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あと1年で警察庁長官狙撃事件が時効を迎えるそうだ。だが、日本の重大事件は一般に訳が分からない。ウィキペディアの3月25日の出来事に1837年の「大塩平八郎の乱」が出ていた。この二つの事件は、日本の「やらせ」の特徴を共有していることに気付いた。整理してみる。
日本人と西洋人の大きな違いは、「自己主張」と「謙譲の美徳」の違いだと言われる。だが、これは歴史的に考察すると、文化ではなく、ほとんど陰謀に近い。私の経験を引用する。
私が若い時の同僚に「音痴」な男がいた。当時、カラオケが隆盛で、歌のうまい人は重宝された。だが、この男は、課長や部長が歌を歌う前に出しゃばって歌うことが多かった。下手なくせによく歌うものだとあきれたものだった。だが、この男が仕えた上司が代表取締役まで順調に出世した時、私はようやく事態を理解した。この男は、上司の引き立て役だったのだ。この上司は、最初から代表取締役になることが決まっていたのだ。それゆえ、周りに引き立て役を丁寧に配置していたのだ。いわゆる「提灯持ち」と言えるだろう。この日本的シナリオは日本の社会現象を説明するのに極めて重要だ。
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警察庁長官銃撃事件
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大塩平八郎の乱
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今日、日本の権力者は自分の能力や業績をアピールすることは少ない。むしろ常に控えめだ。しかし、その謙譲の美徳は、強大な権力を享受している余裕があるからこそ出来る芸当だ。一般に、その権力が危うくなった時、権力者は強権を行使して体制を維持するか、権力を放棄せねばならない。だが、日本では、しばしば、周囲の取り巻きが「大失態」を演じ、権力者はその被害に遭いながらもそれを克服し、最後は「月光仮面」となり、再び権力を掌握する。いや、実際に掌握していなくとも、掌握したことを演じて世論を誘導し、権力を強調する。
連日妙な事件が報道されるが、多くは「やらせ」だと思われる。ほとんどが、警察や司法当局を「月光仮面」として、国民の多くに「正義の味方」だと印象付けることにある。しかし、事態がひっ迫してくると、強力な「やらせ」が必要になる。
1837年と1995年は、ともに日本の支配者が危機的状況に陥った年だった。1837年、日本は、天保の大飢饉で、各地で百姓一揆が多発した。しかし、町奉行の中には幕府と癒着し、米を横領する者が多く、民衆の信頼を失った。革命前夜のような雰囲気が世相を覆った。
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警察庁長官狙撃事件の現場
大塩平八郎終焉の地
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一方、1995年、自民党は最大の危機を迎えていた。リクルート事件に始まる政界の腐敗と政治の混乱は、ついに1993年の総選挙で自民党は衆議院で過半数割れに追い込まれた。細川政権の誕生のあと、村山社会党政権で与党に復帰を果たしたが、首相の座は失っていた。1995年は自民党を含む日本の官僚組織の復活のラストチャンスの年だった。それゆえ、この年は大胆な事件が続発する。1月17日 阪神・淡路大震災、3月20日 地下鉄サリン事件、そして、3月30日警察庁長官狙撃事件が起こる。
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警察庁長官狙撃事件と大塩平八郎の乱の共通点
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1.
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末端の警察官が、警察組織に敢然と立ち向かい、結果として世間を騒がせ、笑い物になる。体制を批判する人間は、こういった変人だというレッテルを貼り付けることに成功する。
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2.
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事件の最後は、犯罪者が特定されず、特定されても処罰されたのかどうかわからず、全てがうやむやに終わる。
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3.
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権力側は、これで一件落着したと安堵する。確かに、一時的に事態は改善したかに見えるが、痛み止めの薬と同じで、根本が腐敗している以上、問題は深まるばかりだ。
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私が知る限り、こういった「やらせ」事件は、この大塩平八郎の乱が最も古い。「やらせ」は、現代日本の特徴で、少なくとも、明治維新以降の日本の伝統だと思っていた。しかし、実際は、江戸時代から行われている。この「やらせ」は、日本の伝統ではない。日本政府の特徴だ。そうすると、現在の日本政府は、江戸幕府を引き継いでいることになる。明治維新が「やらせ」であったと主張する理由が、ここにある。
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警察庁長官狙撃事件の疑問点
日本の事件は、よくそのシナリオが練られ、準備も完璧に行われる。それゆえ、陰謀は容易に見抜ける。
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1.
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場所の設定が問題だ。事件現場のマンションは地図でも明らかなとおり、隅田川に面しており、その対岸は工場群だ。目撃者を少なくする設定としては最適の場所だ。
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2.
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日付の設定が問題だ。3月31日は金融機関の決算日だ。整理回収機構などの債権買取機関で大規模な会計処理が行われた。当然、マスコミや国民の注目をそらすために最適の日付だった。
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3.
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時間の設定が問題だ。早朝は、工場は操業しておらず、ほとんど人影はいない。対岸から事件を認識するためにはかなりの注視が必要だったが、対岸は無人状態だった。
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4.
