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秋葉原無差別殺傷 暴発した背景には何が
中国新聞 '08/6/10


なぜ、こんな事件が続くのだろう。なんらかかわりのない七人が凶行の犠牲になり、十人がけがをした。東京・秋葉原、日曜日の歩行者天国で白昼起きた無差別殺傷事件である。

 調べによると、加藤智大(ともひろ)容疑者(25)は二トントラックで歩行者をなぎ倒し、車を乗り捨ててナイフで次々と人を刺したとされる。被害者には買い物客もいれば、映画を見るつもりで来ていた人もいる。たまたま居合わせただけで命を奪われた人たちの無念さを思うと、やりきれない。

 容疑者は休日に秋葉原を何度か訪れ、にぎわいはよく知っていたようだ。その上での犯行である。「二、三日前に計画した。殺す相手は誰でもよかった」と供述しているという。

 しかも、携帯電話サイトの掲示板で犯行を予告。「秋葉原で殺します」に始まり、「休憩」「渋滞」「ついた」と時間を追って書き込んでいた。事務的に経過報告するかのようだった。

 三月には、茨城県土浦市で男女八人が男に包丁で刺され、うち一人が亡くなる事件があった。まだ、記憶は生々しい。一月には東京・品川の商店街で、包丁を持った男子高校生に男女五人が襲われた。昨年までの五年間では、通り魔事件は全国で三十件発生している。

 相次ぐ無差別殺傷事件。土浦では警察が指名手配して警戒していたが、自暴自棄になった容疑者の犯行を防げなかった。今回、警察は別のインターネットの掲示板で漠然とした犯行予告はつかんでいたようだ。しかし、特定できないまま、事件は起きた。前日にレンタカーを借りるなどして周到に準備し、にぎわう歩行者天国でやみくもにナイフを向けられれば防ぎようがない。

 動機は調べを待たなければならないが、「世の中が嫌になった。生活に疲れた」という。容疑者は派遣社員だった。正社員と給与に差はあっただろうが、普段は自動車部品工場にきちんと勤務していた。しかし、携帯サイトでは、投げやりな調子で「友達はできないよね」と漏らしている。無口で孤独な若者の姿が浮かぶ。

 今の社会は若者がつまずいたときに、もう駄目だと思わせてしまう仕組みになっていないか。事件の背景に、自分だけが取り残されている疎外感があるような気がする。それにしても、なぜここまで暴発したのだろうか。

 折しも七年前のこの日、大阪府池田市の大阪教育大付属池田小で侵入男に八人の児童が殺害される事件があった。犯人は社会に理不尽な恨みを抱いていた。今回の事件でも、まず動機をしっかり解明したい。社会的背景も浮かび上がってくるはずだ。

 さらに、多方面の対策も必要だ。ネット社会では、用途の限られたナイフでも比較的容易に手に入る。凶器になる恐れの強いものは規制を強化したい。若者のうっぷんや不満をどうすくい上げていくのか。そこに目を向けた社会システムづくりも欠かせない。


秋葉原事件 6月に公判前整理手続き
スポニチ 2009年04月27日


7人が死亡、10人が負傷した東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、殺人や殺人未遂などの罪で起訴された元派遣社員加藤智大被告(26)について、東京地裁(村山浩昭裁判長)は27日、第1回公判前整理手続きを6月22日に開くことを決めた。

 起訴状などによると、加藤被告は昨年6月8日午後、秋葉原の交差点に2トントラックで突っ込み、横断中の男性3人をはねて殺害。その後、ダガーナイフで男女4人を刺殺したなどとされる。

 東京地検は同7月7日から10月6日までの3カ月間、加藤被告を鑑定留置。専門家による本格的な精神鑑定の結果、責任能力は十分と判断している。


公務員ボーナス減へ初の臨時勧告 人事院、自治体に波及も
47NEWS 2009/05/01


人事院は1日、国家公務員の今夏のボーナス(期末・勤勉手当)について、一般職員で支給予定の月給2・15カ月分から0・2カ月分減らすよう内閣と国会に臨時勧告した。景気悪化で民間の夏季ボーナスが前年を大幅に下回る見通しになったため。ボーナス減額の臨時勧告は、1948年に人事院勧告制度がスタートしてから初めて。

 これを受け、地方自治体の人事委員会でも、地方公務員の今夏のボーナス減額を臨時勧告する動きが広がりそうだ。

 国家公務員の減額幅は配偶者と子ども2人がいる45歳の課長級で約15万8000円、40歳の係長級で約6万6000円。人事院は今回の減額を「暫定的な凍結」としており、5-6月に行う定例の民間給与実態調査の結果を踏まえ、今冬も含めた年間のボーナス支給額について、あらためて勧告する。


クレー射撃協会新役員「麻生降ろし」加速
日刊スポーツ 2009年4月11日


内紛で揺れる日本クレー射撃協会の新執行部が、「麻生降ろし」を加速させた。10日、東京・渋谷区の岸記念体育会館で理事会を開催。3月末の理事会と総会による役員改選が正当だったとし、麻生太郎前会長(68)の名が入った賞状の使用禁止を通達する文書送付を決めた。平井一三新会長(65)ら新役員は、名刺の発注を始めるなど、旧体制からの脱却をはかった。

 麻生一掃へ、前年度の体制に反対する理事たちが動きだした。4時間20分の会議で、麻生氏は退任が決まったとの判断のもと、新提案が出された。新体制が発足したとして、「麻生会長」の名前が入ったこれまでの賞状の使用禁止を各都道府県協会に通達することを決定。旧賞状は、協会が無償で新たなものに交換するという。

 また、平井新会長ら新執行部の名刺の発注手続きも始まった。協会のウェブサイトも、近日中に会長名が差し代わり、新会長のあいさつ文が掲載される。前執行部が主導で開催する予定だったアジア選手権(8月、熊本)も、中止が可能かどうか検討をする。首相の麻生氏が会長から降りて、不都合はないのか? 福城一信新専務理事(73)は「何もないですよ」と言った。

 この日の理事会は20人中、前体制派とされる4人が欠席。理由なき欠席は即資格停止処分、との強硬意見も出たが、しばらくは様子をみることになった。一方で、前執行部は16日に会議を予定する。4月1日以降、協会に詰めている福城専務は「(前執行部は)10日もたっているのに、事務局に来ない。職場放棄だと思う」と話している。

 もともと、麻生氏と懇意にする前役員の金銭問題への不信がきっかけの内紛劇。前執行部は、役員改選は無効で継続審議中との文書を、各都道府県協会に通達した。新執行部は弁護士名で、改選が法的に問題なかったとの見解を出した。理事会に出席した中田忠監事は「(この状況に)危機感を抱いている。両者が引かなければ、法廷にいく。仲良くやってもらいたい。同じ鉄砲打ちなので、いがみあうこともない」と和解を期待した。


朝堂院大覚こと、松浦良右は「大物」か?
kikulog 2007/6/17


「私のことを『黒幕』『フィクサー』『大物右翼』などと呼ぶ人間が多いのは、政治家でもヤクザでも右翼でも来る者は拒まずという姿勢だからでしょう。しかし、私は若い時から現在まで、一貫して運動家なんです」

和服に身を包み、鋭い視線でこう語るのは、世界空手道団体連合の朝堂院大覚総裁こと、松浦良右法曹政治連盟名誉会長である。 この人物こそ、ポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソン(三九)を来日させて「名誉五段」を授与、テーマパークやおもちゃ屋を全国展開する「マイケル・ジャクソン・ジャパン」(MJJ、資本金五億円)設立の「仕掛け人」なのだ。

松浦氏は、八二年に企業恐喝容疑で逮捕された後(執行猶予判決)、安全保障問題やパチンコ利権の撲滅などに取り組んできた。その一方、佐川急便事件や証券会社の利益供与事件などでも関与が噂された「大物」である。 どう考えても、マイケル・ジャクソンとはミスマッチな組み合わせだが・・。

「マイケルとは、渡辺美智雄の黒人差別発言をキッカケに作った『世界黒人会議』に、スティーピー・ワンダーなどに連なる人物がいたことから関係ができたのです。空手を世界的なスポーツに育てたいという我々の意志と、マイケルの子供の夢をかなえたいという気持ちが一致して、今回の企画が実現したわけです」(松浦氏)

