
| 日本の陰謀(3) 8項 |
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| 2009/12/18 #257 |
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■ 桜島の大正大噴火は富士山の宝永大噴火に合わせたもの
江戸時代に描かれた桜島は、頂上が完全にとがってはいないが、それでも現在よりははるかに美しい形をしていた。一般的に考えて、噴火口がここまでぎくしゃくしている活火山は珍しい。 ■ 京都大学防災研究所 ホームページを読んでみたが、桜島の情報がよくわからない。火山活動研究センターのサイトが含まれているが、リンクの接続もおかしい。 桜島の噴火については人工爆発である疑惑がある。科学者として、完全な情報公開を要求する。別に自衛隊等が人工爆発を行っている可能性もあり、しかるべき調査は絶対に必要だ。 そもそも自然科学の研究は地元の研究者に限る。生まれた時から桜島の活動を知り、地域の気候・風土を熟知した者が研究者として最適だ。よそ者で単身赴任で転勤で来る者に本当の研究が出来るとは思えない。逆に、何か不都合な事があるからこそ、京都大学などが出しゃばって来ていると考えざるを得ない。 ■ 「京都」は鹿児島抑圧の実行部隊 本当に、京都は鹿児島にとって恨みの地名だ。日本赤軍の岡本公三 などの実行部隊を京都大学が支援した。お茶をはじめとして、産業面でも鹿児島を搾取した。 京セラの創業者稲森氏は鹿児島出身で、鹿児島に工場も作っているが、鹿児島の人間が、「京都」の会社名で故郷に錦を飾るのは常識外れだ。また、島津製作所という会社も京都にあり、鹿児島 とは関係ない。日本にはいろいろ由来を言うものが多いが多くは検証に耐えられない。この会社も情報を公開し、鹿児島の人間が納得いくような証拠を出すべきだ。全日本同和会は鹿児島でも恐喝・搾取を繰り返したが、その資金はほとんど京都に送金されたと言われる。ほかにも多くの事例がある。 ■ 何故「京都」なのか これには、徳川幕府の陰謀の特徴がよく表れている。徳川家康以来、日本政府は、弱い者に弱い者をいじめさせる。結果として、両者ともぼろぼろになり、自分たちが漁夫の利を得る仕組みだ。この陰謀は日本の至る所に見られる。 ■ 東京の鹿児島叩きは、徳川家康に始まる。 この鹿児島叩きは、歴史的にも多くの事例がある。鹿児島県のいろいろな組織の幹部の連中は、こういった鹿児島叩きのために送り込まれた者達だ。こういった裏切り者たちは、直ちに東京へ帰ることを要求する。詳細は、これから述べてゆく。
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| 2009/12/23 #258 |
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■ 富士山の噴火と桜島の噴火 江戸幕府は人工地震と人工噴火を研究し実験した。当初は試行錯誤の連続だった。そして、富士山の人工噴火に成功したのが1707年の宝永大噴火だった。だが、江戸幕府は、その誇る富士山に大きな穴が開いたことに驚いた。以後、人工噴火は桜島に移して今日まで続くことになる。
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| 2009/12/25 #259 |
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■ 今回は献金疑惑で辞任する準備 大本営は官僚組織だから何事にも完璧を期そうとする。それが災いのもとになることもしばしばある。だが、大本営は準備周到だ。何も鳩山政権を終わらせるつもりはない。米国が本気で迫って来た時、これを理由に内閣総辞職を行い、「あかんベー。」をするのだ。これは、日本の外交の特徴だ。 もう一つは、米国に対して、「辞職の準備は出来ているから、脅しは効かないよ。」というサインを送っているのだ。 こういった日本の戦術は、繰り返し説明しないと理解が難しいと思われる。それで、時間の許す限り取り上げていく。
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| 20010/1/7 #260 |
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江戸時代の文献には捏造が多い。徳川家康は正面から歴史の捏造を命じている。大隅守を勤めた桜島忠信の名前に由来するという説もあるが、話が出来すぎている。
1698年(元禄11年)薩摩藩の通達によって桜島の名称に統一されたという説がある。問題は、当時の薩摩藩第3代藩主島津綱貴(島津氏第20代当主)にあるようだ。島津氏の歴史は鹿児島の歴史にとって重要だ。次回詳説する。
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| 2010/1/11 #261 |
