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日本の陰謀(3) 4項


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165  ラビア・カーディルは第二のダライ・ラマ 2009/7/29
166  日本の平等と公平 2009/8/6
167  天気操作の実証(2) 2009/8/9
168  日本の政治家 2009/814
169  ハーミド・カルザイ 2009/8/17
170  国会議事堂 2009/8/25
171  10年ごとに戦争をした日本 2009/8/30
172  台風が国会議事堂を懲らしめる 2009/8/31
173  子ども手当は金持ちへのばらまき。 2009/9/6
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  2009/7/29  #225

日本の陰謀 (165)

ラビア・カーディルは第二のダライ・ラマ


ウイグル人亡命組織「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル主席が29日午前、自民党本部を訪問した。これに対して、中国の武大偉外務次官は、即日宮本雄二駐中国大使を呼び厳重抗議した

宮本大使は、大使就任後に現金約300万円を国営通信社である新華社の幹部に手渡し、中国政府の機密を買い取ったことが報道されている。

中国の不幸

中国の不幸の多くの原因は日本にある。これは悲しいことだ。東アジアの歴史を振り返ると、中国は常に日本に恩恵を施してきた。中国が日本に侵略した記録はない。

元寇は、モンゴル人の仕業だ。それに対し、日本は歴史が始まって以来、7世紀の白村江の戦い、16世紀の文禄・慶長の役、20世紀の日清戦争日露戦争など、事あるごとに朝鮮半島と中国への侵略を繰り返した。東シナ海における倭寇も国家的策略と考えたほうがつじつまが合う。

こういった事情から、鎖国は日本の政策ではなく、日本が鎖国に追い込まれたと考えるべきだろう。今日の日本の状況を考えればその状況は簡単に理解できるはずだ。

日本の海外戦術

日本は、江戸時代から海外に隠密を送り込んだ。目的は、貿易、情報収集、そしてマネーロンダリングだった。このマネーロンダリングは結構儲かったはずだ。そして、現地に混血の組織を作った。もちろん秘密だから、現地の住民は何もしらない。その子孫には、現代の「子供手当」のようなものが定期的に支給される。

薩摩藩士西徳二郎は、明治維新から3年後、 ロシアのペテルブルグ大に留学し、ウイグル、新疆を含む中央アジアを踏破している。

ラビア・カーディル 画像

青海(せいかい)チベット鉄道

チベットの歴史


ダラムサラ 画像
チベット亡命政権所在地


ラビア・カーディルとダライ・ラマ

この発想は、今日の宇宙観測のようなものだ。国家の防衛、好奇心から結構な量の資金が使われたはずだ。だが、国家の規模からすれば微々たる支出で、戦争と比較すればはるかに安上がりであることを日本は知っていた。

こういった混血日本人は世界中に広がっている。その正確な数さえ想像できない。ラビア・カーディルの素性は知らないが、日本人の混血が使われるケースは多い。多額の資金を自由に使わせることから、忠誠心は絶対条件だ。

ラビア・カーディルの戦術

ラビア・カーディルの戦術は一筋縄ではいかない。脱税や詐欺で服役したが、その服役中に米国での病気治療を中国政府に申請した。、中国政府は2005年、反政府活動をしないことを条件に出国を認めた。ところが、ラビアは、米国に到着後態度を豹変させ、2006年には、国家分裂を画策する「世界ウイグル会議」議長に就任した。ノーベル平和賞候補にも選ばれたが、この賞は金でどうにでもなる。ほかのノーベル賞とは異なり、選考はノルウェー国会が行う。つまり、政治家が選ぶのであり、日本国内同様、後援会を通じて簡単に、そして合法的に、圧力を加えられる。日本の得意技だ。

背後で糸を引くドイツ、そして日本

世界ウイグル会議の拠点はドイツのミュンヘンだ。そして、活動モデルはダライ・ラマだ。日本は、常にこういった組織の黒幕だ。だが、証拠は残さない。オウム真理教などの第三者組織を使って、金・物・人を送り込む。ダライ・ラマと同様、ここ一番といった時、日本は動き出す。

このサイトのアップロードで直ちに帰国(2009年7月30日)

7月30日午前中にこのサイトをアップロードした。関係あるかどうかは知らないが、昼のニュースでラビアが予定を繰り上げて帰国することが報道された。自民党が総選挙への影響を危惧したのかもしれない。この対応の早さには驚いた。

参照 中国とダライ・ラマの主張の比較 日本の対中国インチキ報道 「私が悪魔に見えますか。」:ダライ・ラマ
オリンピックメダルの買収を中止せよ ダライ・ラマと湯島聖堂 ヒトラーと七人の侍
南オセチア紛争はロシア・フランスの嫌がらせ

続く 内容には仮説を含んでいます。

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  2009/8/6  #226

日本の陰謀 (166)

日本の平等公平


裁判員制度が始まった。だが、この制度は再三繰り返して言うように、インチキだ。しかし、日本政府は専門家集団を使って巧みにインチキを隠ぺいしており、その説明は容易でない。それで、氷山の一角ではあるが、わかりやすい事例で説明する。

裁判の公開

日本の裁判では、裁判は原則公開ということになっている。果たしてそうだろうか。

わいせつ事件等、被害者のプライバシーの擁護が重視される事件等の場合には、一定の制限が課せられる場合もあると言われる。だが、このプライバシーの保護が「くせもの」だ。しかも、この例外が広く適用されている。

プライバシー保護されるべきものではない

そもそも、プライバシーは保護されるものではない。主張するものだ。大人の主権者がどうして保護されねばならないのか。これは、国家や司法当局が国民を子ども扱いしている証拠だ。プライバシーが権利ならば、当事者に、「公開してもいいか。」と、尋ねればいい。それだけのことだ。中には、被害者でも加害者でも、公開を要求する者もいるはずだ。特に冤罪事件ではそうだろう。それを、検察や裁判所が勝手に「保護」の名のもとに隠ぺいする。これでは、先進国の裁判とは言えない。
現在は、録画公開もできる。当事者と協議して、一部カットをした録画を公開することも可能なはずだ。