MJJや出資企業には、松浦氏の息子や三塚博元大蔵大臣の長男、警視庁OBなどが役員となり、法曹政治連盟会員のヤメ検を含む大物弁護士が顧問に就任するなど、「松浦人脈」が名を連ねる。 しかし松浦氏は、「私自身は事業には一切関与しない」 と、強調。さらに、なぜマイケルの会見に同席した男の子が、松浦氏の事務所で遊んでいるのかと聞くと、 「あれは謎の少年じゃ」 と言うだけ。

ベールに包まれた日米の「大物」同士の共同事業は、はたして成功するのか。

(初出:『週刊朝日』1998年8月某日号)


列車衝突、3人死亡 中国・湖南省、60人以上けが
NIKKEI NET 2009/6/29


中国国営の新華社によると、29日午前2時半(日本時間同3時半)ごろ、湖南省チン州市のチン州駅で旅客列車が側面衝突し、3人が死亡、60人余りが負傷した。在中国日本大使館によると、死傷者に邦人が含まれているとの情報はない。地元当局が詳しい事故原因を調べるとともに救出作業を進めている。

 中国人権民主化運動情報センター(本部、香港)は、江沢民前国家主席夫妻が一方の列車に連結した専用車両に乗っていた可能性を指摘した。事故の発生後、現場には武装警察部隊が出動し、厳戒態勢を敷いているという。

 衝突したのは長沙(同省)発深セン(広東省)行きの列車と銅仁(貴州省)発深セン西(広東省)行きの列車。長沙発の列車は機関車を含めた計6両、銅仁発は同3両が脱線した。衝突現場は駅構内とみられる。


日本人が好きな英雄100人:100 Heros Chosen by Japanese!!
Yakihama Diary Apr. 13th, 2007


This outcome is according to a Japanese TV program. It was interesting for me to know, so I thought I should share this to everyone. ^^
The production did the Internet survey of (I think)over 10,000 people. A questionnaire was "Who is your favorite hero?"
1位 Oda Nobunaga 織田信長 (1534 - 1582)
2位 Sakamoto Ryoma 坂本龍馬 (1836 - 1867)
3位 Thomas Edison トーマス・エジソン (1847 - 1931)
4位 Toyotomi Hideyoshi 豊臣秀吉 (1536 - 1598)
5位 Matsushita Kounosuke 松下幸之助 (1894 - 1989)
6位 Tokugawa Ieyasu 徳川家康 (1543 - 1616)
7位 Noguchi Hideyo 野口英世 (1876 - 1928)
8位 Mother Teresa of Calcutta マザー・テレサ (1910 - 1997)
9位 Helen Keller ヘレン・ケラー (1880 - 1968)
10位 Hijikata Toshizo 土方歳三 (1835 - 1869)
No wonder that Nobunaga got the first prize. But why Edison?? I dont know...and I was so surprised about Hijikata's tenth position!! He is such a famous and popular swordsman!! It is really unexpected result.^^ Followings are 11 to 20~.^^

11位 Saigou Takamori 西郷隆盛
12位 Diana, Princess of Wales ダイアナ(元)妃
13位 Albert Einstein アルベルト・アインシュタイン
14位 Misora Hibari 美空ひばり
15位 Fukuzawa Yukichi 福沢諭吉
16位 Anne Frank アンネ・フランク
17位 Florence Nightingale ナイチン・ゲール
18位 Yoshida Sigeru 吉田茂
19位 Walt Disney ウォルト・ディズニー
20位 Ludwig van Beethoven ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
How can Dianna be a hero?? and Walt Disney too...arent they just mixed up their conceptions about "heroes"?? Anyway, Beethoven got the 20th position!! That's funny. ^^ And the rest is following:

021. Minamotono Yoshitsune 源義経 as known as Ushiwakamaru.
022. Ayrton Senna da Silva アイルトン・セナ
023. Leonardo da Vinci レオナルド・ダ・ビンチ
024. Teduka Osamu 手塚治虫
025. Napoleon Bonaparte ナポレオン・ボナパルト
026. Sho-toku Taishi 聖徳太子
027. John Lennon ジョン・レノン
028. Shokatsuryo Koumei 諸葛亮孔明
029. Miyamoto Musashi 宮本武蔵
030. Ozaki Yutaka 尾崎豊

031. Audrey Hepburn オードリー・ヘップバーン
032. Mohandas Karamchand Gandhi マハトマ・ガンジー
033. Natsume Soseki 夏目漱石
034. Takasugi Shinsaku 高杉晋作
035. Murasaki Shikibu 紫式部
036. Wolfgang Amadeus Mozart ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
037. Yamamoto Isoroku 山本五十六
038. Miyazawa Kenji 宮沢賢治
039. John F Kennedy ジョン・F・ケネディ

040. Ninomiya Sontoku (Kinjirou) 二宮尊徳 (金次郎)
041. Kondou Isami 近藤勇
042. Ookubo Toshimichi 大久保利通
043. Takeda Shingen 武田信玄
044. Himiko 卑弥呼
045. Inou Tadataka 伊能忠敬
046. Ishihara Yu-jirou 石原裕次郎
047. Sen no Rikyu 千利休
048. Charles Chaplin チャールズ・チャップリン
049. Sugihaa “Sempo” Chiune 杉原千畝
050. Date Masamune 伊達政宗

051. Tanaka Kakuei 田中角栄
052. Lei Siulung(李 小龍) ブルース・リー
053. Okita Souji 沖田総司
054. Matsuda Yusaku 松田優作
055. Marie Antoinette d’Autriche マリー・アントワネット
056. Ooishi Kuranosuke 大石内蔵助
057. Ikariya Cho-suke いかりや長介
058. Wright Brothers ライト兄弟
059. Katsu Kaishu 勝海舟
060. Martin Luther King, Jr. キング牧師

061. Yoshida Shouin 吉田松陰
062. Jesus of Nazareth イエス・キリスト
063. Kurosawa Akira 黒澤明
064. Uesugi Kenshin 上杉謙信
065. Maria Sklodowska-Curie キューリー夫人
066. Satou Eisaku 佐藤栄作
067. Sanada Yukimura 真田幸村
068. Cao Cao(孟徳) 曹操
069. Katou Daijirou 加藤大治郎
070. Cleopatra VII クレオパトラ

071. Tokugawa Mitsukuni 徳川光圀
072. Elvis Arson Presley エルヴィス・プレスリー
073. Oogi Akira 仰木彬
074. Tougou Heihachirou 東郷平八郎
075. Christopher Columbus クリストファー・コロンブス
076. Itou Hirobumi 伊藤博文
077. Pablo Picasso パプロ・ピカソ
078. Marco Polo マルコ・ポーロ
079. Albert Schweitzer アルベルト・シュバイツァー
080. Yosano Akiko 与謝野晶子

081. Andy Hug アンディ・フグ
082. Tsuburaya Eiji 円谷英二
083. Jeanne d’Arc ジャンヌ・ダルク
084. Honda Minako 本田美奈子.
085. Uemura Naoki 植村直己
086. Sugita Genpaku 杉田玄白
087. Koushi(Confusius) 孔子
088. Jean-Hnri Casimir Fabre ジャン・アンリ・ファーブル
089. Natsume Masako 夏目雅子
090. Ferdinand Magellan フェルディナンド・マゼラン

091. Honda Souichirou 本田宗一郎
092. Anne Sullivan アン・サリヴァン(サリバン先生)
093. Giant Baba ジャイアント馬場
094. Abraham Lincoln エイブラハム・リンカーン
095. Dazai Osamu 太宰治
096. Frederic Chopin フレデリック・ショパン
097. Ikkyu Soujun 一休宗純
098. Akechi Mitsuhide 明智光秀
099. Isaac Newton アイザック・ニュートン
100. Matsuo Bashou 松尾芭蕉
個人的に面白かったのは、新撰組の三人衆が見事ランクインしていたこと。土方さんさすがです!!沖田さん、近藤さんもおめでとう♪


週間日記
学生戦線沿う指令本部 2007.03.31


また話変わるけど今週4chでやってた「日本人が好きな英雄100人」で

一位が坂本龍馬だったけど、俺のここの中での1位は源義経かなぁ~

英雄だと義経。偉人だと龍馬って感じ??

つーか、またナポレオンが上位やん!!

モスクワ攻略は失敗し、ワーテルローの戦いでも失敗したのになんで上位??

