各論目次

  第5節 印章偽造の罪(164条-168条)

意 義

 「印章偽造の罪」は,印章や署名を,偽造したり,不正に使用したりすることを内容とする犯罪です。

 「印章・署名の真正に対する公衆の信用」を保護しようとするものです。

抽象的危険犯

 「印章偽造の罪」は,印章・署名の真正に対する公衆の信用を抽象的に危険にすることによって成立します。

 したがって,公衆の信用を害する危険が生ずれば成立し,他人に実害を生じさせたかどうかは問いません。

文書偽造罪・有価証券偽造罪の未遂的形態

 印章・署名の偽造は,文書や有価証券の偽造の手段として行われる場合が多く,文書偽造・有価証券偽造が成立すれば,印章・署名の偽造は,それらの罪に吸収され,独立に犯罪を構成することはありません(大判昭7・7・20も,「有印私文書偽造罪は印章偽造をその構成要素とするので,別に印章偽造罪を成立させない」と判示しています)。したがって,文書偽造・有価証券偽造が未遂に終わったときに印章偽造の罪が成立するという関係にあります。

 ただし,印章・署名が,文書・有価証券とは独立に用いられ,文書に代わる役割を果たすこともあります。たとえば,花押(自分の発したものであることを証明するために書く署名・記号)にように,単に印章・署名のみによって一定の事実の証明や認証などを示すものとして使用される場合です。

犯罪類型

 「印章偽造の罪」として,以下の犯罪が規定されています。

  ① 「御璽」等偽造罪(164条1項)・不正使用等罪(同条2項)

  ② 「公印」偽造罪(165条1項)・不正使用等罪(同条2項)

  ③ 「公記号」偽造罪(166条1項)・不正使用等罪(同条2項)

  ④ 「私印」偽造罪(167条1項)・不正使用等罪(同条2項)

  ⑤ 各不正使用等の未遂罪(168条)

      1 御璽等偽造罪・御璽不正使用等罪(164条)

       (1) 御璽等偽造罪(1項)

(御璽偽造及び不正使用等)

 164条1項 行使の目的で,御璽,国璽又は御名を偽造した者 → 2年以上の有期懲役

 「御璽等偽造罪」は,行使の目的で,御璽・国璽・御名を偽造する罪です(目的犯)。

   ※ 御璽・国璽・御名の意義については,証書偽造等罪(154条)を参照してください。

   ※ 「行使の目的」・「偽造」の意義については,次条の記載を参照してください。

       (2) 御璽不正使用等罪(2項)

      2項 御璽,国璽若しくは御名を不正に使用し,又は偽造した御璽,国璽若しくは御名を使用した者

          → 前項と同様(2年以上の有期懲役)

 「御璽不正使用等罪」は,御璽・国璽・御名を不正に使用し(御璽等不正使用罪),または,偽造した御璽・国璽・御名を使用する(偽造御璽等使用罪)という罪です。

   ※ 「不正使用」等の意義については,次条の記載を参照してください。

      2 公印偽造罪・公印不正使用罪(165条)

       (1) 公印偽造罪(1項)

(公印偽造及び不正使用等)

 165条1項 行使の目的で,公務所又は公務員の印章又は署名を偽造した者 → 3月以上5年以下の懲役

 「公印偽造罪」は,行使の目的で,公務所・公務員の印章・署名を偽造する罪です(目的犯)。

        ア 客 体

 本罪の客体は,公務所・公務員の印章・署名です。

         (ア) 印 章

 「印章」とは,人の同一性を証明するために用いられる象形(文字または符合)をいいます(大判大5・12・11)。

   ※ なお,「印章」は,広義では,本罪にいう「印章」(狭義の印章)のほか,「記号」(166条)を含みます。

          a 印鑑(印顆・印形)そのものの偽造も含まれるか

 「印章」の意義に関して,印鑑を押捺したときの「印影」(影蹟)がこれにあたることについては,争いありません。

 問題は,「印鑑」そのものも「印章」に含まれるかです。

(A) 「印影」と「印鑑」の両者を含むとする見解(大判明43・11・21,香川・藤木・小西など少数説)