傍聴券の交付

日本の平等・公開のほとんどはインチキだ。宝くじ抽選の疑惑、スポーツの八百長公職選挙弁護士会商工会議所などの選挙での買収、入札の談合など、事例はいくらでもある。

司法制度改革

鳩山法相
友人の友人は、アルカイダ


鳩山邦夫サイバンインコ


58の傍聴席に対して
約2000人の傍聴
希望者が殺到した。

裁判所も例外ではない。日本のインチキの基本は、「手渡し」にある。抽選券を自分で選べない。商店街の抽選券も、選挙の投票用紙も、そして、裁判所の傍聴整理券も手渡しだ。裁判所の傍聴では、傍聴券の前に、傍聴整理券がある。

傍聴整理券の手渡し

本当に手の込んだ仕組みだ。

傍聴希望者は、整理券を並んで受け取る。そこでは、整理券が手渡しされる。その後、抽選で整理券の当選番号が発表される。当選者には、「傍聴券」が交換される。その後、当選者は、傍聴席入口で傍聴券を提示して傍聴席に入場する。

一見、何の問題もなさそうだ。だが、よく考えれば、子供騙しのようなインチキが隠されている。商店街の抽選券の手渡しと同じで、最初から、「当選券」は、抜かれている。私の周囲の者は、皆、商店街の抽選会を信用していない。それと同じだ。

コンピュータ抽選の立会人

そして、用意された番号を、「抽選結果」として発表すればいい。パソコンによる抽選などと言えば、疑う者はいない。実際は、整理券の番号1番と2番の人がコンピュータ抽選の立会人になるらしい。列の先頭には、それを狙ってるとしか思えないおやじが意気揚々と陣取っているという。

何故、二重に傍聴券が交付されるのか。

それは、傍聴券が大胆にも、合法的に売買されているからだ。当選者がそのまま傍聴席に入場するシステムでは売買はできない。傍聴整理券から傍聴券に交換する時間と場所の変更で、人間が入れ替わる時間と場所を提供しているのだ。抽選のごまかしと売買を傍聴券だけで行うと第三者に見つかりやすい。

2時間で3~5千円のバイト

このような、傍聴のごまかしがバイトととしてまかり通っている。一方では、日本全国から必死の思いで駆けつけながら抽選に外れて落胆して帰る訴訟の関係者がいる。他方、バイトを大量に動員して、易々と傍聴する有名人もいる。それだけではない。警察当局が表ざたにしたくない裁判は、警察自ら、大量にバイトを動員して、傍聴席を占領する。

単なるバイトの若者ではない。

これらの若者たちの多くは、公安警察により組織化された連中だ。日頃はストーカーなどの仕事で日銭を稼いでいる。何より、口が固いことが必須の条件だから、誰でも頼むわけにいかない。しかも、緊急時に、大量の人間を機動的に動員することは、組織化された体制がないと無理だ。

江川紹子など平然とブログで解説する

本人の説明だから都合のいいように言っているのだろう。「アルバイトの学生は減った」と書いている。学生であろうが、アルバイトであろうが、替え玉であれば、第三者の権利を侵害している。本来は、詐欺罪だ。こういった評論家は、犯罪者を評論する前に、自らを裁く必要がある。

今日、重要事件の傍聴席は、動員された間抜けなジャーナリスト、警察関係者、そして動員されたストーカーで溢れている。

さらなるマスコミの詐欺

マスコミは、自ら金で傍聴希望者を動員しながら、その数の多さを数えて、騒いで、報道する。二重の詐欺だ。

表向きは、「取材」。真の目的は、「傍聴排除」

表面上は、マスコミは取材のために大量の動員を仕掛けると言う。だが、真の目的は、一般傍聴者の排除だ。こういったからくりをどれだけの国民が知っているのだろうか。実態は、モスクワ裁判と変わらない。

参照 鳩山邦夫法相の「友人の友人は、アルカイダ」発言は、パロディの可能性が高い。
日本の裁判員制度はイランのアフマディネジャド大統領を記念する。 (年表
OKWave マスコミは注目事件の公判の傍聴券をどのように入手するんでしょうか?
OKWave 裁判の傍聴 パソコンによる抽選 ヤクザの本性を現す警察・裁判員制度の罠
裁判所も警察もマスコミも八百長を犯罪と認めない。 暗殺者は許される日本の裁判
日本、国際刑事裁判所へ加盟 投票用紙はインチキか 投票用紙の自動読み取り機
国民審査は憲法違反 犯罪被害者の会は、警察応援団 光市母子殺害事件 国策捜査 冤罪
集団ストーカーとトヨタ 日本の「大本営」 中立公正という詐欺 東京地検特捜部という巨悪
押尾学事件はインチキ裁判の見本

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2009/8/9  #227

日本の陰謀 (167)

天気操作の実証(2)


2年前、天気操作の実証(1)で原爆記念日の天気操作を述べたが、実は、2007年8月では、事前に他の掲示板等で天気操作を予告していた。ところが、2007年は、記念式典の直前、わずかなにわか雨が降った。気象庁の記録では、2.5ミリの降水だった。

2009年広島平和記念式典
今年は、どうだろうかとニュースに気をつけていたが、全国放送の民放が、夜明けに雨が降ったと言って、傘を さしながら式典の準備をする人々の光景を遠くから移していた。遠景であり、実際雨が降っているかどうかは画面ではわからなかった。

気象庁広島の2009年8月6日のデータを見ると、広島だけが、データが更新されていない。8月6日の降水量がわからなかった。本当に細かい情報操作をするものだと呆れた。遅れて更新された気象庁のデータでの降水量は、0ミリとなっている。

最近、私も実感するのだが、気象操作の精度が飛躍的に高まっている。局所的に、わずかな雨を、一定の時刻に降らすことが出来るのだ。これはある意味で尊敬に値するのだが、たとえ国益であろうとも、自然を秘密裏にコントロールすることは、人類の尊厳に背く行為だ。重大な犯罪であることに変わりはない。

大方の人は、日本の気象操作を理解し始めていると思うので、これ以上のコメントは省略する。これまでのページを読んで頂きたい。

気象庁、桜の開花予想取りやめ (2009年12月26日追記)

日本の桜に対する執着は異常だった。桜の開花予想は気象庁と自衛隊の勤務評定の目標設定だった。子供じみた陰謀だが、一応解説する。

日本は長年にわたって気象操作・環境破壊を行ってきた。だが、徐々に人々のレベルも向上し、陰謀が発覚する恐れが出てきた。世界から戦争が消え始めたのだ。そこで日本は、平和時の気象操作による陰謀技術の向上に取り組んだ。 よく、「雨男」などと言って特定の人間をからかう話が取り上げられたが、これは実際に自衛隊と気象庁が特定の人間に繰り返し雨を浴びせた嫌がらせだ。