まぁ、こんな一週間。

今回の英雄100人で結構知らない人物が上位にいたりして驚きだったなぁ~

今思ったけどライト兄弟よりも二宮忠八の方が先に翼の原理を発見したのだから、

そっちの方が英雄じゃない??あぼーん


「クィーン」よ。あなたもか?
tetsujin's blog 2007.7.10


1997年8月31日にパリで交通事故死したダイアナ元皇太子妃の死因について、ロンドン警視庁は2006年12月14日、「単なる事故死」との報告書を発表したが、2007年1月、彼女自身の死因究明の審問が3年振りに再開されることが決定した。

ダイアナ妃の死には、当初より多くの謎がつきまとっていた。

8月31日0時25分。パリ市内のアルマ・トンネルのコンクリート製の柱に衝突したメルセデス・ベンツの中には、ダイアナ妃、恋人のドディ・アルファイド、ドライバーのアンリ・ポールとボディ・ガードのトレバー・リース・ジョーンズが乗っていた。ドライバーとドディはは即死だったが、助手席にいたボディガードは、なぜか事故直前にシートベルトを締めていたため、顔と手首に重傷を負ったが一命をとりとめている。ボディガードは常にシートベルトは締めないのが鉄則であるにもかかわらずである。ダイアナ妃はシートベルトをしていなかったものの、事故直後は内出血を伴う重傷ではあったが生きていたという。後日、ボディガードは、事故直後にダイアナ妃がドディの名前を呼んでいたことを証言している。また、ダイアナ妃が「My God」と呻いたのも聞いている。

事故発生の1分後に、たまたまアルマトンネルを通りかかっていた救急医のフレデリック・マイレ医師は、メルセデスの後部座席にダイアナ妃が横たわっているのを発見した。彼女は当局が伝えた”後部座席にはさまれた状態”ではなかった。メルセデスの後部座席は、事故によってもそれほど損害を受けておらず、ダイアナ妃に接近することは容易だったのである。その医師は経験を積んだ救急医療のプロで、フランス政府救急医療サービス(SAMU)に勤務したこともあるベテランだ。ダイアナ妃はひどい傷を受けており、内出血を起こしていたが、事件後の 9月29日の「スコッツマン」紙の記事によれば、マイレ医師はダイアナ妃の状態が絶望的とは考えなかったとある。

マイレ医師はダイアナ妃の頭を動かして、呼吸できるようにした。そして、事故の詳細を報告するために、携帯電話で救急車を呼び出したが、「救急車はもう出発した」との返事があった。その後、人工呼吸を行い、ダイアナ妃が窒息死したり、舌を呑み込んだりしないように処置を行う。事故発生から7分後にSAMUの1ユニットが到着した時、マイレ医師は、ダイアナ妃がすぐに近くの病院に運ばれると確信してその場を去ったのである。このとき、マイレ医師は、ダイアナ妃の内出血を予想していた。

事故発生から15分後の0時40分。救急車が到着。救急車で最初に到着した医師たちも同じく内出血の診断を下していた。一人の医師は「彼女は汗をかいていて血圧は下がっていた。内出血の兆候がはっきり表われていた」と語っている。

救急車到着時、ダイアナ妃はメルセデスの後部座席に寝そべる形で横たわり、彼女の身体の大部分は車外に出ていた。彼女はすぐさま車外に運び出された。

交通事故による犠牲者が内出血を起こしている場合、取るべき方法は一つしかない。安静にし、手術のためにすぐに病院に運ぶことである。手術で内出血を止めないと患者は出血により死亡してしまう。

しかし、それから1時間経過しても、ダイアナ妃はまだ事故現場に置かれたままだった。後日、「最初の救急車が到着して、ダイアナ妃を約6キロ離れた病院に運んでいくのに、なぜ1時間43分もの信じられない長い時間がかかったのか」という質問に対して、フランス当局は、上に書いたように「車がつぶれてダイアナ妃に近づけなかった」という説明を行っていた。

この説明がウソであることはマイレ医師の証言でわかるが、そればかりか、パパラッチの一人のロムアルド・ラットが救急隊員が到着する直前に、メルセデス後部座席に侵入して意識を失いかけているダイアナ妃の写真を撮っていたのが目撃されている。事故車内のダイアナ妃には、容易に近づけたのだ。なぜ、フランス当局はウソをつく必要があったのだろうか?

1時間たって、1時30分にダイアナ妃はようやく救急車に運び込まれ、6.15km離れたセーヌ河畔のラ・ピティエ・サルペトリエール病院に運ばれた。深夜なら川沿いの高速を使えば通常は5分~10分で着くところを、運転手はフランスの応急処置法に従って、患者に搬送による負担を与えないように時速40キロの低速度で運転した。その結果、病院に着くまでに43分もの時間が費やされている。ダイアナ妃をこの病院に運ぶ指示を下したのは、現場にいたパリ警察署長マゾーニと、内務大臣シュベヌマンだ。マゾーニはトンネル内におり、シュベヌマンはすでにラ・ピティエ・サルペトリエール病院にいた。シュベヌマンは電話でトンエル内の救急隊員と連絡を取っていた。しかし、事故現場からもっと近い病院が他にも5つあり、そのどれもが緊急患者に対応できる先進設備を整えているのである。

フランスの緊急医療専門の医師は、この事故の救急対応を振り返って、<ダイアナ妃はバル・ド・グラス病院に運ばれるべきだった。この病院は、ピティエ病院よりも事故現場から遥かに近い軍人病院だ。自動車事故に巻き込まれたり、それで怪我を負ったりした政治家たちは皆、この病院へと運ばれる。事故現場にいた救急隊員たちは軍所属だ。彼らは明らかにバル・ド・グラス病院のことを知っていたはずだ。

この病院は夜間も交替制で、ひどい事故が起きた時のトップ・チームを配置している。私なら、ヘリコプターを飛ばして彼女をそこへ運んだだろう。この病院でなら、運ばれた後、数分で手術室に運ばれたはず。ダイアナ妃は、世界で最も権力・影響力を持った人物の一人だ。それほどの人ならば通常、最高の優先と最高の治療を受けることになる。しかし、ダイアナ妃はそのようには扱われなかった>と語っている。

ダイアナ妃は、バル・ド・グラス病院に運ばれなかっただけでなく、コシャン病院、デュ病院、ラリボワシエール病院、そして民間のアメリカ病院にも運ばれなかった。これらの病院は全てラ・ピティエ・サルペトリエール病院よりも近く、血管破裂を治療するスタッフ・設備を備えていたにもかかわらずである。ダイアナ妃を救急車に運び込むまで、なぜ1時間以上もかかったのか。現場にいたフランス救急隊員から、納得のいく説明はまったくされていない。それに加えて、なぜ救急車はラ・ピティエ・サルペトリエール病院からほんの数百ヤードのフランス国立歴史博物館の前で10分間も止まっていたのだろうか?

スコッツマン紙によれば「ダイアナ妃に行われた治療について不可解なのは、危険な状態に至るまで病院に運ばれなかったことである。ダイアナ妃はトンネルの中から、ラ・ピティエ・サルペトリエール病院に搬送されるまでに何度も心拍停止を起こしている。搬送が遅れた原因について、納得できる説明は何もない。病院の手術チームは、ダイアナ妃が運ばれてくるまで長い時間待ち続けた。彼らは、事故直後からトンネルへ駆けつけた医師と電話連絡を取り続けており、午前1時からは緊急体制に入っていた。しかしダイアナ妃が運ばれてきたのは、それより少なくともさらに1時間後であった」とある。

なぜ非番の警備担当者アンリ・ポールが当日、運転手として呼び出されたのか。リッツ・ホテルの支配人たちはポールがアル中であることを知らなかったのか。ダイアナ妃はなぜ病院へ運ばれるのに2時間もかかったのか。事故現場に残されたさまざまな痕跡から推測される第二のクルマとの接触事故とは。そして、そのクルマに乗っていたのは何者で、どこへ消えたのだろうか。事故の現場で、ダイアナ妃の味方はドディだけだったのだろうか。救急車の中で医療関係者たちは、ダイアナ妃が死んでいくのをじっと見守っていたのだろうか。

冒頭に書いたように、ダイアナ妃の事故が陰謀によるものではと噂される中、ロンドン警視庁は2006年12月14日、「単なる事故死」との報告書を発表した。そして、この「ダイアナ」事件の舞台裏を、エリザベス女王を主人公にして王室の側から描いた映画「クィーン」が公開された。とにかく英国政府および王室側は、そこから世界中の視線をはずしたくて仕方がないようだ。映画では、我々が最も知りたいところ、つまり謀殺説や陰謀説について、さらにはダイアナ妃の恋人ドディ・アルファイドの素性についてすら、ほとんど触れられていない。この映画を見ても、あの事件の真実、および政治の本質などはまったく見えてこない。そのかわり、そこには王位にある者としての使命感・責任感と、英国民の世論、ひいては世界に広がったダイアナ追悼の思いと動きに挟まれて、エリザベス2世が苦悩する姿が描かれている。主演のヘレン・ミレンはデイムはアカデミー賞をはじめ2006年度の主演女優賞を総なめにしたが、10年後、20年後に、歴代の受賞を果たした数多くの映画の中で、はたしてこの映画は今ほどの輝きを保ち続けているのだろうか。この映画の各賞の受賞の背後には・・・・・・。

シェークスピアの言葉を借りれば

"Et tu, Queen?"

