日本の陰謀(TOP) 日本は古代エジプト王朝 エジプトのファラオ一覧

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■ 「猫」の語源は、ネコ2世である可能性は極めて高い。

■ 「猫」がエジプトでペットとして選ばれた理由の一つに、「目の大きさ」にあった。猫は、他の動物に比べ、大きくなっても目が大きくかわいい。エジプトのファラオたちも、成人しても目が大きくてかわいい。

■ ネコ2世は、スエズ運河を着工した。

■ 王朝の都、ブバスティスに運河を建設。

■ ブバスティスは「猫」崇拝の中心地。

■ ペルシャ軍は、ネコ2世の統治するエジプトを攻略するのに、「猫」を使った。

■ ペルシャ王朝は、運河建設を引き継ぎ、完成させた。


スエズ運河

ネコ2世、ダレイオス1世、プトレマイオスの運河 [編集]東西を結ぶ運河の遺構は、古代エジプトのブバスティス、アヴァリス、ビションを結び、これは1799年に技術者や地図製作者を率いたナポレオン・ボナパルトが発見した。これは『エジプト誌』に纏められた。

ギリシアのヘロドトスが著した『歴史』によると、紀元前600年頃にネコ2世はブバスティスとピションを東西に貫きワジ・トゥミラートを通る運河建設に着手したとあり、それをヘリオポリス湾と紅海まで延長したと考えられる。しかし、彼の事業は完遂されなかったとも伝わる。

ヘロドトスの記述によると、数字には疑わしい点もあるがこの事業で120,000人が死亡したという。ガイウス・プリニウス・セクンドゥスの言では、ネコ2世の運河拡張は57マイルに及び、これは谷を通りながらブバスティスからグレートビター湖へ至る距離に相当する。ヘロドトスが述べた距離1,000スタディオン以上(114マイル以上)とは、当時のナイル川と紅海を完全に繋げる距離である。

ネコ2世が死去すると事業は中止された。ヘロドトスはその理由を、運河の完成は他国に利すると警告する神託があったためという。実際には、ネブカドネザル2世との戦争が事業継続を不可能にした。

ネコ2世の運河は、古代エジプトを征服したペルシアのダレイオス1世によって完成された。当時、ヘリオポリス湾と紅海の間にはグレートビター湖のちょうど南に位置したシャルーフの町近郊を通る自然の水路があった。しかしこれはシルトで埋まっていたため、ダレイオス1世は浚渫させて船の通行を可能にしたと言われる。こうして造られた運河は、ヘロドトスによると2隻の三段櫂船がオールを出した状態ですれ違うことが出来る程に広く、全長を進むのに4日間を有した。ダレイオス1世はこの事業を記念し、スエズ市から数マイル北にあるカブレット 近郊などナイル川の土手に数多い花崗岩製の石碑を据えた。
猫と人間:エジプト時代

•犬と人間の付き合いも古いが、猫との付き合いも古い。
エジプトに農耕文化が出現して穀物を貯蔵するようになってからすぐの頃、ネズミ対策のために野性の猫が飼い慣らされるようになったというから、それは5000年ほど前の話になる。
古代エジプトの壁画にも猫は描かれ、ミイラ化もされているほど、人間にとって大切な動物とされていたらしい。

•その時代、ペルシャ国はエジプトとの戦いに猫を秘密兵器として導入しました。と言っても、猫をけしかけて相手を引っ掻くとかではなく、もっと卑怯な精神的な攻撃に使ったのです。
武力ではエジプト軍に敵わないと考えたペルシャ王は、最前線の兵士に猫を一匹ずつ持たせてエジプト軍へ向かって突入したのですが、その兵士達を攻撃しようと思ったエジプト軍は困惑してしまったのです。
エジプトでは猫というのは神聖な動物として崇められていたので、当然のことながら矢を放つことが出来ずにそのまま降伏してしまったのです。
しかし猫を抱いたまま突進してくる兵隊って… なんか可愛い。
アケメネス朝ペルシア帝国、猫を使ってエジプトを征服

エジプトの遙か東イランで誕生したアケメネス朝ペルシアは、多くの国々を征服して、ついにエジプトまで攻めてきました。
このとき、ペルシアは、自分たちの軍の最前線に猫を並べておいたり、投石機のようなものでエジプト側の城壁の中に猫を打ち込んだと言われています。
こう書くと「おお、ペルシアでは猫まで戦うのか!?」と勘違いする人がいるかもしれませんが(いないか)、そうではありません。

古代エジプト人にとって、猫は神の動物だったのです。「火事になったときには、真っ先に猫を持ち出すべし。猫を焼死させたら主人は火あぶりにする」とか「猫を餓死させた者は餓死させる」などという決まりがあったくらいです。

つまり、ペルシア軍の最前列に猫を並べられたら、エジプト軍は手出しができないのです。「ああ、猫が並んでいる。攻撃したら猫が死んじゃうじゃないかぁ…」というわけです。
また投石機で投げ込まれた猫は地面に叩きつけられて死んでしまうわけです。そうすると「ああ、猫が死んでいる、猫があぁぁぁ…。もういい! 猫が死ぬくらいなら降伏しよう!」という展開になりました。
相手の弱みにつけ込んだ、実にいやらしい作戦じゃありませんか。

こうしてエジプトを征服したカンビュセス2世は残酷な王であり、神官の皮をはぎ、それをイスに貼ったりしました。 相手の文化を踏みにじり、残酷な振る舞いをした王は、最後は部下に刺し殺されました。

跡を継いだのは、アケメネス朝ペルシアの最盛期を実現し、「大帝」と呼ばれたダレイオス1世でした。
ダレイオス1世はナイルから紅海への運河を完成させました。この運河はもともと、前の王朝のネコ2世(また「ねこ」ですね。別名ネカウ2世)が着工したものでしたが、それを引き継いで完成させたのです。

ダレイオス1世の時代には、ギリシアからヘロドトスが訪れ、『ヒストリア』という本を著しました。日本では『歴史』と訳されていますが、ギリシア語の「ヒストリア」はもともとは「物語」とか「聞き書き」程度の意味です。
ヘロドトスは別に歴史学者だったわけではなく、いい加減な記述も多いのですが、学校の授業では「歴史の父」みたいに教えられているようです。ま、やったモン勝ちってことですか。
ブバスティスは猫崇拝の中心地

Bubastis was a center of worship for the feline goddess Bast (also called Bastet (emphasising the feminine ending t), or even Bubastis (after the city)), which the ancient Greeks identified with Artemis. The cat was the sacred and peculiar animal of Bast, who is represented with the head of a cat or a lioness and frequently accompanies the deity Ptah in monumental inscriptions. The tombs at Bubastis were accordingly the principal depository in Egypt of the mummies of the cat.

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