靖国神社のソメイヨシノ
(2008年3月)

同時に周囲の特務機関員(組織ストーカーのメンバー)が、「雨男」という噂をばらまく。会社員でゴルフの接待などを行う社員にとっては、同僚や顧客から本気になって嫌われる。私も、ここ数年集中的に人工降雨を浴びた。しかもその技術の向上をいやと言うほど見せつけられた。

私が外出すると、30分ほどで雨が降り出した。だが、私が時間を不定期に切り替えると、準備が間に合わないことが増えた、しかし、2年ほどすると、外出後10分ほどで雨が降るようになった。これは、命令後10分で雨を降らす技術を確立したということだ。しかし、秘密技術は、これだけではないだろう。

日本の陰謀は手が込んでいる。気象庁や自衛隊は、各地域の担当に、桜を目標日に咲かせる正確さを競わせた。これは天気操作の技術向上だけではなかった。同時に、大本営の幹部たちは、開化宣言を聞いて、部下達に桜の名所に場所取りをさせ、桜の開花を楽しむ。花見の席上で、携帯電話で、天気操作の担当に、「上出来だ、来年は出世させるぞ。」などと言い放つのが楽しくて仕方がないのだろう。私はこういった花見に同席したことがあり(もちろん末席だが)、その気持ちと雰囲気がよくわかる。

気象庁は靖国神社の境内にある3本のソメイヨシノを、東京都で桜の開花日を決定する標準木として指定した。間抜けな国になったものだ。

参照 原子爆弾のマンハッタン計画の責任者オッペンハイマーは日本人だった
オッペンハイマーの生誕100周年記念日には、北朝鮮列車爆発事故
オッペンハイマーの誕生日(旧暦)は、ヒトラーの片腕、ナチス・ドイツ国家保安本部長官
ラインハルトの誕生日と一致していた。ラインハルトも日本人だった。
鹿児島の86水害は、政府による環境テロの実例(氷山の一角)
日付と降水量の因果関係 気象テロリズム ハリケーン 究極の民族浄化
洗車機の中で暮らす日本人 皇太子の結婚記念日

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2009/8/14  #228

日本の陰謀 (168)

日本の政治家


日本では、政府の上に別の組織が凛然(りんぜん)とそびえ立つ。これは江戸時代からそうだった。この組織は、以下「大本営」と言う。

日本の国会議員は、大本営劇場の舞台役者だ。国会議員に立候補するためには、大本営の許可が必要だ。日本では、一応国民の被選挙権は保証されている。しかし、多くの国民は、勝手に立候補すると、どのような仕打ちが待っているかを知っている。

もちろん、与野党、無所属、全ての政治家は、この大本営の承認を受けている。「小泉劇場」という言葉がもてはやされたが、こういった劇場は江戸時代から続いている。最近この手口が見抜かれつつあるので、小泉劇場などという言葉で無知な国民と外国政府、外国人を混乱させている。

酔っ払った中川財務相
隣で見下ろす白川日銀総裁
2009年2月14日
財務相・中央銀行総裁会議  画像

首相官邸

外国の政府は由来のある建物を大事に使う。これは先人たち政治家の偉業を称える気持ちがあれば当然のことだ。だが、どうも日本にはそういった畏敬の念がない。特に、小泉首相在任中の2002年落成した新首相官邸はみっともない。テレビで初めて見た時、私は運送会社の倉庫だと思った。

今日の建設デザイナーの貧困は枚挙にいとまがない。私の住む鹿児島の県庁舎は1996年落成した。この県庁舎を初めて錦江湾から目にしたとき、そのグロテスクさに目を疑った。最近は、都市の海辺のスカイラインは極めて重要だ。この県庁舎は、南国の高温多湿の地にありながら、窓は小さく密閉され、しかも外壁から大きくへこんでいる。当初はそのようなデザインの理由が分からなかった。だが、最近の行政の腐敗でようやくわかった。外部から、職場を覗かれないようにしているのだ。外壁から大きくへこますことで、斜めの角度からは内部が全く見えない。事務所内に差し込む太陽光は他のビルに比べて著しく少ない。環境問題などどこ吹く風だ。

東京都庁舎
首相官邸

桜島フェリーに鹿児島の問題が集約される (2011年5月8日追記)

鹿児島の問題がようやく明らかになってきた。徳川家康以来、鹿児島は国家的計画で経済・社会を破壊され続けてきた。これは、偽装的民族浄化だ。鹿児島は、東京政府の「仮想敵国」だった。驚いた。

そう言えば、鹿児島にはこのような問題は山ほどある。今後検証してゆく。

見苦しい首相官邸に満足する小泉純一郎

これは、しばらくの間大きな謎だった。本当に不可解だった。この謎を解くきっかけになったのは、明治維新から今日までの政治家の動向の分析だった。

日本は、リーダーが不在の集団的指導体制の国家だとよく言われる。確かに歴史を振り返ると、日本には真の権力者はいない。天皇将軍首相東條英機田中角栄、いずれも真の独裁者でなかったことは歴史が十分証明している。

しかし、国家が個人の集合体である以上、真の権力者がいないことはあり得ない。人間は権力を手にすると傲慢になる。それにはブレーキが利かない。この問題は長い間謎だった。

そしてついにたどり着いたのが、「大本営」という、政府の上に立つ政府組織だった。日本のすべての有名人が「大本営」から命じられてその役割を演じていると考えるとき、初めて日本の全ての歴史と現実が説明できたのだ。

結局、小泉も「大本営」から人気者・権力者という役割を与えられて演じただけだった。それゆえ、まかり間違っても、小泉が真の権力者になってはならないのだ。

そこにこの首相官邸の意味するものがある。

鹿児島県庁舎
(錦江湾から)
鹿児島県庁舎(南側から)