「クイーン」よ。あなたもか?と言わざるを得ない。


温暖化ガス、先進国は80%削減 50年までに、G8首脳宣言
NIKKEI NET 2009/7/8


主要国首脳会議(ラクイラ・サミット)は8日に開幕し、主要8カ国(G8)が世界経済や地球温暖化問題を討議した。同日午後(日本時間9日未明)に経済分野の首脳宣言を採択。世界経済について「安定化を示す兆候がある」との認識を示す一方、経済・金融に引き続き大きなリスクが存在すると指摘、危機対応の経済政策を収束させる「出口戦略」の必要性も確認した。焦点となっていた地球温暖化問題については、2050年までに先進国が温暖化ガス排出量を「80%またはそれ以上」削減する長期目標で合意、産業革命前の時代からの気温上昇を2度を超えるべきではないという認識をG8として初めて打ち出した。

 中国やインドなど新興5カ国も同日、首脳会議を開いて宣言を採択する予定で、9日にはG8と新興国の拡大会合が開かれる。

 昨年秋の「リーマン・ショック」を機に危機的状況に陥った世界経済については、各国の景気刺激策の効果などで最悪期を脱しつつあるとの認識を示した。


中田宏・横浜市長が辞職
読売新聞 2009年7月28日


横浜市の中田宏市長(44)が28日、市議会議長に辞職願を提出した。

 来年4月までの2期目の任期途中での辞職となる。中田市長は、今秋にも首長らによる政治グループを設立すると表明しており、関係者は国政復帰をにらんだ動きとみている。8月の衆院選への出馬は否定している。

 中田市長は、後任を決める市長選を衆院選と同日にしたい考え。同日午後1時に辞職願を出した中田市長は、川口正寿議長に「この時期がベストだと考えた。もともと2期で辞める予定だった。来年に選挙を迎えるより、(衆院選と同日にできる)この時期なら費用が1億円ですむ」と説明。川口議長は、「2期で辞めるにしても中途半端だ」と応じた。

 中田市長は引き続き、記者会見をして辞職理由などを説明する。市関係者の話では、中田市長は26日、後援会幹部に意向を伝えた際、行財政改革で一定の成果を見たことなどを挙げた。

 中田市長は17日に都内で開かれたフォーラムで、ほかに東京都杉並区の山田宏区長、松山市の中村時広市長らが発起人となる政治グループの設立を表明。また、6月には大阪府の橋下徹知事らと会談し、地方分権を推進する「首長連合」の呼びかけ人になった。

 山田区長は28日、「日本を立て直すための前向きな決断と認識している。今後手を携えて、世直し運動を展開していきたい」とするコメントを発表した。

 中田市長は、衆院議員3期目の途中で2002年3月の横浜市長選に出馬して初当選した。


中国、日本大使呼び抗議 ラビア主席の訪日で
47NEWS 2009/07/29


新華社電によると、中国の武大偉外務次官は29日、宮本雄二駐中国大使を呼び、世界の亡命ウイグル人組織を束ねる「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル主席の訪日を日本政府が認めたことに抗議し「強い不満」を表明した。

 武次官はまた、日本政府が直ちに「有効な措置」を取り、カーディル氏が日本で「反中国独立活動」をすることを制止するよう求めた。


カーディル氏が自民党訪問
2009年 07月 29日


 ウイグル人亡命組織「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル主席は29日午前、自民党本部を訪問、衛藤晟一参院議員ら同党議員と会談した。中国側はカーディル氏が新疆ウイグル自治区で起きた大規模暴動を扇動したなどとして強く非難しており、反発が予想されるが、自民党としてはノーベル平和賞候補に名前が挙がったこともある同氏との対話を尊重する姿勢を示した形


「世界ウイグル会議」とラビア・カーディル
「人民網日本語版」2009年7月8日


ラビア・カーディルは1951年、新疆維吾爾(ウイグル)自治区・アルタイ山脈ふもとの阿勒泰(アルタイ)市で生まれ、14歳で自治区南部へ嫁いだ。「文革」中に前夫と離婚。1981年、ラビアは現在の夫、札付きの分裂分子と再婚した。

1980年代以降、ラビアは商売を開始した。ラビアは脱税、申告漏れ、あらゆる悪事など不法手段を用い、富をむさぼった。ラビアは阿克達工貿公司およびラビア公司の法定代表を務めた間に、総額480万元以上を脱税した。ラビアはラビア・ビルの賃貸、販売過程において、大量の顧客を騙した。ラビアは90人以上の顧客に起訴されており、一部顧客は各種ルートを通じ、現在もなおラビアに対し債務返済を迫っている。

2000年、ラビアは刑法に触れ、国外へ不法に国家機密と情報を提供した罪で、実刑8年、政治権利剥奪2年の実刑判決を受けた。

服役期間中、ラビアは病気のための一時出所を申請、人道主義的配慮により、司法部門は申請に同意した。2005年、ラビアは出獄し、米国へ治療に向かった。ラビアは出国前に政府に対し、出国後には絶対に中国の国家安全に危害を与えるいかなる活動にも参与しないことを保証した。しかしラビアは米国到着後、ただちに声明を発表し豹変した。

2005年8月、新疆維吾爾(ウイグル)自治区共産党委員会の王楽泉・書記は国務院記者会見の席上、ラビアは出国後に変貌し、国外でテロリズム、分裂主義、過激主義の主導者、さらには暴力テロ犯罪の中核分子と共に、各種中国分裂活動を密謀するようになったと述べた。さらに、中国国内に在住する子女に対し国内資産の形を変えるように指示、各種手段で国外に持ち出したほか、子女の国外定住申請手続も行った。

2006年、ラビアは「世界ウイグル会議」第2回代表大会でリーダーに選出されている。

「世界ウイグル会議」は2004年、ドイツ・ミュンヘンで設立された。同年、国外「東突(新疆独立運動)」組織が同じくドイツで連合大会を開催、「東トルキスタン民族会議」と「世界ウイグル青年会議」が合併し、「世界ウイグル会議」が誕生、「東トルキスタン」人民の最高利益を代表すると声明、表面上は「人権、民主」を掲げているものの、実質的には「東突」テロ組織と無数の連絡関係を有し、長期にわたり国外で各種反中国分裂活動を組織してきた。

「世界ウイグル会議」リーダーに選出された後のラビアは依然として米国に在住、主にワシントンで活動した。しかしラビアはドイツならびに北欧諸国にも常に訪れている。ダライの西側での影響力を羨望し、「世界ウイグル会議」サイト上で、「東突」分裂分子はラビアを「ウイグル人の精神の母」と持ち上げている。

欧州で長年にわたり業務を行ってきたある中国人専門家によると、ラビアはここ数年、西側当局者との接触を少なからず試みている。ダライが米国に訪れた際、ラビアもダライに面会した。

中国社会科学院新疆発展研究センターの馬大正・主任によると、ラビアは出国後、「東突」分裂組織および西側反中国勢力と共に、「第2のダライ」となる過程を開始している。

今年に入り、「世界ウイグル会議」は米国で「第3回総会」の開催を準備し、米国国会一部議員と米国家民主基金会(NED)からの支持と資金援助を受けている。ラビアはこれまでに、「第3回総会」で新中国成立60周年記念活動を重点目標とした凄惨な破壊活動を計画するよう述べているほか、「新疆独立50年3ステップ」計画をでっちあげ、はばかりなく新疆に対しデマととばし、頻繁に国外メディアの取材に応じ、中国の人権状況を攻撃し、「新疆独立」などを扇動している。


