
第三回テレビ松本杯争奪将棋大会 記念トークショー 「将棋の楽しさ よもやま話」 平成19年11月18日(日)
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−松本の印象はいかがですか?
−先週は松本城の100面指しイベントにも矢内先生はいらしてました。
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将棋との出会い |
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10歳くらいの時に一番仲のいい友だちに教わりました。
父を越したのは小5か小6のときでした。 |
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プロへのきっかけ |
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| 僕はたまたまプロを目指すことになったんですね。人生はこういうことがあるんです。 今は情報化時代なのですぐ調べられますが、当時はどうすればプロになれるのかわからなかったんですね。将棋は好きだったけどプロになるとは思わなかった。 学校へ行っていると将棋をやる時間はなかったんですね。でも将棋は好きで好きで。勝手に強くなる感じでした。1年くらい誰とも指さない時もありました。でも好きで好きで。むしろ、将棋は指さないと負けないからキライにならないんです(笑)・・・という中学時代を過ごしていました。 で、将棋を好きな子の噂を聞くと飛んでくる人がいるんです。ありがたいことに(笑)今でも感謝しています。それからはあれよあれよ・・・という感じで。 父が将棋世界で関根9段の自宅教室を見つけて、電話しました。当時、9歳で私の気持ちではなく、親やまわりの大人の敷いたレールに乗っていました。私は将棋は好きではなかったんです。当時は学校から帰ると外に行くタイプだったので。今はインドア派ですが(笑) |
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修行時代は? |
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でも我慢してやるしかない。その中で楽しさをつかんでちょっとずつ階段をあがる。つらくても勝てば楽しい。ちょっとずつあがってプロの領域に近づくことは楽しかったです。勉強は苦しいけど。 同じ修行時代を過ごした木村八段・行方八段・三浦八段は、みな仲間という感じです。 谷川先生、羽生先生は私からすれば「神」ですね(笑)年齢で言うとあまり変わらないけれど・・。 社会現象を起こした谷川先生は21歳で名人。僕が小5の時ですが、若い人が一般の常識でこんなに取り上げられることはかつてなかった。 憧れのスターです。 羽生さんもそうです。 そんな谷川さん・羽生さんといつの間にかタイトル戦で戦っていたので不思議な感覚です。 将棋は好きではなくて泣きながらやっていたこともあります。でも将棋会館の道場で小学生の女の子がおじさんと対等に戦える。こんなにおもしろいものだったんだ!と思いました。 小5の時に師匠から言っていただいたので育成会に行き、女性だけの場だったので真剣勝負の場でありながらとても楽しかったです。先輩方にとてもかわいがってもらいました。 |
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タイトル戦の思い出 |
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| −藤井先生は平成10年タイトル初挑戦・11年12年と竜王戦防衛・・・強いですね〜 デビューしてから成績は順調でした。二十歳でプロになるというのは合格ライン、でもタイトルをとるとなると・・・。遅いんです。 二十歳過ぎて4段になってタイトルを取って・・って人はあまりいません。だいたい16か17でプロになっています。 二十歳からのスタートは贅沢いえないなあ。自分はせいぜい並みの八段「並八」になっていれば・・と思ってがんばっていました。段は順調に上がっていきました。 タイトルは、縁みたいなものです。将棋のタイトル戦はなかなか挑戦者になれないんです。でも竜王戦は若者にチャンスがあるんです。 平成10年は絶好調です。最多勝もとりました。挑戦者になっただけで満足、充分。 タイトルを取るのはその次・・という気持ちでいたのでこの結果が出たような気がします。。 −竜王戦の思い出は? 何で自分が勝ったのかわかりませんが。 羽生さんって、相当ヘンな人ですね(笑)・・・というとまずいかもしれませんが、ヘンというか、超人ですね。 防衛したシリーズは3−1でリードしていました。普通、3−1になればなんとなく4勝目は自分がとるといった感じですが、ところが3−1から終わらないんですね。全然、化け物みたいにしぶとい。 3−1になってからすさまじい力が出てくる。やってる方からすればしぶとくて本当にやんなっちゃいました。その中で羽生さんのすごさがわかりました。 それまでは「羽生さん、たいしたことないなー」と思ってたけど、それで羽生さんのすごさを思い知らされて、「なあんだ。この人やっぱり強かったんだ」と(笑) |