可愛い 四国フェリー


見苦しい 桜島フェリー
桜島をバカにする
長渕剛
モニュメント

国会議事堂

日本は明治維新の後、すぐに国会議事堂を作ったと思っている人も多いだろう。だが、日本の国会議事堂には暗くて悲しい話がつきまとう。時系列で簡単に述べる。

日付 事柄・事件
1881年(明治14年) 国会開設の詔
1890年(明治23年) 第一回仮議事堂落成。
1891年(明治24年) 第一回仮議事堂、国会会期中に火災焼失
1894年(明治27年) 鹿鳴館を国会議事堂として使用。この鹿鳴館は、同年6月の明治東京地震で被災する。
1894年(明治27年)10月 第二回仮議事堂落成。
1906年(明治39年) 仮議事堂の改修及び本格的な議事堂の建設が決定。
1913年(大正2年) 大正政変により、建設延期。
1920年1月30日 原敬内閣のもとで、国会議事堂建設着工。
1923年(大正12年) 建設中の国会議事堂は関東大震災に見舞われる。第二回仮議事堂は持ちこたえた。
1925年(大正14年) 第二回仮議事堂火災焼失。国会議事堂建設中止。
1925年(大正14年) 第三回仮議事堂落成。
1936年(昭和11年) 国会議事堂落成直前に、二・二六事件が発生。海軍の軍艦40隻が東京湾御台場沖に集結、国会議事堂にに艦砲射撃の照準を合わせた。
1936年11月7日 国会議事堂落成。着工から17年を要した。

この一連の国会議事堂の歴史を垣間見ただけでも、日本の国会議事堂には権力がないことがわかる。権力の象徴が何度も火災に遭うはずはない。また、日本の地震は人工地震であり、上記の地震は国会議事堂建設に照準を合わせているようだ。実際の権力はこういった建物にあることは間違いない。

オリンピック

それでは、何故国会議事堂の建設がこれほど引き伸ばされ、そして、1936年11月7日に突然落成したのだろうか。実は、1936年7月31日、IOC総会で東京オリンピック(1940年)が決定した。IOCの調査団を納得させるためには、文化の象徴たる国会議事堂の建設は絶対条件だった。翌8月1日にはベルリンオリンピックが開催され、ヒトラーは大成功を手にした。日本には、一刻の猶予も許されなかった。それで、これまで建設を妨害してきた日本政府は態度を一変させ、突貫工事で国会議事堂の落成にこぎつけた。だが、結局、日本はオリンピックを返上し真珠湾攻撃へ突き進む。

日本の国会議事堂は、もともと国会議員や国民のために建設されたものではない。

ドイツの国会議事堂火災

国会議事堂の火災と言えば、ナチス・ドイツ国会議事堂放火事件が有名だ。この事件は、1933年2月27日に起こっている。この時、日本は国際的に孤立を深めていた。2月24日、首席全権の松岡洋右国際連盟脱退を宣言していたのだ。ナチス・ドイツの動向も日本に呼応することが多いが、国会の火災、日時の点で、日本が背後にいると考えるのが自然だ。

「大本営」

日本の大本営は、これまでも繰り返し述べたように、秘密の組織であり、国民の目には、裁判所警察自衛隊日銀特殊法人の複合体として映る。要するに、「金」と「武力」という国家維持の中枢を押さえているのだ。

世間で、「天下り」という言葉が使われているが、これほど巧妙な言葉はない。実際は、「天上り」なのだ(ここで言う「天上り」とは、民間企業から官公庁への出向ではない)。官僚や政治家の間では当たり前なのだが、各省庁の事務次官は官僚の最高ポストではない。せいぜい課長級だ。その後に、各特殊法人を転々として、大本営の階段を上っていく。では、何故、事務次官より権力があるのか。

政府内では、巨額であっても国庫の資金は簡単に横領できない。それに比べると、特殊法人や、警察、自衛隊には秘密会計が無限にある。それだけ横領の規模も大きい。

法務省などは、その典型的な事例だ。法務省は検察庁に飲み込まれているのだ。法務省のトップ事務次官は、その後、検察庁検事長に就任する。一見大変な降格だが、決して降格ではない。検察庁のほうが法務省よりも格が上なのだ。事務次官の人事異動は紙切れ一枚だが、検察庁の検事総長次長検事、検事長は、いずれも天皇より直接認証を受ける

それゆえ、このような現実を国民に見抜かれないようにするため、「天」という言葉に、あえて「下り」という言葉をつけたのだ。非常に巧妙なトリックだ。これからは、「天上り」と呼んでもらいたい。

検査されない中央銀行

銀行には監査検査が必要なことは常識だ。だが、日本の日銀は特殊な銀行だ。以前から奇妙に思っていたことの一つに、金融庁と日銀のダブルの検査体制がある。この検査体制は何かがおかしい。ようやくわかったことは、銀行の最上位に位置する日銀に検査が入らず、こともあろうに、日銀という「銀行」が他の「銀行」を検査することだ(正式には「日銀考査」と呼ばれる)。

これはどういうことだろうか。疑問が長い間解けなかった。マインドコントロールが強かったのだ。最近、日銀が日本の陰謀の中枢に位置すると認識し、ようやくこの検査体制のトリックに気づいた。

つまり、日銀は検査から除かねばならないのだ。それはそれで、除けばいい。だが、外国マスコミや国民の中には、日銀に検査が行われないことを不審に思う者も出てくるかもしれない。それで、もっともな口実が必要だった。

その口実の一つが、「日銀考査」だ。必要のない、「日銀考査」を演じることで、国民に、日銀も検査の対象になっていると感じさせる。いや、それどころか、日銀が銀行であることさえ忘れさせることが出来る。これまでのところ、このマインドコントロールは銀行員、国民に深く浸透し、疑う者などほとんどいない。

もちろん、日銀が政府よりも格上だからこうなる。世界や国民が混乱しそうになると、そこは演技力でカバーする。これができる政治家が、有能な政治家だ。

日銀の白川総裁の権威は落ち続けている。大本営は見過ごすことができない。それで、財務大臣の中川昭一に「自爆テロ」を命じた。世界の注目する場所で日銀総裁の面前で醜態をさらすことだった。あの醜態劇は、日銀総裁のイメージアップが目的だったのだ。それだけではもったいないので、日時は、米国ヒラリー国務長官の来日に合わせて、国内のニュースから同国務長官を締めだした。もちろん、日本を訪問した米国国務長官に、あっかんべーのあいさつをしたことは間違いない。

悲しい芸人たち

最近のニュースで報じられる事件を見ると、日本の有名人が何者かよくわかると思う。政治家も例外ではない。悲しい芸人たちだったのだ。

中村勘三郎の硫黄島の舞台上演東京政府の鹿児島「ほめ殺し」を見る。

日本の陰謀の検証を始めてから、いろいろな事に気付くようになった。例えば、マスコミの報道だが、全国報道で鹿児島が徹底的に無視される。鹿児島が話題に出ても、「西日本」とか、「南九州」などと、いい加減な言葉を使う。ひどい場合は、平気で、「宮崎」、「熊本」などと、間違った解説をする。

