用しつづけていたため,Aという名称が相当広い範囲で甲を識別するものとして定着していたという事案において,再入国許可申請書は,その性質上,本名を使って作成することが要求されていることに照らし,文書に表示されたAの氏名から認識される人格は,適法に在留することを許されているAであって,被告人とは別の人格であるから,文書の名義人と作成者との人格の同一性にそごを生じているのであり,私文書偽造罪にあたると判示しました。

  ※ 上記最決は,「再入国許可申請書は,再入国の許可という公の手続内において用いられる文書であり,また再入国の許可は,申請人が適法に本邦に在留することを前提としているため,その審査にあたっては,申請人の地位・資格を確認することが必要・不可欠のこととされている」として,「再入国の許可を申請するにあたっては,ことがらの性質上,当然に,本名を用いて申請書を作成することが要求されている」としています。

 再入国許可申請書は,その文書の性質上,本名を使って作成することを義務づけられているのですから,この文書から認識される名義人は,適法な在留資格を有するAと解すべきです。したがって,通称名の定着の程度とはかかわりなく,人格の同一性に偽りがあるというべきと考えられます(大谷・前田・山口,なお中森,反対;曽根)。

  ※ 反対説は,Aという名称が甲を識別するものとして定着しているのであれば,(文書の性質いかんにかかわらず)名義人と作成者との人格の同一性が保たれていると主張します。

           (b) 肩書の冒用

肩書の冒用が「偽造」となる場合

 文書偽造罪の本質は,くり返し述べているとおり,文書の「『名義人』と『作成者』との人格の同一性を偽る」という点にあります。

 それゆえ,作成者が自己の氏名に虚偽の肩書を付した場合においても,具体的事情のもとで,「名義人と作成者との人格の同一性にそごが生じた」といえれば,文書偽造罪となります。

 そして,その判断にあたっては,作成された文書の性質が重要な要素になると考えられます。

平成5年決定

 最決平5・10・5は,「自己の氏名が弁護士甲と同姓同名であることを利用して,『弁護士甲』の名義で,弁護士としての業務に関連して弁護士資格を有する者が作成した形式・内容の文書を作成した」という事案において,「その文書の名義人は,弁護士甲であって,弁護士資格を有しない被告人とは別人格の者であるから,名義人と作成者との人格の同一性にそごを生じさせたものというべきであり,私文書偽造罪(・同行使罪)が成立する」旨を判示しました。

最決の評価

 これは,「弁護士としての業務に関連して弁護士が作成した形式・内容の文書」であることを,人格の同一性にそごが生じているか否かの重要な判断要素の1つとしたものと考えられます。

 文書が弁護士としての業務に関連して弁護士が作成した形式・内容のものである場合には,その文書を見る者は,その形式・内容から弁護士が作成した文書であることに重きをおいて,弁護士資格を有しない作成者とは別人格の者を名義人だと理解すると思われるからです。

※ 判例を支持する見解が多数です(大塚・大谷・川端・中森・前田・山口・井田・佐久間,反対;曽根・山中・伊東)。

肩書が重要な意味をもつ文書

 上記のように考えると,たとえば,弁護士資格を有しないAが,「弁護士A」名義で『弁護士報酬請求書』を作成した場合のように,作成した文書が「弁護士業務に関連して作成された形式・内容のもの」(肩書が重要な意味をもつもの)であれば,「弁護士A」の意思が表示された文書と認識されることになります。そうすると,名義人と作成者との人格の同一性にそごが生じているので,Aの行為は,「偽造」(有形偽造)となります。

 Aが,弁護士を装って行った和解交渉の経過について依頼者に報告するため,「弁護士A」名義で『経過報告書』を作成したような場合も,同様に考えてよいでしょう。

肩書が重要な意味を持たない文書

 これに対して,弁護士資格を有しないBが,高級ホテルに宿泊するにあたり,見栄を張るために,「弁護士B」名義で『宿泊者カード』を作成した場合のように,作成した文書が「肩書(弁護士であること)がとくに意味をもたない形式・内容のもの」であれば,特段の事情がないかぎり,「B」の意思が表示された文書と認識されるといえます。そうすると,名義人と作成者との人格の同一性が保たれているので,Bの行為は,「偽造」にはあたらないことになります。