 判例・少数説は,「印鑑」そのものも「印章」に含まれるとします。

 その根拠としては,①印鑑がわが国の社会生活においてきわめて重要な地位を占めること,②本罪は抽象的危険犯であり,権限なく印鑑を作成する行為自体によって公共の信用は害されるといえること,③印鑑を作れば印影をいくらでも顕出することができるから,より重大であることなどが,あげられます。

   ※ この立場によれば,真正のものと紛らわしい「印鑑」を作れば,それを文書に押さなくても,本罪が成立することになります。

(B) 「印影」にかぎられるとする見解(平野・大塚・大谷・曽根・川端・中森・山中・前田・山口・佐久間・井田など通説)

 これに対して,通説は,「印鑑」自体は「印章」に含まれない(「印章」とは「印影」のみを意味する)とします。

 その根拠としては,①人の同一性を証明するために用いられるのは印影であるから,その手段としての印鑑の公共信用性まで保護する必要はないこと,②刑法は印章を署名と並列的に取り扱っており,署名に類するのは印影であるといえること,③他人の名前の印鑑を購入しただけでは当罰性がない以上,偽の印鑑を作っただけで本罪の対象とする必要はないことなどが,あげられます。

          b 省略文書との区別

 単に表示の主体が誰であるか等を示すにすぎないものは「印章」にあたりますが,それを超えて,意思・観念を示すものであれば,簡略されたもの(省略文書)であっても,「文書」にあたります。

   ※ 郵便局の日付印など極端に省略されたものについては,「印章」にあたるとする見解もありますが(団藤・大塚・佐久間),公文書偽造罪のところでも触れたように,日付印が押捺された物体も併せて観察すれば(中森),郵便物の引受けの事実を証明する「文書」にあたると解するのが妥当でしょう(大判昭3・10・9,藤木・内田・山中・前田・山口)。

         (イ) 署 名

 「署名」とは,一定の人が,自己を表彰すべき文字をもって,氏名その他の呼称を表記したものをいいます(大判大5・12・11)。

 自署のほか,記名(代筆・ゴム印・印刷等によるもの)を含みます(大判明45・5・30,藤木・中森・山中・前田・山口・井田など通説,反対;団藤・大塚・大谷・曽根・川端・佐久間,なお平野)。

   ※ なお,署名についても極端な省略文書との区別が問題となります。この点,(A)署名の下に「書」・「画」などの文字を加えた程度のものは「署名」として扱われるべきであるとする見解もあります(団藤・大塚)。しかし,書画の署名でも,「甲書」と「甲写」のように意味が大きく異なる場合もありえます。したがって,(B)「書」・「画」ないし「写」の文字が,単に人の同一性を超えて,その表示された物体と相まって一定の意味内容をもつ場合には,「文書」と解するのが妥当でしょう(内田・西田・山中)。

        イ 行 為

 本罪の行為は,印章・署名を「偽造」することです。

意 義

 ここでいう「偽造」とは,(A)前記判例・少数説によれば,権限なしに,①印鑑を製作すること,および,②書類等の物体上に不真正な印影・署名を表示することとされますが,(B)通説によれば,②にかぎられることになります。

方 法

 ②の印影の表示は,そのために印鑑を製作して行うか,三文判などを使用するかは問いません。

 ただし,印鑑を製作して行う場合は,(A)前記判例・少数説によれば,印鑑を製作した時点で本罪が成立するのに対し,(B)通説によれば,印影を書類等に顕出した時点で成立することになります。

程 度

 印章・署名は,一般人をして実在する公務所・公務員の印章・署名と誤信させる程度の形式・外観を備えることを要します(最決昭32・2・7参照)。

 そのような形式・外観を備えるものであれば,必ずしも実物の印章・署名に似ていることは要しませんし(大判明43・6・23),架空人などの印章・署名でもかまいません。

   ※ 上記最決昭32は,A市の市長であったが犯行前に落選した「甲」の名を刻した印章と,「A市長印」という印章を作成したときは,両印章は不可分の関係に立ち,A市長甲の印章と誤信されうるものであるから,公印偽造罪が成立するとしています。

 また,一般人に真正のものという印象を与えれば足りるので,専門家がみれば偽物とわかるものであるとしても「偽造」となりえます(最決昭32・6・8)。

        ウ 目 的

 本罪が成立するためには,故意のほかに,「行使の目的」が必要です。

 行為者自身が行使する目的にかぎられず,他人に行使させる目的でもかまいません(大判大9・10・28,大塚・大谷・川端・中森・山中,反対;香川)。

       (2) 公印不正使用等罪(2項)