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被害者の國松孝次長官は退官後、特命全権大使としてスイスに出国したが、これだけ重傷を負った人間が外国に出国してまで国のために働くことは異例だ。国内でも十分働ける。国家としても、そこまで官僚を酷使する必要はない。ここに疑惑の理由がある。
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天理教とオウム真理教
私は無神論者ではない。宗教は人類の発達に大きな貢献をしてきた。私は特定の宗教を支持しない。私の知る限り、日本ではいかなる宗教も信頼に値しない。それは宗教が悪いのではなく、信者の大半がインチキ信者だからだ。
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私は天理教のことはよくわからない。だから論評しようがない。しかし、中学生の時、天理教の近所の家族に振り回された経験がある。今日振り返ると、日本流「ほめ殺し」であったことがよくわかった。
私の家族は、鹿児島市の郊外の団地に自宅を新築した。それまでアパートの借家住まいだったが常に隣人の嫌がらせが続いた。私の両親はそれが故意の嫌がらせと知って子供に悟らせまいと黙っていたのか、それとも故意の組織的嫌がらせであったことに気付かなかったのかはわからない。少なくとも、私の両親には不可解なことが多かった。例えば、家族で通りを歩くとき、父は必ず数メートル先を歩き、決して夫婦で並んで歩くことはなかった。私は、子供の時に不審には思ったが、その理由がわからなかった。今日、ストーカー組織を認識して30年になるが、実は、父に対してストーカー行為が行われ、それを家族に悟られまいとして、父と母は故意に数メートル離れて歩いたのだ。決して夫婦仲が悪かったわけでも、亭主関白であったわけでもない。
私が中学2年になったとき、周囲があわただしくなった。ライオンズ・クラブと県警本部の協賛する交通安全ポスターのコンクールがあった。美術の教師から細かい手ほどきを受け、授業時間以外全く絵を描いたことのない私がポスターを描いた。結果は一等賞だった。新設中学校であったためすぐに美術クラブが作られた。絵心のない私には苦痛だった。だが、一時期は、自分に才能があるなら、画家の道も面白いとは思った。また、近所に海上保安庁の官舎が建設されたが、その中に弟の同級生がおり、何かのはずみで私は、その官舎の子供たちのリーダーにされてしまった。特に熱心な家族は天理教の信者だった。野球チームが作られ、私はそのリーダーにされ、生活は乱れた。学校の成績はクラスでもトップのほうで、あまり影響はなかった。もともと勉強熱心ではなかった(私は自分の過去を自慢するつもりはない。いや、学歴自体自慢できるとも思っていない。ただ、真実を知ってもらいたいのだ)。中学3年になって高校進学となった。全く勉強をしなかった私は、県内有数の進学校を受験し、合格はしたが、結果は合格ラインぎりぎりで、順位はほとんどビリに近かった。当時は、これらのいきさつに何の疑いも抱かなかった。だが、今日警察の組織的嫌がらせが強化され、ようやく事実が見えてきた。私の人生のトラブルには必ず警察、自衛隊、官僚がからんでいる。
特筆すべきことは、日本の学校のいじめは、肉体的、精神的虐待だとマスコミで報道されるが、より広範囲に行われ、最も効果を上げるのが、この「ほめ殺し」だということだ。多くの学生や家族が被害になっており、一生気付かない人が大半だ。もちろん政府の目的は、特定の家族の特定の子弟を順調に一流大学に進学させることだ。邪魔者は手段を選ばず排除するのだ。私の場合も、今振り返ると、こういった家族の子弟が同じクラスにいた。警察関係者がここでも多かった。
※この海上保安庁官舎は、私が国家の犯罪を確信し始めた数年前に撤去され、その後更地になったが、建設会社がブルドーザーを使って騒音と振動で私たちを苦しめた。工事関係者に苦情を言うと、「私が暴力を振るった。」と言って、警察官数人が取り調べに来た。私はひるまず、土地の所有者を調べ、財務省に抗議すると、鹿児島市に賃貸してあり、何も知らないという。鹿児島市は道路工事の資材置き場だという。住居専用地域を資材置き場にして連日ブルドーザーで掘りくりかえす。インターネットで公開抗議してやっと中止した。だが、数百坪の団地の中心地を更地のまま放置している。何か、嫌がらせの時に利用するのだろう。はっきり言って税金の無駄使いだ。この嫌がらせは、次の嫌がらせに続く。
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ところで、この大塩平八郎は、反乱を起こしたあと逃亡し、最後は自爆したと言われる。その最後の地は、天理教の教会となり、現在も記念碑が建っている。天理教は大塩平八郎の死んだ翌年に教祖が現れた。天理教と似た当時の新興宗教に大本教がある。この三者は共通点が多い。オウム真理教は大本教の疑似宗教団体だと言われる。歴史的にこの二つの宗教団体は類似点が多い。
こういった宗教的背景を考えると、警察庁長官狙撃事件と大塩平八郎の乱に共通点が多いことは何も偶然ではないだろう。最近、「サムライジャパン」という言葉が多く聞かれるが、日本は今でも江戸幕府が大本営として日本を運営しており、官僚や政治家は、その派遣社員か芸人といったところだろう。日本は、明治維新以降この歴史を繰り返している。
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亀井静香の「心の師」
(2009年12月11日追記)
テレビ朝日系列『サンデープロジェクト』で亀井静香金融大臣は大塩平八郎を「心の師」だと言い放った。当然だろう。この男は大塩平八郎そのものだからだ。この男は警視庁幹部として日本政府の重大な捏造事件「あさま山荘事件」を指揮した。
この事件の犯人たちは、誰も処刑されていない。それどころか、唯一死刑判決を言い渡された坂口弘は未だに刑務所で生き長らえている。こいつらは日本政府の特務機関員だ。実際刑務所にいるかどうかも疑わしい。
現実が全て明らかになれば、警察関係者は連合赤軍よりも重大な犯罪を犯したわけだが、この幹部が日本政府の中枢を占めて害毒を撒き散らしていることに日本の不幸がある。
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