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−一方矢内女流名人はタイトル戦初登場が王位戦で15歳。 そうですね。しぶとさ、勝ちに対する執念が違うな、と思いました。こちらは負けてもともと。と、思い切りぶつかっていって「今日は勝てそう」と思ってもそれから勝てない。気持ちの強さの違いを感じました。トップにたつにはこうではければ・・・自分は甘かった。ということがよくわかりました。 −平成18年・19年と最優秀女流棋士賞 に輝きました。 女流名人をとってから安定しました。「女流名人」というものは簡単に負けてはいけない、という気持ちがある。簡単にあきらめない。いい形でさせるようになりました。 |
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将棋以外の表彰 |
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−平成19年2月に第2回さいたま輝き萩野吟子賞を受賞されましたね。 −一方藤井先生は、沼田市の栄誉市民だそうですね。 |
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藤井システムについて |
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| −藤井システムについてお聞きしたいと思います。 私、まんがの「巨人の星」が好きなんですよ。 星飛雄馬が大リーグボールを投げますね。つまり、アレです。 藤井システムは大リーグボール1号。 弱点を克服するために自分独特の変化球を編み出したんです。なんでかというと、自分が当時六段の時に壁を感じたんですね。天才は竹が伸びるように伸びていけばいいんですけど、僕はそうはいかない。自分オリジナルを出さなきゃ上にいけない。 自分の将棋は自己流が強い。そういうのは、どこかで通用しなくなるんですね。 いまさら将棋教室には通えないですしね(笑)自分の抱えている弱点をプラスに転じていく技が必要でしたが 今まで考えられなかったやり方でした。 「藤井システム」という呼び方は周りの人がつけてくれたので、自分で言うのは恥ずかしいのですが(笑) −自分から発想・・・天才ですね。 将棋は華々しいやり方と地味なやり方があります。なんでもそうですが。 華々しいやり方だと負けてしまいます。結局地道にこつこつという積み重ねていく方が勝つんですね。 藤井システムというのは見た目ハデ。それが勝ちに結びつくっていうの例はあまりないんです。オープニングからパフォーマンス的なやり方、最初みんな周りの人が笑ってた、それが理論で成立して認められたんですね。多分2個目は無理。奇跡的でした。 |
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短所を補う |
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−ダンディですね|。将棋の先生といわれなきゃ、技術者か、研究者といった感じで。
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素顔 |
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−日ごろどのように過ごされているんですか?
休みの日はインターネット・ドライブ・映画・・・−どんな映画が好きですか? 「風とともに去りぬ」ですね。私、強い女性が好きなんですよ。強い男性も好き。だから憧れの映画です。何十回も見ました。-ブルースリーもお好きとか。 (笑)女流タイトルをとる半年くらい前が絶不調で、負けても悔しいとすら思えなかった時、ブルースリーや仁義なき戦いを自分が強くなったような気持ちになるから見てました。 |
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子どもたちへ。 |
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| −では、最後に会場にもたくさん来ている子どもたちへのメッセージを。 それから成績も上がりました。将棋は自分に自信を与えてくれるエネルギーがあります。 将棋を通して自信をつけてこれからイヤ〜なことがあっても、将棋は気分転換になるし、生きていく上でいいことだと思います。 将来の夢がそれぞれあると思いますが、あきらめないで欲しいです。日々すこしづつ目標を持ってがんばって続けてもらいたいですね。。自分で「このくらいでいいや」と思った時が限界なので常に前進してください。 |
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第3回テレビ松本杯争奪将棋大会レポートはこちら |
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