それだけではない。地元ローカル放送では、県外の情報を半分以上流す。県内の情報は、ほとんど離島、周辺地域で、「鹿児島市」の取材がほとんどない。人口比は三分の一を超えるが、報道は一割前後だ。

今日、たまたまTBSの「みのもんたの朝ズバッ!」で、鹿児島という言葉を聞いた。画面を見ると、「硫黄島」が出ている。この島の人口は114人。少数意見を無視するつもりはないが、鹿児島市内でも硫黄島を知らない人は多い。こともあろうに、この島を全国放送して、鹿児島の放送が少ないという批判を、数字だけ合わせる。巧妙な「ほめ殺し」だ。

報道内容に善意が感じられればこういった批判はしない。悪意が見え見えだから批判するのだ。

参照 国会議事堂建設着工の日、「マツダ」は設立された

「マツダ」は、日本政府の国策企業である可能性が強い。
「マツダ」は、1984年5月1日「東洋工業」から「マツダ」に社名変更する
だが、「MAZDA」は、イランのゾロアスター教の主神アフラ・マズダーを意味する。
しかも、社名変更の日は、「イラン革命」を示唆する。
ゾロアスター教は、インドのタタ自動車の宗教でもある
タタ自動車は天理教との関連が強い
イギリスのウィリアム王子の結婚式でのキスは、ビンラディン暗殺計画の秘密の暗号だった
中川財務相の死亡した日(2009年10月3日)は、同人の選挙区北海道が
正式に日本政府の行政区に組み込まれた記念すべき日から140周年だった
中川財務相のもうろう記者会見は、人体実験で悪名の高いゴッドリーブの没後10周年記念日だった。
この記者会見は、薬物中毒による幻覚症状を演出したパロディだった。
その一方で、中川財務相は、オバマ大統領就任を祝福した

その日は、ソマリアの新首相就任の日でもあった
1933年2月24日、日本の松岡代表は、
国際連盟の日本軍満洲撤退勧告案可決に対して抗議、会議室から退場する

だが、この日は日本の旧暦で2月1日。実は、ヒトラーの誕生日は、イラン暦で2月1日だった
オウム真理教と日本銀行 三位一体の改革と新銀行東京 日本銀行、東京オリンピックそして北朝鮮
投票用紙に日銀の印刷技術 日銀総裁就任の日に嫌がらせ 国会議事堂
阪神・淡路大震災、ペルー日本大使公邸人質事件に日銀総裁松下康雄の影
地下鉄サリン事件、オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件に日銀の影 日銀は徳川幕府大奥の春日局

次項へ 内容には仮説を含んでいます。
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  2009/8/17  #229

日本の陰謀 (169)

ハーミド・カルザイ

私は、この男が嫌いだ。本能的に受け付けない。私は、政治家を好き嫌いで評価するつもりは全くない。しかし、これまでの経験から、直感はしばしば真実を捉えることを知っている。

国民が紛争やテロで塗炭の苦しみを味わっているのに、この大統領の顔は常ににやけている。常に腐敗と汚職の話が付きまとう。

アフガニスタン大統領選挙が近づいてきた。あまり関心はなかったが、ひととおり調べてみた。結果は、またもや誕生日で始まった。

父親の暗殺

南アジアの政治的指導者にはひとつの大きな共通点がある。それは、指導的政治家が暗殺され、その後継者として登場し、親(配偶者)を暗殺した組織と表面上は対立しながら、裏では癒着する構図だ。全ての国が同じ状況だとは言わないが、暗殺という点では共通している。

南アジア諸国の政治的指導者が何故同じ道をたどるのか。

これは、地域的特徴では説明できない。何故なら、政治家は自分の命の危険を顧みないほど傲慢でも間抜けでもない。しかも、政治的指導者たちは、その試練を勝ち抜いてきた勝利者たちだ。それが、指導者になったとたんに簡単に暗殺されるのは、それまでに経験のない陰謀に遭遇したからに他ならない。ここに、他国の陰謀を主張する根拠がある。

天皇陛下 カルザイ氏と会見

アフメド・ワリ・カルザイ
カルザイの弟で
CIAのエージェント


男はつらいよ 寅次郎頑張れ!
男はつらいよシリーズ
20作記念作品

公開日は1977年12月24日
カルザイ20才の誕生日。

国名 職位 名前 事柄・事件
アフガニスタン 大統領 ハーミド・
カルザイ
1996年タリバン政権に参加、駐国連代表に任命される。1999年7月14日アブドゥル・アハド・カルザイはタリバンに暗殺される。この日は、またもやフランスの建国記念日だ。
誕生日は、1957年12月24日。この日は、ソ連のアフガン侵攻の始まった日だ。
パキスタン 大統領 アーシフ・アリ・
ザルダリ
ベナジル・ブットは、パキスタン初の女性首相で、2007年12月27日 暗殺された。ベナジルの誕生日は、1953年6月21日で、本能寺の変で織田信長が自害した日。 実際、ベナジルの父親は、クーデターで処刑された。ザルダリは投資・環境大臣在職中、汚職にまみれていた。
インド 国民会議総裁 ソニア・ガンジー ラジブ・ガンジーの母インディラ・ガンジー(首相、1966-1977、1980-1984)は、1984年10月31日首相在任中暗殺された。そのあとを継いだラジブ・ガンジー(首相、1984-1989)もまた、1991年暗殺された。国民の同情もあり人気は高い。
バングラデシュ 大統領 シェイク・ハシナ ハシナの父シェイク・ムジブル・ラフマン大統領は、日本の終戦記念日の1975年8月15日暗殺された。この日は、ナポレオンの誕生日でもある。
ミャンマー 自宅軟禁 アウンサン
スーチー
アウン・サンは、日本の傀儡政権の国防相。その後、英国に寝返り、1947年7月19日暗殺された。暗殺者の名前は、ウー・ソー。語呂合わせが感じられる。


日本が、事件や誕生日にメッセージや語呂合わせを含めるのには訳がある。日本は、将来必ず世界の征服者となり、世界の歴史を塗り替えることが出来る日が来ると信じている。まさにその時、これまでの陰謀の数々を披露しても世界は信用しない。後知恵やこじつけだと皮肉られるのが落ちだろう。そのために納得させる材料を残しているのだ。それゆえ、こういったほのめかしは、遊びではない。