日本の陰謀に関連するノーベル平和賞関係者

■受賞者

ダライ・ラマ
キング牧師暗殺事件
アウンサンスーチー
アル・ゴア

■候補者

マイケル・ジャクソン
ラビア・カーディル

■野心を持つ者

笹川良一
池田大作 平和活動


ウイグル会議のカーディル議長、予定繰り上げ離日
AFP BB NEWS 2009年7月30日


来日していた亡命ウイグル人組織を束ねる「世界ウイグル会議(World Uighur Congress)」のラビア・カーディル(Rebiya Kadeer)議長(62)が30日、滞在日程を繰り上げ、亡命先の米国への帰途に着いた。

 カーディル議長は予定していた講演の代わりにビデオメッセージを残し、午後6時30分から都内のシンクタンク、日本政策研究センター(Japan Policy Institute)で上映された。  

 同センターや支援者らによると、当初は本人による講演が予定されていたが31日に急きょ、米下院議員らとの会議に出席することになり、ワシントンD.C.(Washington D.C.)へ向かうこととなった。

 NHKで放送された成田国際空港(Narita International airport)での談話で、カーディル議長はウイグル語で「人びとがウイグル人に強い興味をもってくれることを願っている。中国の罪、虐殺について調査してほしい」と語った。

 カーディル議長は前日都内の記者会見で、新疆ウイグル自治区(Xinjiang Uighur Autonomous Region)のウルムチ(Urumqi)で発生した暴動で、1万人近い人びとが「ひと晩のうちに消えた」と語り、さらに中国政府を刺激した。

 カーディル議長は次週、再度アジア太平洋地域に戻ってオーストラリアを訪問し、8月8日には自らの人生を描いたドキュメンタリー映画『The 10 Conditions of Love』が公開される同国での映画祭に出席する。

 カーディル議長を「犯罪分子」と呼ぶ中国政府は、ウルムチの暴動を扇動したのは同議長だと非難しており、日本政府に対しても議長に対するビザ発給申請に応じないよう求めていた。また29日には日本の駐中国大使を呼び、強い不満を伝えていた。


実録!裁判傍聴券をゲットせよ!!
Kanaya's Web Site 8/10/2001


2001年7月某日、俺はとあるクリニック内の事件を巡る裁判(ばればれであるが...)の傍聴券をゲットすべく、朝の公園へと繰り出していた。今まで裁判など聞いたことも行ったこともない。せいぜい大学祭の模擬裁判を見た程度である。傍聴券の抽選も、いつどこで得た知識か知らないが、八卦みたいな長い棒を引いて、先っちょに印が付いていたら当たり、みたいなものだと思っていた。

とは言っても、実は今回の行動は裁判を聞くためではない。一言で言えば、バイトなのだ。マスコミが取材のために法廷で裁判を傍聴するための傍聴券を、当人の替わりに得るためのバイトなのだった。

ある日、とあるつてのある先輩からこのバイトを誘われ、喜んで引き受けることになった。朝早起きしさえすればよい結構おいしいバイトであったということもあるが、傍聴券を求めて並ぶなど普段あまりしない経験だ。もちろん初体験である。面白そうじゃな~い。

傍聴券抽選は早朝の裁判所近くの公園で行われた。辺りは開始時間を前にして結構な賑わいを見せていた。裁判を聞きたい人たちにしちゃ妙に学生が多いんじゃないか。しかしこの考えはすぐに間違っているということに気付く。そう、彼らはみんなバイトだ!我々の他にも、数多くの傍聴券を求める団体によって雇われたバイトたちでごった返していたのだ!学生相談所の単発バイト紹介では見たことないが、もしかしたら法学部の研究室とか法律専門学校とかでお馴染みのバイトになってるのかもしれない。いきなりにして知らなかった事実。ここには面白いネタがありそうだぜ。

抽選の方法はというと、当然一人ずつくじを引いていくというものではなかった。それじゃ列の末尾の方は限りなく不利だもんね。まず希望者を一列に並ばせ、全員に番号付きの整理券を配る。希望者全員に配り終えたのち、コンピュータによる番号抽選を行って当選番号の発表、という流れだった。そうだよな、目玉裁判なんて傍聴希望者もめちゃめちゃ多そうだもんな、こういうやり方じゃなければとてもじゃないがさばけないよね。

整理番号1番と2番の人はコンピュータ抽選の立会人になるらしい。列の先頭には、それを狙ってるとしか思えないおやじが意気揚々と陣取っていた。やるな。一旦整理券を配布されると周りが囲われたエリアに通され、抽選発表の時間まで一切外には出られない。なるほど、あらゆる不正を防ぐためか。また、整理券の配布、抽選結果の発表までには結構待ち時間がある。周りを見ると、何と周到にもビニールシートを持ち込み、座って朝飯を食い始めたり教科書を開き始めたりする連中さえいるではないか。やはりこのバイトには常連が存在するらしい。我々も負けじと新聞紙を敷き、思い思いに時間をつぶし始めた(笑)。

整理券を配布し始めてから待つこと約30分、ようやく配布が締め切られた。周りを見ると随分な人数に膨れ上がっていた。個人的に来たと思われる人たちも勿論いるが、そうは言ってもやはり集まった人のの大半は学生らしき集団。横を通り過ぎるねえちゃんは、「これって何の裁判だっけ?」なんて言ってる。裁判所の発表だと全希望者数は1300人、そして今回の傍聴券配布数は59枚とのことだった。倍率22倍。こりゃ個人で傍聴したいと思ってもなかなか当たるもんじゃないぜ。

当選発表のアナウンスが始まった。当選番号を一度メガホンで読み上げ、その後掲示もするらしい。ここまで来たら、もし当たったら上には黙っていて自分で聞きに行っちゃおうかな、などと一瞬考えるが、メガホンの声は握り締めた整理券の番号を大きく外れ、当然のように遠く先の番号へと消えていった。まあ、こんなもんさね。我々の団体の中では3人が当選番号を引き当て、無事マスコミのもとへと渡っていったらしい。雇い主のおじさんに挨拶をし、これにてバイトは終了となった。

目玉裁判の折には、イベント業者のような所が人を集め、その中で何枚かの傍聴券を得る。そして契約していたマスコミにこれを譲渡する。どうやらこういったシステムが確立しているらしい。我々の雇い主の元に動員された人員は100人。たぶんそれぞれのマスコミがそれぞれに入手方法を確保しているのだろうから、それによってめちゃめちゃ倍率が高くなってるんじゃないかという気さえしてくる。どうせマスコミに流れるんだったら、マスコミ各社への分配比率を予め別なところで抽選しておけば一般用の抽選会はもっとやりやすくなるような気もするが、それはそれでまた問題ありか。結局のところ、人員を動員し、お金をかけなければ傍聴券を獲得できず、そして裁判記事を作れないというのが今の現状なのだろう。もっと効率の良いシステムも何とかすれば構築できるかもしれないが、今回は傍聴券をめぐる状況の一端を垣間見ることができただけでも十分経験するに値することであった。


裁判員裁判を傍聴する①
江川紹子ジャーナル 2009年08月04日


裁判員による初めての裁判を傍聴すべく、東京地裁へ。

 地裁前にはテレビカメラが並び、腕章をした記者達が行ったり来たり。傍聴券を求める長蛇の列ができていて、すぐには裁判所の敷地にも入れない。ただ、この人びとの多くはメディア関係の”動員”と思われる。ただ、オウム裁判の頃と違うのは、アルバイトで集めた学生と思われる人の姿がほとんど見られなかったこと。どこのメディアも広告収入が激減し、経費削減の嵐が吹き荒れている中、社員や番組スタッフをかき集めて並ばせているようだった。

 整理券を受け取って、待機場所へ。柵で囲われた所に多数が追い込まれていく様は、ほとんど羊になった気分だ。締め切りになると、パソコンによる抽選が行われ、当選番号が張り出される。囲いが開けられ、羊…ではなく傍聴希望者たちは、少しずつ外に出され、当選番号が張り出されたボードの前を通って、外に流れ出ていくことになる。囲いは2カ所に設けられたのだから、当選番号を掲示するボードも2カ所に置けばいいものを、1カ所が空になるまで、第2の囲いは閉じられたまま。なので、すべての羊……ではなく傍聴希望者がボードを通過して解放されるまでに、なんと30分以上もかかった。  

