リニア中央新幹線は、連続する3本の長大トンネル群で南アルプスを通り抜ける計画です。



点線区間がトンネルになるとされる部分です。東から巨摩山地を貫く13km前後のトンネル、南アルプスの核心部である大井川減流域を貫く20〜24kmの最長トンネル、伊那山地を貫く16km前後のトンネルです。

また、リニアの走行する本坑トンネルだけでなく、それぞれに数本づつ斜坑(工期短縮のために地上から本坑に向けて掘られる作業用トンネル)が設けられる予定です。避難用の通路が設けられるかもしれません。

これにより、自然保護上、景観の保全上、数多くの問題があります。

 南アルプス最長トンネルの斜坑が設けられるのは南アルプスの核心部、3000m級の峰々に囲まれた静岡県静岡市大井川の源流部の二軒小屋とよばれる地点です。山小屋と小規模な水力発電所しかない、完全な無人地帯の秘境です。ここに通ずる満足な道さえなく、そのため原生的な自然環境が残され、国立公園の拡張が予定されているような、貴重な生態系の息づく場所です。特に静岡・長野県境の赤石山脈主稜線上には、延長100kmにわたってここを横切る人口構造物は存在せず、このような場所は本州においては南アルプスにしか残されていません。


Wikipediaから拝借した写真です。撮影地点は標高3047mの塩見岳、手前の山はおそらく2941mのピーク、上方の左右に連なる山は標高3141mの悪沢岳(上の地図では東岳と表記)を中心とする荒川三山と呼ばれる峰々。その間の谷は西俣と呼ばれ、大井川の水源の1つです。リニア中央新幹線のトンネルは、この西俣直下の地下400〜1400m付近を左下から右上にかけて貫く計画となっています。



わが国においてこれほど原生的な自然環境の残る地を破壊して鉄道が建設される例は、戦前の北海道開拓時代以来であり、そのような意味では時代錯誤だといわざるを得ませんし、まして国立公園特別地域として指定された地域を貫くような路線建設の例もほとんどありません


 長大トンネル東西坑口が設けられるのは、これまた深いV字谷にへばりつくように集落の立地した場所です。上の地図で、山梨県側は新倉、長野県側は釜沢と記してある場所です。そのうえ、わずか100〜200m足らずの橋梁をはさんで、13km超の長大トンネル坑口が設けられます。


 新幹線が長大トンネル群で山地を通り抜ける例として、上越新幹線の高崎〜長岡、東北新幹線の盛岡〜八戸間等が挙げられますが、これらとは全く沿線の自然条件が異なります。こんな狭い谷を挟んで10km超のトンネルが連続している区間は、今までの鉄道・道路建設において例はありません(たまにスイスアルプスでのトンネル工事の例が持ち出されることもありますが、地形・地質・生態系が全く異なるので比較にならないと思います)。

 具体的な懸念・問題点

●トンネルや斜坑の掘削により、地下水の流動が遮断されるおそれがあります。岩盤内部の割れ目にある地下水の流れは、一度破壊されたら復元は物理的に不可能です(詳しくはこちら)。

●地下水の探査には、浅いところでも本来ならば数年を要しますが、JR東海は2014年着工を目指すとしており、時間的に不十分な調査に終わらざるを得ません。まして南アルプスのように深さ数百メートルの位置にある地下水の動きを把握することは不可能です。JR東海は問題はないとしていますが、山梨リニア実験線延伸工事において、2ヶ所で実際に川の水を枯渇させてしまったという実例があります。

●大量の濁り水が発生し、本来全く清澄である河川水が汚染されるおそれがあります。源流部ということで、この場に生息する生物は水の汚れに非常に敏感であり、わずかな汚染で消えてしまうかもしれません。同時に、はるか下流に至るまで河床が荒廃(泥で埋もれる、残土が流出するなど)し、河川の生態系が壊滅するおそれがあります。

●斜坑工事により、地下深くの地熱により温まった地下水が河川源流部に流入し、生態系を破壊するおそれがあります(ボーリング調査でも温水が出たそうです)。

●南アルプスではイヌワシ(天然記念物・絶滅危惧TB・国内希少野生動植物種)クマタカといった希少な猛禽類の繁殖が確認されています環境省HP。工事が行われれば、大規模な人工物の出現、ダイナマイトの爆破音、車両の騒音等により猛禽類の繁殖に悪影響を及ぼす可能性があります。特に国内のイヌワシ生息地は東北・北陸の多雪山地に偏っており、太平洋側の少雪山地での繁殖地は南アルプスと鈴鹿山地、九州山地程度と、ごくわずかしかありません。南アルプスはその大変貴重な太平洋側繁殖地のひとつです。