誕生日で選ばれるパターン

誕生日で選ばれるといっても、状況はいろいろだ。(1)誕生日の子供を探して教育する、(2)生まれた子供の誕生日をずらして届け出る、(3)後日誕生日を変更する、(4)誕生日の若者を探して金と教育で政治家に仕立てるなどだ。

カルザイは、この点で(4)に該当する。同様の政治家に、ニコラ・サルコジがいる。

参照 ザルダリ・パキスタン大統領は、誕生日がオランダ軍艦スムービング号長崎来航100周年記念日
カルザイ大統領は、極東国際軍事裁判のA級戦犯・大川周明(しゅうめい)の生まれ変わり
ムシャラフがパキスタンの大統領に就任した日は、アメリカ同時多発テロ事件とイラン暦で一致する
CIA、カルザイ弟のアフメド・ワリ・カルザイに金銭提供の裏

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  2009/8/25  #230

日本の陰謀 (170)

国会議事堂


前項(168)で、日本の国会議事堂はオリンピックのために建てられたと述べたが、日本は現在でも国会をオリンピックに利用する。

総選挙の特徴

現在進行中の総選挙を振り返ると、麻生政権下の総選挙には大きな特徴があった。
1.

麻生首相は、「総選挙の時期は私が決める。」と、繰り返し発言した。

2.

麻生首相は任期の間、解散・総選挙の可能性を常に示唆してきた(逃げ切り解散)。

3.

麻生首相は、公職選挙法第31条3項(衆議院議員の総選挙は、解散の日から40日以内に行う)を最大限に援用し、長期間の選挙戦を演出した。

参議院特別体験プログラム


建物がシートで覆われているのは、リフォームではない建造以来初めての外壁の汚れ落としだ。完成が1936年だから、73年目だ。まだ洗い終わっていない中央塔と左壁の石の色と比べるといかに汚れていたか一目瞭然だ。

当初、私にはこの不可解な動向が説明できなかった。だが、前項(168)を編集するうち、今回の総選挙もオリンピックと関係があるのではないかと考えた。調べてみると、図星だった。これには本当に驚いた。

麻生政権の使命

麻生政権の使命は、東京オリンピック招致だった。常に国会解散を話題にし、国会の解散・総選挙にこれほどの紆余曲折があるのは、IOCのオリンピックの開催地の選定スケジュールが不確実だったためだった。

今年の開催地投票日程は、例年に比べると、目立って遅れている北京オリンピックロンドンオリンピックも最終投票は7月だった。今年は10月2日だ。

東京の弱点は、政府のイメージだ。どういう政治の展開が最も有利か日本政府は慎重に分析した。結局、日本政府は、政権交代でイメージ・チェンジを図り、その勢いで投票を勝ち抜く戦術を選んだ。

そう考えると、政権交代は、国民の意思でも、国民のためでもない。日本政府がマスコミを使って有権者を煽り、都合のいい政権交代を演出するだけの話だ。

もしそうであれば、東京が開催地に選ばれれば、オリンピック開催の2016年まで民主党長期政権だ。東京が選ばれなければ政権交代の意味はなく、新たな政界再編が起こる。

北朝鮮は常に日本の応援団

北朝鮮は日本に対していつも助け船を出す。日本が変化をアピールしたい時、北朝鮮もそれに応える。

北朝鮮も変化に忙しい。金正日の後継者を発表したり、金大中元韓国大統領の死去に伴う弔問外交では、「南北関係を改善したい」というメッセージを韓国に送った。

北朝鮮は、防衛省が窮地に追いやられると助け船を出す。1998年8月のテポドン1号発射は、防衛庁調達実施本部背任事件の暴露と同時だった。テポドン1号発射で日本のニュースは北朝鮮一色となった。

ギリシャの山火事オリンピックと関連か

うまい具合にギリシャで山火事が起こった。テロの危険性の高いシカゴリオデジャネイロに対して、安全をアピールしたい東京にとって格好のニュースとなった。オリンピックの選定委員たちは、このころギリシャの勉強に忙しいのだ。

私は、あれだけの火力の山火事は、ガソリンのような燃料を大量に薄く散布する必要があると考えた。だが、その散布をどうするのか疑問だった。航空機による散布は証拠が残りやすい。万一事故が起こったら、計画が露見する。

だが、動物を使うとはよく考えたものだ。こういった発想は日本の忍者の発想だ。

この山火事は、テロリストたちが、生きたウサギに油をしみこませた布を巻きつけ、そのウサギに火をつけて山に放ったと言われる。

今回はウサギではなくミンクを使ったようだ。

ギリシャのある町で、ミンク約1万匹が町を襲撃し、ニワトリや家畜のウサギに襲いかかった。これは活動家グループの仕業だと言われる。山火事用のミンクが逃げ出したか、目くらまし用の騒動か、どちらかだろう。いずれにしても、規模の大きさから、笑いごとでは済まされない。


少しずつ進む国会議事堂の修繕作業 (2010年7月20日追記)

外壁の汚れだけではなく、議席の布地の張替などもネット上で指摘してきたが、それなりに考慮されているようだ。だが、これは、国民の意見に耳を傾けたからではない。国際的な交渉で不利益を被るからであり、国会議員のためでも、国民のためでもない。未だに大本営(徳川幕府)のためなのだ。

参照 中川昭一元財務相の急死は、東京五輪招致失敗の日だった。ここでも桜島は爆発した
議員たちの引きこもり 日本の政治家 台風が国会議事堂を懲らしめる
モンゴル国会議事堂 彦根藩上屋敷
アイゼンハワー大統領の死去に合わせて 江藤小三郎が国会議事堂前で自決

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  2009/8/30  #231

日本の陰謀 (171)

10年ごとに戦争をした日本


先日このサイトのリンク切れをチェックした時、「旭川・アイヌ民族の近現代史 」のサイトを改めて読み直し、ひとつ驚いたことがあった。日本が10年ごとに戦争をしたと言うのだ。実は、私も同様の疑問を持っていた。だが、今振り返ってみると偶然ではないことが歴然となった。

日清戦争から第一次世界大戦まで

日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)、第一次世界大戦(1914年)が10年間隔であることは、誰にでも理解でき、何も今さら改めて言うほどのことではない。だが、日付にこだわってさらに年月をさかのぼると、新たな戦争が現れてきた。