 初めての裁判員裁判とあって、メディアが傍聴記の執筆やコメントを依頼した人たちで、傍聴席には作家の夏樹静子さん、佐木隆三さん、元検察官の堀田力さんといった著名人の姿も。
 今回使われるのは、オウム裁判の時には頻繁に通った東京地裁104号法廷だ。以前はPタイル貼りで椅子の下などほこりだらけで汚かった床は、明るいグレーのカーペット敷きとなり、傍聴席の椅子は紅色系の布張りに。お掃除も行き届いているようだし、明るくてとてもきれいになっていた。
 両側の壁には大型モニター(パナソニック製)が掲げられていた。裁判官・裁判員には二人に一台、検察官と弁護人にも一台ずつ合計10台の小型モニターが席に置かれ、証人席にはタッチパネルが設置されていた。法廷のハイテク化が目に付く。  まず最初にマスコミ用の写真撮影。ただし、裁判官・裁判員席にいるのは3人の職業裁判官のみ。それが終わると、モニターにスイッチが入る。裁判官席が以前より少し低くなっているように見えるのだが、気のせいだろうか。
 被告人が入廷。白の半袖シャツに黒ズボン。足下は一見革靴っぽく見えるが実はサンダル。この”なんちゃって革靴”は、被告人がいかにも普通の市民とは違う悪いヤツに見えないために、見た目にも気を配ることにした結果。かつては”便所サンダル”が当たり前だったが、こういう細かいところにも気を配ることになった。本当のところ、「細かいところにまで」気を配るようになったのか、「細かいところだけ」気を配っているのかは、今の時点ではよく分からない。本物の革靴にしないのは、逃走防止のため。

 続いて裁判員入廷。6人のうち、5人が女性だ。というか、傍聴席からは女性に見える人たち、と言うのが正確。というのは、裁判員の氏名だけでなく、性別や年齢も明かされないので、本当のところは分からないから。年齢は30代から40代にかけて、という感じだが、一人は20代かもしれない。男性は40代後半という風に見える。違っていたらごめんなさい。
 年齢にしても性別にしても、かなり偏りがあるように見える。これは、裁判員を選ぶ最後の課程で抽選を行うために、たまたまそうなったのか、それとも裁判員候補として裁判所にやってきた人たちに偏りがあるのか、それは分からない。候補の性別や年齢層も公表されていないからだ。
 始まったばかりの裁判員制度。スタートから完璧な制度というのはありえないのだから、問題があればできるだけ早く修正して、よりよい制度にしていかなければならない。そのためには、できるだけ情報は明らかにして、議論の材料を増やした方がいい。裁判員の個人名を明らかにしないのは分かるとしても、性別や年齢層まで秘密にするというのはおかしい。
 それだけではない。裁判員に罰則までつけて守秘義務を課しているというのも変だ。評議についての感想はよいと言うが、「裁判官が強引で、私は自分の意見がちゃんと言えなかった」とか「裁判官が意見を言ったら、裁判員はみんな意見を変えてそれに合わせてしまった」とか「裁判員の中に声の大きい人がいて、彼に威圧されて、黙ってしまった」とか、そういうことは一切言えないのだ。こういう事柄が明らかにされなければ、評議で問題があっても、永遠に改善されない。
 新しい制度をよりよくし、国民の理解を得たいのであれば、こういう秘密主義はやめてもらいたい。罰則を科すなら、裁判員の名前を暴露するとか、そういう個人を特定する情報に限るべきだ。   

 開廷し、被告人が本人であることを確かめる人定質問、検察官による起訴状朗読、被告人と弁護人による罪状認否と続く。
 事件は、近隣トラブルの延長による殺人事件。日頃から関係のよくなかった被告人(71歳の男)と被害者(66歳の女)が路上で口論となり、被告人がカッとして家にあったサバイバルナイフを持って来て脅し、最後には刺して殺してしまった、というもの。
 被告人も弁護人も起訴事実は認めており、争点はわずかで、登場人物も少ない。裁判員裁判第一号ということで、こういう構造のシンプルな事件が選ばれたのだろう。
 続いて冒頭陳述、そして証拠の説明へと手続きは進む。
 検察官も弁護人もハイテク機能を生かし、冒頭陳述や証拠の説明は、さながらプレゼンテーション合戦だ。
 特に検察側は、プレゼン用ソフトを駆使して、図面の強調したい所を丸で囲ったり、色をつけたりと、様々な工夫をして”見せて”くれる。弁護側もモニターを使って説明したが、文字が多いうえに、ソフトの機能を使いこなすとまではいかない様子で、やはりいささか見劣りがする。
 そのうえ、検察側は冒裁判員に向き合う形で冒頭陳述を読み上げようと、書見台まで用意する周到さ。しかも、読み上げはゆっくりと行い、専門用語は「肺動脈」や「出血性ショック」といった言葉に至るまでやさしく言い換える。最初と最後に一礼したり、丁寧な言葉遣いで好感度アップも意識するなど、裁判員対策のために、相当に準備と訓練を重ねてきたことがうかがえる。

 こういうプレゼン合戦になれば、組織を上げて対策をとっている検察側が圧倒的に有利だろう。今回の弁護人は健闘していたと思うが、ハイテクに慣れない人や、こういう素人向けに分かりやいプレゼンをするのは得意でない人が弁護人に就いた場合はどうなるのだろうと、いささか心配になる。
 それにしても、検察官の変わりようには驚きだ。以前の裁判では、どうせ裁判官と弁護人には書面を配っているのだからと、えらい早口で読み飛ばす検察官が少なくなく、傍聴していてもメモが取れないことがしばしば。検察官にとって、傍聴人はまったく眼中になく、必要でもないというのがあからさまだったが、なにしろ裁判員にはちゃんと理解をしてもらって、検察側の主張を認めた判決を出してもらわなければならない。私たち傍聴人は、そのおこぼれに預かっているのかもしれないが、いずれ裁判員になるかもしれないということで、前より大事にされている感じはする。

 それを感じるのが、2カ所に設置された大型モニター。傍聴人も、ほとんどの証拠を大型モニターで見ることができる。かつての裁判では、証人や被告人に図面を示しても、証言台に書面を広げるだけなので、傍聴席からは何をやっているのかさっぱり分からなかった。それを考えると、これは大きな進歩だ。昔は傍聴席で一般傍聴人がメモを取ることも禁じられていたのが、ローレンス・レペタ氏が起こした裁判の最高裁判決を契機に解禁となった時以来の、大きな変化と言えるのではないか(今は法廷でメモを取れるのが当たり前になっているが、かつては記者クラブ以外は全面禁止だった。国民が自由なメモの権利を勝ち取るまでには、先人の苦労があったことを忘れてはならない)。今回の裁判で、傍聴に見せてもらえないのは、被害者の遺体の写真だけだった。被害者の尊厳や遺族感情を思えば、この配慮は当然だろう。
 遺体の写真は、裁判員など関係者席の小型モニターだけに映し出される。ただ、一部の裁判員はこの間、ほとんどモニターからは目をそらしていて、写真をほとんど見ていない様子だった。
 今回の事件は、死因などに争いはなく、遺体の状況が詳細に分からなくても、あまり影響はない。傷口の様子などは、詳しいイラストが示されるので分かるだろう(このイラストは傍聴人にも公開された)。しかし、事件によっては、他殺か病死かなど死因に争いがある場合があり、その死体も腐乱するなど相当むごたらしい状態になっていることもある。外の傷だけでなく、解剖した内臓や、強姦殺人などの場合は性器の状況を写した写真もありうる。被害者が幼女だったりすれば、その様子はますます悲惨だ。そういう事件の時には、どうするのだろうか。
 そういうことを考えるにつけ、殺人のように残虐で非日常的な事件を、一般市民である裁判員に担当させることは、やはり疑問が残る。