 Bが,実際に自己の所有する土地を売却するにあたり,売主欄に「弁護士B」と記載した『売買契約書』を作成したような場合も同様といえます。

  ※ この場合,真実に反する「内容」の文書を作成したことになるので,理論的には「虚偽文書作成」(無形偽造)になりますが,虚偽の私文書の作成(無形偽造)は,160条の罪(虚偽診断書作成罪)を除いて罪となりません。

           (c) 代理名義の冒用

事 例

 たとえば,Xが,本人甲から代理権を与えられていないにもかかわらず,「甲代理人X」と表示して文書を作成した場合,私文書偽造罪が成立するでしょうか。

 文書の「名義人」をどのように解すべきかが問題となります。

  ※ 代表権が与えられていない(支店長でない)にもかかわらず,「甲銀行支店長X」と表示した場合など(代表名義の冒用)も同じ問題です。

判例・通説

 この点,代理名義の文書は,文書に表示された意思内容にもとづく効果が本人に帰属する形式の文書です。これを見る一般人は,その文書が「本人」の意思を表示したものとして信用します。

 したがって,代理名義文書の名義人は,「本人」であると解すべきです。

 そうすると,無権代理人による文書作成の場合,名義の真正を害するもの(有形偽造)となり,私文書偽造罪が成立します(後掲A説)。

  ※ 上記事例の場合,「名義人」は「甲」ということになります。他方,「作成者」は,権限を与えられていない以上,「X」です。したがって,「名義人と作成者との人格の同一性を偽った」(他人の名義を冒用して文書を作成した)ものとして,「偽造」にあたるわけです。

    なお,Xがちゃんと権限を与えられた代理人である場合は,「文書の内容を表示させた意思の主体」を「作成者」とする立場(意思説,通説)からは,作成者も本人「甲」となり,「名義人」と「作成者」とが一致するので,「偽造」にあたらないことになります。

[学説のポイント]

 A.名義人を「甲」とする見解(最決昭45・9・4,団藤・平野・大塚・藤木・大谷・前田・井田・佐久間,なお曽根・川端・中森・山口・塩見)

    [内容]上述のとおり,「甲代理人X」名義の文書の名義人は本人「甲」であるとするのが判例・通説です(なお,やや理由づけが異なるものもあります)。

    [帰結]この見解によると,Xが権限なく作成した場合,作成名義の真正を害した文書の作成(有形偽造)ということになります。

    [理由]代理名義文書の場合,その文書によって表示された意思内容にもとづく効果が本人に帰属する形式の文書であり,一般人はその文書が本人の意思を表示したものとして信用するのだから,名義人は「甲」と解すべきであると考えるわけです。

    [批判]この見解に対しては,一般に文書の名義人は「文書の記載内容から理解される意識内容の主体」(文書に表示された意思・観念の主体)をいうのであり(これは通説です),代理名義文書の場合のみ法的効果の帰属を問題として名義人を決するのは妥当でないとの批判があります(川崎)。

    [反論]しかし,文書の名義人を「文書の意識内容の主体」であると理解する以上,それはそれぞれの文書の特性にあわせて判断されるべきであって,代理名義の文書は本人に法的効果が帰属する形式の文書として信用されているという事実が名義人を決する判断資料に入るのはむしろ当然であるとの反論が可能でしょう(大塚裕参照)。

 B.名義人を「X」とする見解(牧野)

    [内容]他方,「甲代理人X」名義の文書の名義人は「X」であるとする見解も主張されました。

    [帰結]この見解は,「甲代理人」という部分は文書の内容の一部にすぎないとして,Xが権限なく作成すれば,文書の「内容」の真実を害したもの(無形偽造)になるとします。

    [理由]代理名義文書の場合,意思表示を行うのは代理人であるから,文書に表示された意思・観念の主体は代理人X自身であるとするわけです。

    [批判]しかし,この見解によると,無権代理による私文書の作成は,ほとんどが不可罰となってしまい,妥当性を欠きます。

        ※ ただし,牧野説などは,「私文書の無形偽造も偽造罪として処罰する」という異説を前提とするものでした(不可罰説として山岡)。

 C.名義人を「甲代理人X」とする見解(福田・西田・山中,なお川崎)