南京攻略戦で、日本の部隊に収容された中国人捕虜の一部 (1937年)。中国側兵力9万人のうち、捕虜1万500人、遺棄死体は8万4千人だった。
ベトナムの阮朝(グエンちょう)は、1802年国旗を日の丸に定める。この2年後、フランスでナポレオンが皇帝に就任する。ベトナムは、日本の対中東対ヨーロッパの活動拠点だった。この関係は、第二次世界大戦ベトナム戦争を経て、現在も変わらない。日本の鎖国は嘘だった

年月日 戦争 事柄・事件
1874年5月6日 台湾出兵 明治政府は1874年(明治7年)台湾に出兵した。これは、明治維新以来、日本軍が行った最初の海外派兵だった。西郷隆盛の弟で陸軍中将の西郷従道が薩摩藩藩士による政府軍を編成し、江戸幕府から引き継いだ軍艦2隻で長崎を出航した。
1884年8月23日 清仏戦争

福州会戦
(英文)


甲申政変
ベトナムの歴史は実に不可解だ。1802年の成立した阮朝(グエンちょう)は日系人の王朝である可能性が大きい。国旗は、ほとんど日の丸だ。ハノイは漢字では「河内(かわち)」と表記され、歴史的に東京城と呼ばれた。トンキン湾は「東京湾」と書く。

清仏戦争に際し、外務卿・井上馨日本軍も戦争に介入しようと画策した。しかし、西郷従道が猛反対したため参戦は中止された。

清朝が清仏戦争で軍隊を中国南部に終結させている間、日本は李氏朝鮮で親日派によるクーデターを決行した(1884年12月:甲申政変)。だが、袁世凱率いる清軍が朝鮮半島に到着し、クーデターは失敗した。

日本の「東京」という名前は、江戸時代すでに使われており、日本の世界征服の象徴だった。
1894年7月25日 日清戦争 朝鮮半島をめぐる日本と清朝の全面戦争。和歌山毒物カレー事件はこの日を記念して起こされた。
1904年2月8日 日露戦争 この戦争のころから、反米、反ユダヤなどの思想が表立ってくる。2月8日は、徳川家康が松平から徳川に改名した記念すべき日だった。記録の上では、この頃から特務機関員の工作活動が顕著になる。
1914年7月28日 第一次
世界大戦
オーストリアは7月28日セルビアに対して宣戦布告を行った。7月28日はフランス革命後の1794年、テルミドールのクーデタージャコバン派が処刑された日だった。フジモリ元ペルー大統領もこの日付に大きくかかわっている。

日本は8月15日
ドイツに対し最後通牒を行い、第一次世界大戦に参戦した。この日は、ナポレオンの誕生日で第二次世界大戦の終戦記念日にもなった。

第一次世界大戦の終結は、1918年11月11日午前11時だった。この語呂合わせは、ナポレオンの皇帝就任と日本の暦の語呂合わせ(文化元年11月1日)と同じだった。


何故下一桁が「4」の年なのか。

すぐに疑問となるのが、下一桁「4」の理由だ。それは、特に日仏の関係で説明される。日本は、ナポレオンの皇帝就任の年を文化元年とし、旧暦の正月(1804年2月11日)を紀元節(建国記念日)とした。日本とナポレオンの関係はただならない。

1924年以降はどうなったのか。

日本は、この頃ナポレオンを卒業する過程にあった。日本の大本営は、既に「神武天皇即位紀元」に基づく皇紀を念頭に置いていた。また、これ以上10年ごとの戦争を繰り返すと、私のように見破る者が現れた時弁解が難しくなると考えたのだろう。

それで、軍事クーデターなどに相変わらずナポレオンの影響があるものの、第二次世界大戦の開始(1939年)、東京オリンピック(1940年)、ハワイ真珠湾攻撃(1941年)などは、いずれも皇紀2600年に基づいた。

参照 南北ベトナム統一の日に合わせて、唐山地震で中国国民をいじめる。
20世紀最大の地震被害となったが、目的は、国民の注目をそらすことだった。
当時の中国共産党にとって、国民の意識の高揚は、迷惑でしかなかった
1010年10月10日、 ベトナムの李朝(リちょう)を建国した李太祖(リ・タイト)が首都をハノイに遷都した。
ハノイは東京城と呼ばれた。ベトナムは、2010年10月10日大規模なパレードを企画した。
ここでも、日本と北朝鮮は日付の語呂合わせで祝福した
サウジアラビア王国と阮朝(グエンちょう)ベトナム建国に日本の陰謀
日本はモンゴル帝国 第二次世界大戦は八百長だった 日本は、第二次世界大戦の戦勝国
日の丸に似た国旗 パラオ チベット ミャンマー バングラデシュ
ルーマニア ナチス・ドイツ サウジアラビア

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  2009/8/31  #232

日本の陰謀 (172)

台風が国会議事堂を懲らしめる


今年は台風がまだ日本に上陸しない。そう言えば昨年も上陸はなかった。台風は、台湾で忙しいようだ台風8号)。だが、国会の選挙の騒動から日常に戻ると、新たな台風が東京を狙っている。

大本営国会議員たちを懲らしめるつもりのようだ。

台風11号にはもうひとつの目的があった。 (9月1日追記)

当初、喜びに沸く永田町の民主党を狙ったと思った。だが、ニュースのおかしな報道で、目的は別にもあることがわかった。外国のマスコミの報道関係者は、緊急に東京行きの国際便の切符を手配した。だが、航空会社の回答は、「東京行きは欠航です。復旧の見込みはついていません。」だった。多くの外国の報道関係者が東京での取材を断念した。

今日は忙しいので、さらなる情報は、下記の関連サイトを参照して欲しい。

鳩山代表記者会見
2009年8月30日

台風11号 MSN台風情報
2009年8月31日6時

参照 気象テロリズム 災害と経済 台風をあやつる
大本営ではなく徳川幕府
1996年鳩山兄弟が民主党を結党した際に、
母親の安子は数十億円の資金をポケットマネーから用意。
だが、これはその後、政党助成金から全額回収した。
道徳上マネーロンダリングではないのか。国民をだますな。

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  2009/9/6  #233

日本の陰謀 (173)

子ども手当は金持ちへのばらまき。


政治は人間の活動の集大成だ。だから、そこから出てくる活動にきちんとした理論はない。いや、きちんとした理論は一般に「こじつけ」だ。私は、「こじつけ」が悪いと言っているのではない。中には、良い「こじつけ」もある。