 裁判の進め方も、大いに変わった。かつては、検察側が冒頭陳述を行った後、続けて検察側の証拠説明と証拠取り調べを行い、検察側証人の申請がなされ、採用された証人尋問へと続いた。しかし今回は、冒頭陳述も証拠の説明も、検察側の直後に、弁護側が続いて行った。そうすることで、検察側の描いたストーリーだけが初めに一方的に流されて、その印象が裁判員の脳にすり込まれるのを避けようということなのだろう。
 たとえば、被害者の人物像について。検察側は夫を早く亡くした後に女手1つで2人の子どもを育てあげ、近所に住む母の面倒も見る健気な女性像を強調した。一方の被告人に関しては、競馬に通い、大酒をくらい、二日酔いの朝には迎え酒をするなど、ネガティブな印象づけを行う情報が盛り込まれた。
 被害者への同情が芽生えてきたところに、今度は弁護側冒陳が行われる。そこでは、気が強て言葉があらく、常に一言多くてケンカの絶えない人間像が描かれる。聞いているうちに、つい「『どっちもどっち』かもしれない」と思いそうになる。
 ところが、続く検察官による証拠説明で、被害者の体に残った傷の多さや深さを――イラストとはいえ――視覚的に見せられると、「どんな事情があれ、こんな酷いことをした被告人はやっぱりひどい」という気持ちになる。こういう気持ちの揺れは、検察側立証が先に延々と続いたかつての裁判では、なかったことだ。
 裁判員も、右に左に気持ちが揺れているだろう。一方的に決めつけるのではなく、こういう気持ちの揺れこそが、大切なのだと思う。結論を急がず、悩みに悩んでから判断して欲しい。

 続いて、一人目の証人尋問。近所に住む若い女性だ。被告人が「ぶっ殺してやる」と叫んだのを聞いた、と証言した。
 被告・弁護側はこの言葉は否定し、「殺してやろう」という積極的な殺意があったことは否認している。ナイフで刺したのは事実なので、そういうことをすれば人が死んでしまうことがあるかもしれないという程度の、消極的な気持ちだったと主張している。しかし、証人の女性は、「ぶっ殺してやる」を2回聞いたと繰り返し証言した。
 ただ、この女性は自宅に弟と二人でいて、弟は窓から外を見て男(たぶん被告人)が走っていくのを見た、とも言っているらしい。情報量としては、この女性より弟の方がたくさんあるはずなのに、なぜ検察官は弟ではなく、女性の方を証人にしたのだろうか。「弟が…と言っていた」という伝聞情報が頻繁に出ているのがなんだかもどかしく、だったら弟を証人すればよかったのに、と思った。
 弁護人もこの点は全然問題にしていないので、おそらく裁判の前に行われた、公判前整理手続きで裁判官、検察官、弁護人が合意済みなのだろう。けれど、この公判前整理手続きは非公開だし、公判廷でも詳細は説明されないので、どうしてより目撃をしている弟ではなく女性の方が証人に立ったのかは、明らかにされない。
 今回は、大きな争いはないし、弁護人もきちんと準備を重ねている裁判なので特に問題にはならないだろうが、たとえば足利事件のようにいい加減な弁護人がついた時に、公判前整理手続きに問題があっても、誰も検証できない、ということになりかねない、という気がする。  

 それにしても、裁判員裁判というのは休憩が多く、しかも長い。開廷から50分ほど、冒頭陳述と証拠申請が終わって35分の休憩。30分と少しかけて証拠の説明をして、また35分の休憩をとった。なんだか休んでばっかりという印象だ。
 明日も午前中の1時間50分の間に、やはり30分くらいの休みがあり、昼休みをはさんで午後の審理も2回の休憩が予定されている。
 こんなに休まなければ、4日間ではなく、3日で済むのではないか、と思う。ただ、模擬裁判を傍聴していた人の話によると、局面が変わるたびに休憩をして、裁判員が頭の中を整理する必要もある、とのこと。仕事を休まなければならない期間をなるべく短くしたいところだし、かといって裁判を理解しないまま進められても困るし、この辺は兼ね合いが難しいところだ。   

 閉廷し、裁判員が間際、傍聴席の後ろに座っていた女の人が、「裁判員制度反対」を叫び始めた。「労働者、人民を分断する裁判員制度反対」とか「労働者、人民を裁く側に動員するな」とか叫び続けている。一瞬固まる裁判員たち。裁判長は急いで退廷を促し、この不規則発言の主にも退廷を命じた。
 その女の人は最後まで叫び続けていたが、その用語の選択や態度は、なんだか非常に偏りのある過激な政治的集団を思い起こさせ、じっくり話を聞いてみたいという気持ちにはならない。
 私も現行の裁判員制度には必ずしも賛成ではなく、とりわけ量刑判断までさせる点は、絶対に変えてもらいたいと考えているし、他にもいくつもの問題を感じている。ただ、国民が司法に参加するという点は悪いとは思わない。問題点は問題点として是正を求めつつ、国民が健全な形で司法参加することを期待して、今後も様々な発言をしていきたい。その時には、独断に陥らず、なるべく多くの人たちに耳を傾けてもらえるように努めようと、改めて肝に銘じた。

 法廷での様子を見るだけだが、裁判員に対して、裁判所はとても気を遣っている様子がうかがえた。休憩明けで法廷に入ってくるのは、裁判長が先頭。そして、陪席裁判官が開いたドアを支えて、裁判員たちを「どうぞ」というように通していた。
 メディアに注目され、絶対に失敗してはならない第一号だからなおのこと、裁判員たちは”大事なお客さま”なのだろう。だが、いつまでも”お客さま”では、本当に裁判員制度が根付き、その良さが生かされることにはならない。
 各地方裁判所での「第一号事件」が終わり、おそらく再びメディアが注目する「死刑判決第一号」が出て、裁判員裁判だからといってあまりマスコミの注目を集めず、裁判所もことさらに丁重な対応をしなくなった頃に、どうなっているのか。その時からが、本当の意味での裁判員裁判の始まりではないか、という気がしている。


裁判傍聴券バイト
ほよログ 2004年02月26日


結局、傍聴券の列は4658人だったってね。 マスコミは金払ってまで並ぶ人集めておいて、 それ数えて騒いでるんだもんな。

悲惨さを伝えるニュースにしても、 視聴率稼ぎなんじゃないかと思ってしまう。

昔は新聞記者になりたいとか言ってた自分が マスコミ不信になったのはいつからだったか。 正直うんざりです。


中川財務・金融相が辞任、「予算通過後に」から一転
AFP BBNEWS 2009年02月17日


イタリア・ローマ(Rome)で開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)閉幕後、もうろうとした状態で記者会見したことから「泥酔疑惑」が広がった中川昭一(Shoichi Nakagawa)財務相兼金融担当相は17日、麻生太郎(Taro Aso)首相に辞表を提出し、受理された。

 中川氏は14日、国際的な経済危機の対策について協議したG7閉幕後の会見の席で、ろれつが回らないなど酒に酔ったような行動を見せた。

 中川氏は17日昼に辞意を表明した段階では、 2009年度予算案と関連法案の衆院通過後に辞任する意向を示していたが、各方面から辞任を求める予想以上の圧力がかかり、数時間後には辞表の提出に追い込まれた。深まる景気後退の最中、麻生政権はアジア最大の経済の舵取りを交替させる必要に迫られた。

 辞任会見では「お酒については確かに過去にもいろいろとご迷惑を掛けた。現時点で私の体調からいえばとてもお酒を飲む気にはなれない」と述べる一幕もあった。

 夕刊フジが引用したインタビューによると中川氏は、問題の会見の前日に飲んだアルコール類は、ローマへ向かう機内でジントニックを3、4杯、到着後の夜のG7夕食会で赤と白のワインを1杯ずつ、その後ジントニックをさらに2、3杯だと答えている。


討論番組にカルザイ大統領初登場 批判受けテレビの生放送に
47NEWS 2009/08/17


20日のアフガニスタン大統領選で再選を目指すカルザイ大統領は16日、国営テレビが生放送した候補者同士による討論番組に初登場し、対立候補2人と2時間にわたって議論を戦わせた。

 同国では民放を含めて討論番組が盛んに放送されている。カルザイ氏は7月下旬の民放の討論番組に参加せず「敵前逃亡」と批判されていた。

 国営テレビには、2004年に計画相を務め、簡易テントを選挙事務所にするバシャルドスト氏と、ガニ元財務相が出演。カルザイ氏は、再選されれば治安問題解決のために、部族の代表などから構成するロヤ・ジルガ(国民大会議)を速やかに開くと表明した。