      2項 公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を不正に使用し,

         又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用した者 → 前項と同様(3月以上5年以下の懲役)

        ア 公印不正使用罪(前段)

 「公印不正使用罪」は,公務所・公務員の印章・署名を不正に使用する罪です。

客 体

 本罪の客体は,公務所・公務員の真正な印章・署名です。

行 為

 本罪の行為は,印章・署名を「不正に使用」すること(不正使用)です。

 不正使用とは,真正に顕出された印章・署名を,権限なしに,その用法に従って他人に対し使用することをいいます。権限を逸脱して使用するときも,これにあたります。

 「使用した」というためには,印影・署名を物体上に顕出させただけではなく,他人が閲覧しうる状態におくことを要します(現に閲覧したことは不要です)(大判昭16・10・9参照)。

        イ 偽造公印使用罪(後段)

 「偽造公印使用罪」は,偽造した公務所・公務員の印章・署名を使用する罪です。

客 体

 本罪の客体は,偽造した公務所・公務員の印章・署名です。

行 為

 本罪の行為は,偽造した印章・署名を「使用」することです。不真正に顕出された印章・署名を,その用法に従って,真正なものとして,他人に対し使用することを意味します(他の点は前段と同様です)。

      3 公記号偽造罪・公記号不正使用罪(166条)

       (1) 公記号偽造罪(1項)

(公記号偽造及び不正使用等)

 166条1項 行使の目的で,公務所の記号を偽造した者 → 3年以下の懲役

 「公記号偽造罪」は,行使の目的で,公務所の記号を偽造する罪です(目的犯)。

 記号は,印章・署名と比較すると公的信用力が劣ることから,それらの偽造等よりも法定刑が軽くなっています。

        ア 客 体

 本罪の客体は,「公務所の記号」です。

 「記号」の意義(「印章」と「記号」の区別)については,見解が分かれています。

(A) 押捺物体(使用目的物)標準説(最判昭30・1・1,藤木など少数説,なお前田)

 判例・少数説は,「印章」と「記号」の区別の基準は,その使用の目的物にあり,①「文書」に押捺するものが「印章」であり,②文書以外の「産物・商品等」に押捺するものが「記号」であるとします。

 「文書」に押捺されるものは社会生活上重要な意味を多くもつので,これを「印章」として厚く保護すべきであると主張します。

(B) 表示内容(証明目的)標準説(大判昭17・9・28,団藤・植松・平野・大塚・香川・大谷・曽根・川端・中森・山中・山口・佐久間・井田など通説)

 他方,通説は,①「人の同一性」を表示するものが「印章」であり,②「人の同一性以外」の事項を表示するもの(極印・検印・訂正印など)が「記号」であるとします。

 「人の同一性」を表示するものは信用性・証明力が大きいから,これを「印章」として厚く保護すべきであると主張します。

   ※ 大判昭17・9・28は,(B)説の立場から,印章と記号とを区別する必要は証明力の程度にあるから,その押捺された物体を絶対的な基準とすべきではなく,もっぱら特定人が事実証明者として自己を表彰するため氏名・名称を印記したか否かによって決するべきであるとして,繊維需要調整協議会の「検査済」の表示は,織物に押捺されたものであっても印章にあたるとしていましたが,最判昭30・1・11は,(A)説の立場から,印章と記号の区別の基準はその目的物にあるとして,選挙用ポスターに押捺する選挙管理委員会の検印は印章にあたるとしました。

        イ 行 為

 本罪の行為は,行使の目的で,公務所の記号を「偽造」することです。

   ※ なお,判例は,本条にいう記号についても,物体上に顕出させた影蹟のみでなく,その影蹟を顕出させる物体を含むとの立場から,本条の罪は記号を業者に彫刻させたことですでに成立するとしていますが(大判明45・4・22),通説はこれに反対しています。

       (2) 公記号不正使用等罪(2項)

      2項 公務所の記号を不正に使用し,又は偽造した公務所の記号を使用した者 → 前項と同様(3年以下の懲役)

        ア 公記号不正使用罪(前段)