国民の幸福は、ある意味で、ほとんど政治とは関係ない。幸福とは本来複雑なものだ。平和が続けば生活は豊かになるが、経済成長が頂点に達すると、あとは没落しかない。最も理想的な経済状態は、安定した繁栄が永久に続くことだ。

しかし、これは政治家や官僚にはつらい。北欧諸国を見れば明らかだが、これらの国には大きなニュースがない。幸せだが、単調な日々が続くだけだ。

こういった政治経済状況下では、日本の「大本営」は持たない。それで、常にドラマを演出し、政治や経済のアップ・ダウンを繰り返す。そうして、国民を一喜一憂させ、国家の実態を覆い隠す。

日本の税制の「インチキ」

日本の税制にはいたるところに「インチキ」がある。国民が税制を理解できないのは国民の勉強が足りないからではない。故意に理解できない仕組みを作り上げているのだ。日本はこういった「インチキ」には優れた技術を発揮する。

「子ども手当」を例に説明してみる。この税制度に対するマスコミの論評には共通点がある。それは、明確な結論がないことだ。
税制度の評価は、利害関係とその効果だ。だが、マスコミの論評は、利害関係にしても、サンプル試算しかない。効果の分析もほとんどされない。それは、そこには重大な落とし穴があるからだ。

誰もわからない損得計算

「養子」として554人分の
子ども手当8600万円を申請


子ども手当法案・強行採決

韓国の小型艦艇
天安チョンアン)/rp>
爆発・沈没 画像


総選挙の焦点「子ども手当」


日本の税金の損得計算はほとんど不可能だ。現在行われている「児童手当」で説明する。この手当も、その損得がほとんどわからない。従来の扶養控除は、ある程度わかりやすい。それは、国税の中での計算だから、損得計算はある程度可能だ。だが、児童手当は、手当の支給方法が複雑で、また財源も国、県、市町村が複雑な計算方法で負担する。そして、この三者の間でも地方交付税などでのやりとりがある。

こうなると、児童手当で自分の世帯が得をしているのか損をしているのか、全くわからない。もちろんコンピューターのシミュレーションを使う政府は重要な情報を握っている。国家レベルでは、兆円単位の資金移動となるはずだ。

誰もわからない手当や
補助金

日本の補助金や手当はわからない。一体どれだけの数の補助金や手当が国、県、市町村から出ているのかわからない。日本の役所や企業では、こういった情報を部外者に親切に教えることは組織の反逆者とみなされる。組織の財産を失わしめる行為だからだ。だから、情報が簡単に出てくるはずがない。しかし、ひとたび仲間だと認識されると、黙っていても情報を教えてくれる。いや、当然のように支払ってくれる。 私は、児童手当のことはよく知らない。だが、ウィキペディアによる情報だけでも、「児童扶養手当」、「特別児童扶養手当」、「子育て応援特別手当」など、類似の手当てが次々に出てくる。

金持ちの子沢山

「貧乏人の子沢山」という言葉がある。これはほとんど偏見だ。いや、国家にとって都合のいい言葉だから、もてはやされた。現在でも、金持ちの子沢山はテレビで報道されないが、貧乏人は、頻繁に報道される。

だが、現実は、全く逆で、金持ちが子沢山だ。これは統計が証明する。ここにも、「子ども手当」のインチキがある。

中小企業白書


財源確保は低所得者に増税

財源は、児童手当や税控除の廃止で補うと言う。だが、低所得者に支払われる児童手当を廃止することは、低所得者への増税だ。配偶者控除の廃止は、一見平等に見えるが、高所得者世帯の配偶者は控除を受けていないことが多い。青色申告の専従者控除や、有限会社などの役員として役員報酬を得ている事例が、結構多い。これも、結果として低所得者への増税となる。

マニフェストは、大本営への誓約書

民主党のマニフェストを見れば一目瞭然だが、これはまさに霞ヶ関の「予算書」だ。では、何故、民主党はこのような国民の興味のない、難解なマニフェストを作ったのだろうか。それは、政権を取っても、自民党同様、大本営の言うことを聞くという約束をしたのだ。

大きな骨子は、「金持ち優遇」と「こども110番支援」だ。公安警察は、これだけは絶対に見逃せない。

つまり、マニフェストは、民主党の大本営への誓約書だった。

「保護」や「手当」という政府の傲慢な言葉

ひとたび決まった法律や条例は、国民にとって権利と義務だ。「保護」や「手当」という言葉は、国民を半人前の人間として扱っている。

生活保護は、憲法に基づく権利であり、何も卑屈になる必要はない。卑屈になるのは、不正が横行しているからだ。だが、権利である以上、義務は同時に生ずる。それは他人の納めた税金を費消するのだから、情報公開は義務だ。そうであれば、税金から給付を受ける者には、受け取る権利とともに情報公開する義務がある。

情報公開とは、受取人の住所氏名、金額、資金使途の公開だ。これは日本人には辛い。だが、本当に困った人は、何のためらいもなく情報公開に応ずる。名誉のために公開したくない人は、受け取らなければいい。これで、巨額の不正支出は防げる。住民が経費支出をチェックするから、公務員の数も大きく減らせる。

子ども手当も同様だろう。公表したくない人は、受け取らなければいい。逆に、受け取ることは正当な権利だから堂々と受け取ればいい。

ここにも日独伊三国軍事同盟が影を落とす。

理由はわからないが、この三国は、世界で最も子どもの割合が少ない。共通した問題点があることは間違いない。

法案通過の日に韓国の小型艦艇「天安チョンアン)/rp>」が爆発・沈没 (2011年5月22日追記)

子ども手当法」は、2010年3月26日成立した。だが、この日は、血なまぐさい事件が重なった。全て不可解な事件で、日本の警察・自衛隊の陰謀を強く示唆する。目的は、例に漏れず、都合の悪い事の「目くらまし」だろう。旧暦では、2月11日建国記念日だった。民主党の強行採決は、日付の語呂合わせが目的だったと思われても仕方がないだろう。

参照 新聞・週刊誌が一斉に民主党を攻撃するが、これも最初からのシナリオ。
徳川家康政権を完全なものにするために、故意にトンチンカンな政策を演じた豊臣秀吉と同じ構図
トヨタと子ども110番 ムスコカ・イニシアチブ 屯田兵・忍者部隊と子ども手当

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2008/2/1   ##
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