 選挙妨害を宣言、攻勢を強める反政府武装勢力タリバンについては、アルカイダなどのテロ組織とつながりがない穏健派と呼ばれるグループに参加を促す方針を示した。

 一方、対立候補の2人は、1期目のカルザイ政権は治安問題を解決できず、インフラ整備も進まなかったと批判した。

 最有力対立候補のアブドラ元外相は出演要請に応じなかったという。


総選挙の時期は総合的に判断して決める」
産経ニュース 【麻生首相インタビュー詳報】 2009.3.13


 麻生太郎首相は13日夕の内閣記者会のインタビューで、衆院の解散・総選挙の時期について「どのみち(任期は)あと半年しかない。半年の間にどこかということで、総合的に判断して私が決めたい」と述べた。インタビューの詳細は以下の通り。

【衆院解散・総選挙】

 --続いて衆議院の解散と総選挙についてお聞きする。首相が衆議院を解散するか判断する際に、最も重視する条件は何か

「そうですね、今の状況っていうのは、やっぱり、国民にとって、ということをいろいろ考えたときには、政党間によって政策の違いっていうのをきちんとさせるべきなんだと、私はそう思っています。とくに二大政党ということになるんであれば、自民党としては日本っていう国を見た場合に、北欧みたいに高福祉・高負担ではないと、その逆の低福祉・低負担かというと、そういうわけでもない。やっぱり中福祉・中負担ということなんだと思いますが、その中福祉・中負担の部分がいろいろほころんできていると思っていますし、痛みが出てきているんだと思っていますんで、その中福祉をきちんと持続可能にするためには、われわれとしては目先景気回復ですけれども、その景気がある程度きちんとしてきたら、われわれとしては、消費税をふくむ税制の抜本改革というのは第1に私どもとしては、言わないかんところだと思っております」

「それから、高速道路の話を例に引けば、ばらまきと違って、みんなタダにしますと言うと、聞こえはいいけど、それ、年間に2兆円強の収入がなくなるという前提に立てば、高速道路料金をタダにした分だけ、それをメンテナンスする分は、高速道路をぜんぜん使っていない方の税金で払うということになる、というのは私どもとしてはいかがなものかと」

「もう1つは安全保障の点で言えば、われわれは(米海軍)第7艦隊さえいれば日本の安全保障は大丈夫なんだというような考え方はまったく組みしません。そういう考え方では、われわれはないんであって、少なくともこの北東アジアにおける北朝鮮の話を含めて、われわれのまわりっていうのは、安定している状況にはないと思いますんで、そういう意味ではまず、アメリカの持つ抑止力というものは十分に活用されてしかるべき。したがって日米安保は基軸なんだと思ってますんで」

「こういった、まあ、3つだけ挙げましたけれども、きちんとした政策の違いというものを堂々と問わねばならん、それが選挙における争点なんだと思っておりますけれど、重視するといえば政策。やっぱり政党は政策だと思ってますんで、そこは重視する条件といえば政策ということになるんだと思いますが」

 --時期については、予算の成立したあとの春、もしくは任期満了などが考えられると思いますが、具体的な時期については

「ま、どのみちあと半年しかありませんから、その半年の間にどこかということで、ま、いろんな方が言っておられますんで、総合的に判断して私が決めたいと思っています」

 --公明党は7月の東京都議会選挙とのダブル選挙には否定的だが、その可能性も排除しないか

「そりゃもう、いろんなこと考えないといかんですね」

 --与党内ではなお、麻生では総選挙を戦えないという声もあるが、首相自身は衆院の解散と総選挙を行う考えか

「はい、私が解散を決めたいと思っています」

 --先ほど政策と言ったが、首相は景気対策に力を入れてきた。景気の状況を見て、ということは昨日の国会で若干、答弁を修正したと思うが、景気が上向く、上向かないというのは、判断の材料としては考慮さしないか

「そうですね、予算やら何やら、きちんとしたわれわれの言っている経済政策というものがきちんと実行に移されるような条件が整わないと、景気はただただじっとしていればよくなるというものとは考えておりません。今そういう状態ではないと考えておりますから。従って景気対策という、われわれの政策がきちんと実行された段階という意味です」

「景気とは人によっておれんとこはいいって言う人もいれば、いやいやそうじゃない、という方もいらっしゃいますんで、これはなかなか客観的なところは出てきません。指標として出てくることは出てきますが、それは一面的な面を切っているわけですから、そこはなかなか言いにくいところじゃないんじゃないかしら」

 --株価など、いろいろ経済指標はありますが、そういった具体的な指標に左右されるということは

 「ああ、そら関係ありませんねぇ。株とか、為替とか、よく、いろいろなものがいわれますが、気分としては株価が上がるというのは気分としては確かに、持っておられる方にとっては気分としては、景気が上向いてきたなあ、という感じはされますでしょうが、それが解散の時期に関係するかというとそういうもんじゃないと思います」


国会議事堂が化粧直し=「白亜の殿堂」復活へ
時事ドットコム 2009/08/22


衆院選の熱戦が続く中、国会議事堂(東京・永田町)の「化粧直し」が行われている。1936年の完成以来初めて、外壁の汚れを洗い落とし、古びた窓を新品に交換。中央塔など一部を除き、年末には完成当時と同様、「白亜の殿堂」の姿がよみがえる。

 議事堂の正面は現在、大部分が工事用シートで覆われている。外装に使われている御影石の積年の汚れは専用の洗剤と高圧の水流で洗浄し、汚れにくくするコーティングも施す。国会内の窓は建築当時のままで、「窓枠が腐食し、開け閉めが困難なものもある」(衆院事務局)ことから、枠ごと取り替える。

 新政権が誕生する9月の特別国会は、議事堂正面の大半がシートで隠されたまま始まることになる。ただ、新しい衆院議員が登院する中央玄関は工事を優先し、今月末にはシートが外される予定だ。予算額は約4億3000万円。

 一方、新議員を迎える衆院本会議場は、480人分の議席の布地張り替え作業を急いでいる。「金華山織」と呼ばれる織物が使われ、張り替えは約40年ぶり。2750万円の費用を掛けて、9月下旬にはすべての議席が新しい布地となる。


16年五輪招致 10月にIOC最終プレゼン 関係者やきもき 首相『行く気満々』
東京新聞 2009年8月22日


総選挙の行方は、二〇一六年夏季五輪の東京招致を目指す関係者も注視している。開催地を決める十月二日の国際オリンピック委員会(IOC)総会に、首相の出席を要請しているからだ。総会には近年、候補都市のある政府トップが続々出席、「国を挙げての熱意」を訴える。出席者登録は選挙直前の二十八日が締め切り。新首相指名の特別国会まで時間があり「とりあえず麻生太郎首相を仮登録しておくしかない」と関係者は打ち明ける。

 総会は、コペンハーゲンで開かれる。百人余のIOC委員が、東京、シカゴ、リオデジャネイロ、マドリードのいずれかに投票し、過半数を獲得した都市に決まる。

 計画の内容や地域均衡など、IOC委員の「物差し」はさまざまだが、投票直前の最終プレゼンテーションが決め手になるのが最近の傾向だ。

 一二年夏は、ロンドンが圧倒的に有利とされたパリをブレア首相(当時)の熱弁とデービッド・ベッカム選手の登壇で逆転、一四年冬のソチ(ロシア)も当時のプーチン大統領が、珍しく五輪公用語の英語とフランス語で演説して喝采(かっさい)を浴び、平昌(韓国)を土壇場でひっくり返したとされる。

 東京の好敵手、シカゴは地元出身のオバマ大統領や、マイケル・ジョーダン選手を連れて来るとのうわさもあり、プレゼンの順番がシカゴの次の東京も、大物が必要だ。

 会場に入れるのは六十人で、うち十人が登壇する。委員に顔の利く人材を中心に人選を詰めている。招致関係者によると、首相には出席を要請しており日程や政府専用機などを調整中。

 射撃で五輪出場経験のある麻生首相は「行く気満々」(関係者)というが、選挙で敗北すれば差し替えるしかない。

 選挙結果が政府支援に影響するかどうかについては、四月に東京を現地調査に訪れたIOC評価委員会のメンバーも、熱心に質問していったという。

 国会は衆参両院で三月、東京招致を求める決議を自民、公明、民主などの賛成で採択。共産、社民は反対した。

 IOC委員に東京招致を訴えるため、十三日に世界陸上の開催地ベルリンに向かった石原慎太郎知事は成田空港で「政府によって姿勢が変わるとは思えない」としつつ、総会の雰囲気で投票先が決まる可能性がある現状に「隔靴掻痒(そうよう)だね。政治じゃないから」と戸惑いもみせた。

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