Aviation Libray Ⅲ of Bridge over the Stars

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航空機紹介

メーカー別・型式別・運用別に航空機をご紹介するページです。

撮影場所・時期はマチマチですがどうぞご覧下さい。

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Nihon Aircraft Manufacturing Corporation

YS-11型 (輸送機設計一一型)

我が国唯一の国産旅客機YS-11(ワイエス・イチ・イチ)です。
戦後の国産航空機製造事業が解禁され特殊法人日本航空機製造株式会社(以下NAMCと略)が設立され開発がはじまりました。
その前段階には設計の為のチームが輸送機設計研究協会として設立され、チームの面々は三菱重工(旧三菱飛行機)の堀越二郎氏(零戦設計主務者)・新明和(旧川西飛行機)の菊原静男氏(紫電改設計主務者)・川崎重工(旧川崎飛行機)の土井武夫氏(飛燕設計主務者)等のドリーム・チームの様な人材でした。
しかし、異なる企業畑で育ってきた彼らを纏める人材が初期にはおらず開発が危ぶまれた時もありました。
またそれを救ったのはA級戦犯東條英機の次男、東條輝雄氏(元三菱重工副社長)だと聞き及んでおります。

NAMCが製造を始めて一時期は黒字化されましたが所詮特殊法人の為に経営をまともに出来る訳も無くお役人の天下り先と化しNAMCは政府決定により解散に至りました。
解散に至るまでの製造機数は182機で民需が145機です。
残り37機が官公庁(自衛隊を含む)や団体・試験に使用されました。

2008年現在では空中衝突防止装置(TCAS)の装備が義務づけられて民間機は全て国内は引退・譲渡となり、義務付けの無い自衛隊機が国内運用のメインとなっています。

撮影機体は空自のYS-11P(美保基地第403飛行隊所属)と海自のYS-11M(厚木基地第61航空隊所属)で、民間機は画像データを入手次第にアップ予定です。

航空自衛隊

YS-11P & YS-11FC

YS-11-100の航空自衛隊の人員輸送機です。
Pは旅客を意味する英語の Passenger(パッセンジャー)の頭文字であり全国の航空自衛隊基地を定期・不定期で結んでいます。
主翼内インテグラルタンクとバグタンクによって燃料搭載量を7,270Lとし、航続距離が延長されています。
キャビンとコックピットは全日空機とほぼ同様で客席は最前列だけを後ろ向きにしてボックスとし、座席ピッチは91cmで43席とゆったりととっています。
また、客室は軽貨物輸送パレットか患者輸送寝台に転換可能な仕様に。
4機採用し、変遷を経て現在は3機が稼動中です。

導入時から一切の改造を受けていないのは152号機のみで貴重な存在。
更に152号機と153号機は初期型YS-11でVIP仕様機で運用中です。
3機目の158号機はマイナーチェンジ版のYS-11-AでYS-11Cとして導入されました。
C-130H導入で余剰になりYS-11Pへ1989年に改造されています。

また、空自導入1号機の151号機はYS-11PのVIP機で導入されましたが1992年3月にフライト・チェッカー機に改造されました。
入間基地の飛行点検隊に所属し改造機2機・新造機1機の計3機で運用中です。
各地の施設点検を行う為に全国で見かけますが、管理人は撮影機会に恵まれず最近撮影する事が出来ました。

DSN_0846_800.jpgYS-11FCの151号機です。 入間基地飛行点検隊の所属機です。空自導入の1号機で導入時はYS-11PのVIP機でした。その後フライト・チェッカー機へ改造されました。
DSN_1058_800.jpgYS-11FCのポート・サイドです。管理人はこのYS-11FCの撮影機会に恵まれませんでした。築城基地25エンドでやっと機会に恵まれました。
DSN_0292_800.jpgYS-11Pの152号機です。 美保基地403飛行隊所属機です。 1965年3月30日VIP機にて導入された機体です。
DSN_0295_800.jpg同じく152号機のスターボード・サイド。
DSN_0234_800.jpgYS-11Pの153号機です。 やはり美保基地403飛行隊所属機です。 1966年3月4日導入され後にVIP化改造を受けています。
DSN_0238_800.jpg同じく153号機のスターボード・サイド。この機体は07年12月の沖縄取材で捉えていた機体だった。
DSN_1204_800.jpg美保基地所属の鬼太郎塗装が施されたYS-11Pの158号機です。 1970年8月15日YS-11Cとして導入。1989年にYS-11Pへ改造されました。
DSN_1255_800.jpg158号機のポート・サイドです。 YSには美保基地開庁記念塗装は余り似合っていないと思うのは管理人だけでありましょうか・・・。