    [内容]さらに,「甲代理人X」名義の文書の名義人は合一した名義の「甲代理人X」であるとする見解もあります。

    [帰結]この見解によれば,Xが権限なく作成したときは,「甲代理人X」は存在しない以上,この文書は架空人名義の文書となり,「有形偽造」となります(つまり,名義人は「甲代理人X」,作成者は(甲代理人でない)「X」となるので,「名義人と作成者との人格の同一性を偽った」といえるとするわけです)。

    [理由]この見解は,取引上,重要な意味をもつのは代理資格であるから,代理資格を肩書とする行為者名義を一体として名義人ととらえるべきであると主張します。

    [批判]しかし,これに対しては,この考え方を推し進めると,単に肩書を偽った場合でも,有形偽造を広く認めることとなりかねず,妥当でないとの批判があります(前田)。

           (d) 代理権限の逸脱と濫用

代理権限の逸脱(踰越)

 代理権(代表権)を有する者であっても,その権限の範囲を超えた事項について本人名義の文書を作成したときは,その点について作成権限が与えられていない(本人の名義で文書を作成する権限がない)のですから,結局,代理名義を冒用して文書を作成したことになります。

 たとえば,本人の承諾していない土地に,承諾範囲を超えた金額の債務のため,抵当権を設定する旨を記載した借用証書を作成する行為は,私文書偽造罪となります(大判昭7・10・27)。

 抵当権抹消のために預かった委任事項欄が空白の委任状の同欄に,行使の目的で,新たな抵当権設定手続を委任する旨を記入したとき(白紙偽造)なども,同様です(大判明42・12・2)。

代理権限の濫用

 これに対し,代理権を有する者が,その権限の範囲内で本人名義の文書を作成するときは,たとえ権限を濫用したもの(自己や第三者の利益を図る目的のもの)であっても,名義の冒用はない(本人名義で文書を作成することはできる)ため,「偽造」にはあたりません。

 たとえば,銀行の支配人のように他人の代理人(代表者)として代理名義または直接本人の商号を用いて文書を作成する権限があるときは,その地位を濫用して,自己または第三者の利益を図る目的で本人名義の文書を作成しても,私文書偽造罪は成立しません(大連判大11・10・20)。

  ※ この場合,本人(銀行)に有効に効果が帰属する(本人が文書の内容どおりの責任を負わなければならない)から,文書に対する信用が害されるということはないわけです。なお,本人との関係では,背任罪(247条)などが問題となります。

 会社の代表取締役が,個人として会社から貸付けを受けていた債務についての抵当権抹消登記手続をするため,ほしいままに代表取締役名義の債権放棄書を作成したというようなときも同様です。

           (e) 名義人の同意

原則論

 一般に,名義人以外の者が私文書を作成しても,事前に名義人の同意を得てあれば,その作成は偽造に該当しないものと解されます。

 通常の私文書の場合には,名義人の同意を得れば,その名義で文書を作成する権限が作成者に与えられ,このような権限により作成された文書は,名義人の意思を表示するものとして,当該文書の作成名義の真正に対する公共の信用が害されることもないからです。

  ※ たとえば,甲が,Aの同意を得て,A名義の私文書を作成したときは,「文書の内容を表示させた意思の主体」を「作成者」とする通説(意思説)の立場からは,原則として,作成者もAとなるので,名義人と作成者との間に人格の同一性についての偽りはないことになります。

交通切符(交通事件原票)中の供述書

 もっとも,最判昭56・4・8は,道路交通法に違反した者が,交通切符を切られる際,あらかじめ他人の承諾を得ておいたうえ,交通事件原票の供述書欄の末尾に当該他人の氏名を署名して,その供述書を作成したという事案につき,交通事件原票中の供述書は,その文書の性質上,名義人以外の者が作成することは法令上許されないものであって,これを他人の名義で作成した場合は,あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても,私文書偽造罪が成立する旨を判示しました。

 上記最判の原審(東京高判昭54・8・28)がいうように,本件供述書の内容は,違反事実の有無など当該違反者個人に専属する事実に関するものであって,名義人が自由に処分できる性質のものではなく,もっぱら当該違反者本人に対する道路交通法違反事件の処理という公の手続のために用いられるものです。