 「公記号不正使用罪」は,公務所の記号を不正に使用する罪です。

 たとえば,検印のある空袋に未検査物を詰め,真正の検印ある内容物として引き渡すような行為が,これにあたります(大判大11・4・1)。

        イ 偽造公記号使用罪(後段)

 「偽造公記号使用罪」は,偽造した公務所の記号を使用する罪です。

 偽記号を,正当に押捺されたものとして,他人が閲覧しうる状態におく行為が,これにあたります。

      4 私印偽造罪・私印不正使用罪(167条)

       (1) 私印偽造罪(1項)

(私印偽造及び不正使用等)

 167条1項 行使の目的で,他人の印章又は署名を偽造した者 → 3年以下の懲役

 「私印偽造罪」は,行使の目的で,他人の印章・署名を偽造する罪です(目的犯)。

他 人

 「他人」とは,公務所・公務員以外の私人をいいます。自然人・法人・法人格のない団体を含みます。

印 章

 必ずしも氏名にかぎられず,図形を現す拇印などでもかまいません。

 印章は,権利・義務に関するものであることは必要ではなく,書画の落款(書画が完成したとき作者がする押印)に使用される雅号印なども,これにあたります(大判大14・10・10参照)。

   ※ なお,上記大判大14は,印章(署名)は,「人の社会生活に交渉を有する事項」を証明するものであれば足りるとしますが,学説では,「法律上または取引上意味をもつもの」にかぎられるなどとする見解が多いようです(団藤・大塚・川端・大谷・山中・山口・佐久間)。

本罪の「印章」に私人の「記号」が含まれるか

 「公印」と「公記号」については,その偽造罪について別々の罰条が設けられていますが(165条,166条),「私印」については偽造罪がおかれているものの(167条),「私記号」に関する規定はありません。

 この点に関し,(A)判例は,公印偽造罪は重い刑を定めているため,公記号偽造罪という別の罰条を設けているが,本条の刑は比較的軽いので私記号の偽造もこれに含まれるとして,樹木売却の際に押される極印の偽造は本条の罪にあたるとしています(大判大3・11・4,木村)。

   ※ この立場からは,本罪の「印章」は,165条と異なり,広義の印章を意味することになるでしょう。

 これに対して,(B)通説は,私記号については,その公信力が弱いため,あえて処罰する必要はないという趣旨で規定がおかれなかったと解すべきであるなどとして,これに反対しています(大塚・大谷・曽根・川端・中森・山中・山口)。

署 名

 「署名」の意義については,公印偽造罪(165条1項)を参照してください。

 氏または名のみの記載,商号,屋号,雅号(大判大5・12・11)などの記載も,「署名」にあたります。

   ※ なお,「近衛麿」という署名は,一見,通常人をして(実在人である)「近衛文麿」の署名と誤認させるに足りるから,その署名を偽造したといえるとした判例があります(大判昭8・12・6)。

        (2) 私印不正使用等罪(2項)

      2項 他人の印章若しくは署名を不正に使用し,又は偽造した印章若しくは署名を使用した者 →前項と同様(3年以下の懲役)

        ア 私印不正使用罪(前段)

 「私印不正使用罪」は,他人の印章・署名を不正に使用する罪です。

 たとえば,他人の署名のある真正な契約書の余白に,新たな条項を記入するような行為が,これにあたります(大判明42・7・1)。

        イ 偽造私印使用罪(後段)

 「偽造私印使用罪」は,偽造した印章・署名を使用する罪です。

      5 未遂罪(168条)

(未遂罪)

 168条 第164条第2項(御璽不正使用等),第165条第2項(公印不正使用等),第166条第2項(公記号不正使用等)及び

       前条第2項(私印不正使用等)の罪の未遂 → 罰する

 各不正使用等の罪については,未遂も罰せられます。

 前述のとおり「使用した」というためには,印影・署名を物体上に顕出させただけではなく,他人が閲覧しうる状態におくことを要します。

 したがって,他人名義の領収書を偽造する目的で,罫紙に印章を盗捺しただけでは,いまだ他人の印章を使用する行為の予備にすぎないので,(私印)不正使用未遂罪は成立しません(大判昭4・11・1)。

 他人が閲覧しうる状態におく行為があったときに,実行の着手(未遂)が認められることになるでしょう(香川)。

 

                                                            不正指令電磁的記録に関する罪