海上自衛隊

YS-11M

YS-11-100の海上自衛隊輸送機仕様機です。
海上自衛隊唯一の輸送機で客貨両用のPF型(パッセンジャー・フレイター型)です。
全国の海自航空基地を定期・不定期で結んでおり、硫黄島や南鳥島へも飛び物資を輸送しています。
床を強化、室内運搬装置の設置、胴体後部に大型カーゴドアを増設しています。
現在2機稼動中。

DSC_0176_800.jpg離陸準備中のYS-11Mです。 厚木第61航空隊所属機。
DSC_0227_800.jpg同機の離陸シーケンスを撮影。YS-11はこのシーンが1番の様な気がします。

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ShinMaywa Industries, Ltd

海上自衛隊 救難飛行艇 US-1A&US-2

US-1A

US-1Aは新明和工業が開発し、海上自衛隊が使用する救難飛行艇です。
防衛庁が1972年(昭和47)と1973年(昭和48)に「水陸両用救難飛行艇」として計3機の試作機を発注し、開発が始まりました。。
PS-1の対潜装備の変わりに救難機器を設置し、陸上離着陸能力(ランディングギアなど)を持たせる改良を加え、試作機PS-1改が製作されました。
1975年(昭和50)3月5日に1号機が納入。
1976年(昭和51)6月に部隊使用が認められ、救難飛行艇「US-1」と名づけられました。その後、試作を含めて6機のUS-1(シリアルナンバー:9071~9076)が製作されました。
1981年(昭和56)製の7号機(9077)からはエンジンをT-64-IHI-10E(3,060馬力)からT-64-IHI-10J(3,500馬力)に換装しUS-1Aとなりました。

写真は全て海上自衛隊岩国基地第71航空隊所属機です。

DSN_0353_800.jpgUS-1Aのスターボード・サイドです。世界最高性能の飛行艇の横顔です。
DSN_0505_800.jpgUS-1Aのタッチ・ダウンです。フワリ・フワリと降りてくるのであまり白煙はあがりません。
DSC_0252_800.jpgトップページのトビラの一部に使っているUS-1Aの機首部写真です。センサー・マストとキャノピーの様に張り出したコクピットをカッコ良く撮りたくて撮ってみました。
DSN_0002_800.jpg体験飛行の為に並んで搭乗者を待つUS-1A。岩国でしか見る事の出来ない光景です。

US-2

US-1Aは優れた飛行艇でしたが、いくつかの問題も抱えていました。
特に海上自衛隊からは、離着水時の操縦性の改善・患者輸送環境の改善・洋上救難能力の維持向上などが要求されていました。
これらの課題に対してUS-1Aの近代化に向けた研究は新明和工業社内で1991年から行われており、防衛庁の指名によるUS-1A改開発は1996年10月から新明和を主契約会社として契約されました。

配備としては、09年度に量産型1号機(通産3号機)より納入が始まり海上自衛隊岩国基地に配備予定です。
新明和ではこの飛行艇を消防飛行艇として活用する事を各方面へ提案しており性能的には通常の消防へりの21機分の水を1度に取水・放水出来る性能を有しています。
ただ、航空機としてのコストはかなり高く何処まで商業的に結び付ける事が出来るかが今後の課題の様です。

DSC_0130_800.jpgUS-2の1号機です。管理人が初めて見たUS-2で、あの時の衝撃は忘れられません。
DSC_0002_800.jpg同じくUS-2の2号機です。ブルーと白のカラーもまた、カッコ良いですね。
DSC_0039_800.jpgローパス中のUS-2です。低い速度でふわりふわりと飛ぶ感じは通常の旅客機には有りません。翼面荷重がかなり低いのではないかと勝手に想像しています。
DSC_0386_800.jpg離水直後のUS-2です。大村湾のシー・ランウェイからの離水は感動物です。皆さんに直に視て頂きたいシーンの一つです。
DSC_0197h_800.jpg1号機の機首部スターボード・サイド寄りで撮影。やはり飛行艇だと実感させられます。
DSC_0023_800.jpgUS-2コクピットです。グラス・コクピット化されておりカラー液晶のディスプレイが並んでおりインター・フェイスの近代化はUS-1Aとは雲泥の差が出来てしまいました。
DSC_0010_800.jpgロールス・ロイス社製(IHIのライセンス生産)エンジンのAE2100JとダウティR414プロペラです。US-1Aの3枚ブレードから6枚ブレードに変更され高効率化と静粛性向上を図っています。
DSC_0075_800.jpg管理人お気に入りの1枚。青い空と雲とT字尾翼が美しい。

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