●また、列車走行時に野鳥と衝突するおそれがあります。非常に数の少ない猛きん類では、たった1〜2羽が死亡するだけで地域個体群の絶滅につながりかねませんが、どのような対策がなされるのか未知数です。→詳しくはこちら 

●東側の富士川町、西側の大鹿村には温泉がありますが、これがトンネル掘削により枯渇するおそれがあります。

●工事やトンネルの存在による生態系への影響が、どこまで及ぶのか全く定かでありません。例えば谷間での工事により生息地を追われた動物が高山帯へ移動し、高山植物やライチョウ等のきわめて希少な動植物からなる脆弱な生態系を破壊する可能性があります。

●環境アセスメントにおいては気候観測が不可欠ですが、南アルプスには既存のデータが全く存在せず、JR東海が主張している「1年に4週間」だけの調査では何も明らかになりません。南アルプスに限りませんが、これは怠慢であると各地で問題視されています。→詳しくはこちら  


そして… 
南アルプスの奥地に、合計400〜500万立方メートルにもおよぶ膨大な残土が発生します。静岡県の環境影響評価審査会でも特に懸念されている問題です。また、南アルプスの西側の麓である長野県大鹿村では、その膨大な土砂が村の中心部に集まってしまい、大変な事態となることが心配されています。
詳しくはこちら 

この残土の搬出や建設資材の運搬のために、大井川源流部に沿って伸びる貧弱な林道を、延々30q以上にわたって大規模に整備する計画があります。道路工事がさらなる自然破壊を引き起こしかねません。
 道路工事が実行されることは…
  ・斜面が削られ、直接的に植生が破壊される。昆虫等の生息地が失われる。
  ・谷や川岸が埋め立てられる。
  ・土砂崩れ対策のために、斜面が広くモルタルで固められる。
  ・土砂の掘削と運搬、道路工事に伴って河川に土砂が流入し、水質が悪化する。
  ・道路の舗装、U字溝の設置により、森林と川とのつながりが絶たれる。
  ・砂防施設を設けることにより、河川の生態系も分断される。
  ・川岸の森(渓畦林)の消失(特に大井川源流部の渓畔林のように太平洋岸の山岳渓流に立地したは全国的に見ても少なく、かつ規模も大きいものなので、その保全は絶対的に不可欠)
  ・新たな土砂災害を招きかねない

 といったことにつながります。トンネル設置とは別の、新たな大規模自然破壊に他なりません。


貧弱な林道を大規模工事のために拡幅・整備した例 
−静岡県静岡市清水区 布沢川ダム建設(のちに中止)のために拡幅された奥山林道の例−


工事前 道幅は広いところで3m、ほとんど未舗装(ここは廃道部分なので草ぼうぼう)。


工事後 大型バスがすれ違えそうな立派な道路
(行き止まりなのに、こんなに立派にする必要がどこにあるんだ?)

左側はコンクリートで固められた高さ5〜10mの垂直な壁であり、山の上と下との生態系は完全に分断されています。

このような工事を南アルプス山中で大規模に行えば、立派な自然破壊です。


さらに…
●工事用のため大型車両が頻繁に通行することにより、様々な問題を引き起こします。
 ・騒音、振動、泥ハネによる生態系のかく乱。
 ・外来動植物の侵入→詳しくはこちら 
 ・路肩の崩壊、積載土砂の脱落による河川汚濁
 ・動物の轢死→詳しくはこちら 
 ・冬季も車両の通行が行われる場合、融雪剤がまかれ、水質汚染につながるおそれがある
 ・静かな山峡の地という雰囲気のぶち壊し

なにより人工物がほとんど存在しないエリアに、地下深くとはいえ時速500キロで大都市を結ぶ超伝導リニアという、大自然と全く相反する科学技術の結集のようなものが出現することに違和感を感じえません。



繰り返しますが、南アルプスのようにほとんど人工的な改変の行われていない、貴重な生態系の息づく山岳地域で鉄道建設を行った例は、日本にはありません。そればかりか、このような場所で大規模な工事を行うこと自体、昭和30年代の黒部川電源開発と南アルプススーパー林道以外に例はありません。

南アルプスは、高度成長期やバブル期の乱開発からも免れ、人口稠密な日本列島に21世紀にまでのこされた貴重な場所です。この環境を残せずして、日本の自然保護制度に存在意義はあるのでしょうか。



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