 そのような文書の性質からすると,名義人自身によって作成されることだけが予定されており(自署性),名義人以外の者による作成を許さないものといわなければなりません。そうすると,当該違反者は,名義人の承諾があっても,その名義で供述書を作成する権限はないということになります。

 したがって,本件供述書は,権限にもとづかないで作成されたものであって,供述書の作成名義の真正に対する公共の信用が害されることになるわけです(大塚・大谷・川端・前田・佐久間,なお中森・井田・山口,反対;平野・曽根・伊東・佐伯)。

替え玉受験

 では,たとえば,「甲は,乙に対し,甲になりすまして大学の入学試験を受けることを依頼した。乙は,これを請けて,甲になりすまして試験にのぞみ,答案用紙の受験者氏名欄に『甲』の氏名を記載して答案を作成した。」という場合はどうでしょうか。

  ※ まず,入学試験の答案が「事実証明に関する文書」といえるかが問題となりますが,前述のとおり,その採点結果が志願者の学力を示す資料となるものなので,志願者の学力の証明に関するものとして,これにあたると解されます(最決平6・11・29)。

 この場合も,乙が甲の同意を得ているため名義の冒用はないのではないかが問題となりますが,答案は名義人以外の者による作成を許さない性質の文書なので(自署性),名義人の同意があっても,その名義で作成する権限はない(名義の冒用がある)ということになります。

 したがって,私文書偽造罪が成立すると解されます(東京高判平5・4・5),大塚・大谷・川端・前田,なお井田・山口,反対;曽根・伊東・佐伯)。

  ※ 上記東京高判は平成6年最決の原審です。上告審では同意の点は争点となっていないようです。

名義使用に同意した者の共同正犯性

 では,名義使用に同意した者(上記替え玉受験事例でいえば「甲」)に共同正犯が成立するでしょうか。

 この点,名義人は自らの行為のみによっては正犯(単独正犯)とはなりえませんが,他の者と共同すれば法益を侵害することが可能である以上,私文書偽造罪の共同正犯が成立しうると解されます(東京地判平10・8・19(旅券の事案)参照)。

  ※ 関与形態によっては,教唆犯・従犯の可能性もあるでしょう。

          b 印章・署名の使用

印 章

 「印章」とは,特定人の人格を表彰するものをいい,単なる記号は含まれません。印章は,それが文書に存在することによってその公信力を高めるものでなければならないからです。

 したがって,公信力を高める性質の印章であることを要し,単に有合せ印(彫刻文字の明瞭に読み取れない一種の万能印)を用いたにすぎない場合には,「印章」を使用したことにはならないと解すべきです(大判明42・10・21,大谷,反対;牧野・大塚)。

 これに対し,書画の雅号印は,特定人を表彰するに足りるばかりでなく,公信力を高めるものですから,「印章」です(大判大14・10・10参照)。

署 名

 「署名」について,判例は,他人の氏名・商号・通称のいずれであるかを問わず,自署・記名のいずれによるかも問わないとします(大判明45・5・30)。

 特定人を表彰する仕方で署名してあるかぎり「署名」といえますから,たとえば,カタカナで氏のみを表示したものも,これにあたります(大判明43・1・31)。

偽造した印章・署名(後段)

 「偽造した」印章・署名は,自己が偽造したものか,他人が偽造したものかは問いません。

        イ 有印私文書変造罪(2項)

      2項 他人が押印し又は署名した権利,義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者

          → 前項と同様(3月以上5年以下の懲役)

 「有印私文書変造罪」は,「他人が押印・署名」した権利・義務・事実証明に関する文書・図画を「変造」するという罪です。

 つまり,権限のない者が,名義人が押印・署名した私文書の「非本質的部分に変更を加える」行為を処罰するものです。

        (2) 無印私文書偽造罪・変造罪(3項)

      3項 前2項に規定するもののほか,権利,義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し,又は変造した者

          → 1年以下の懲役又は10万円以下の罰金

 「無印私文書偽造罪」は「他人の印章・署名のない」私文書を「偽造」する罪「無印私文書変造罪」はこれを「変造」する罪です。

 

                                                                        虚偽診断書等作成罪