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■ 成人式の始まり 終戦間もない1946年11月22日(旧暦10月29日)、現在の 成人式は20才を祝うが、日本には歴史的に20才を祝う伝統はない。ナポレオンとフランス革命を記念したことは間違いない。8月15日は終戦記念日でもあり、正月にちなんで1月に変えたのだ。
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| 2010/1/14 #262 |
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日本政府の執拗なクリントン叩き
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気が付けば、1月12日
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| 2010/1/26 #263 |
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私は、地元企業に勤務していた。ある時、業界の研修に参加を命じられた。東京で宿舎の生活や、海外での研修に参加した。この時、県外の同業種の社員と相部屋になった。秋田の企業の社員だった。研修のリーダーは鳥取県の企業の社員だった。私には、ちぐはぐな組み合わせだと思った。よその人との交際は得ることも多いが、何か疑問に思い、これまで頭の片隅に残っていた。 今回、島津氏を検証し、島津氏が秋田藩・鳥取藩と姻戚関係にあることがわかり、今日でも全国規模で「徳川制度」が機能していると思った。そういえば、高校の同級生で、一流大学から、最高レベルの官僚になった者がいたが、この人の初任地は秋田市だった。やはり、「大本営」があると確信した。
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| 2010/2/2 #264 |
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私は、これまでの歴史の検証で、ようやく鹿児島の特徴に気がついた。図らずも、前項である人が述べていた、『負けるな』『ウソをつくな』『弱い者いじめをするな』という三つの教えを読んだ時、私の無意識な価値観と同じだと思った。これは薩摩藩の 今日の徳川幕府「大本営」の価値観は、これと全く逆だ。『負けるが勝ち』『偽善は最大の国益』『弱い者いじめは最善策』。 前書きが長くなったが、次項から島津氏と日本の陰謀の本論に入る。
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| 2010/2/9 #265 |
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選挙では、朝青龍は当選確実だ。だが、大統領となると、少し訳が違う。大統領は国家元首であり、陰謀が疑われるとただでは済まない。それで、絶対に日本とのかかわりを疑われないように、日本国内で悪役を演じさせた。これで、モンゴルに帰っても、「日本は好きではない。いつかは日本を追い越さねばならない。」など、国民の ■ ナポレオンやフジモリもこうして作られた。 現代のような情報社会ですら、簡単に政治家を英雄として送り込める。ましてや、18世紀のヨーロッパでは簡単なことだった。朝青龍の話でナポレオンの説明が出来るとは思ってもみなかったが、実際のところ、かなり理解してもらえると思う。ペルーのフジモリも、日本語を拒否するなど、日本の面影はチラリとも見せなかったが、最後は日本に逃げ込んで、日本国籍があったなどとうそぶいた。 ■ 準備はすでに戦時中から出来ていた。 モンゴルの国会議事堂など、政府関係の庁舎は、日本人の建設によるものだ。多くの人は知らないが、日本兵のシベリア抑留で、多くの建物が建設された。だが、抑留した外国兵などに政府庁舎などの国家の中心的建物を建設させるはずはない。これには、日本とソ連、そして関連国の手の込んだ陰謀があった。後日述べる。 モンゴルの政治状況は、特に汚職という点で日本にそっくりだ。エルベグドルジ大統領も、「正義の実現のため、外国の投資家も(わいろを渡さないなど)協力してほしい」などと、心にもないことを平気で言う。 ■ 朝青龍、お前もか。 この朝青龍の話で、シェイクスピアの悲劇『ジュリアス・シーザー』中でよく知られるセリフ、「ブルータス、お前もか。」を思い出した。まさにこの気分だった。ちなみに、朝青龍の誕生日は、日独伊三国同盟締結40周年目の日だった。日銀の白川総裁とも同じ日とはめでたいことだ。 さらに検証を進めると次から次に日本の陰謀が出てくる。結局、この人は生まれた時から横綱になることが決まっていたのだ。こんなことさえ知らずに生きてきたことがばかばかしくなった。
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| 2008/2/1 ## |
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