田原神社と田原の滝


 田原神社奉賛会(藤本要会長)では、大晦日から元旦の初詣に、神社境内で縁起物の『熊手』を売りました。

「今年は西暦二千年!縁起物で景気を盛り上げてほしい!」揃いの半纏を着た奉賛会(40名)による威勢のいい『売上げ手締め』が新年を迎える境内に響きました。

 田原神社奉賛会は、田原及び楽山地区の氏子有志が集まり、神社の祭礼を盛り上げ、魅力ある町づくりを目指し活動。初詣の参拝者への『熊手』販売は、本場浅草の雰囲気を再現しようと二十年前から続けています。参拝者には甘酒や燗酒も振る舞われました。

※奉賛会では、今年初めて自治会の協力を得て『どんど焼』を行い、子どもたちは、竹が弾ける音に驚いていました。また、だんごを焼いて食べました。


※田原神社は、国道139号線、佐伯橋のほとりにあります。

※若宮八幡宮田原下浅間宮が明治期に田原神社となりました。富士宝永山噴火の際に鎮火祈願を行ったのが始まりで、文禄年間(1590年代)、勝山城に在った八幡宮も勧請し祀っています。

 祭神は、木花開耶姫命、彦火火出見命、応神天皇。



※田原神社の境内を訪ねると、『藤堂良道詩碑』が迎えてくれます。

 詩碑は、文政八年(1825)十一月の建立で、「田原飛瀑」と題した五言律詩が刻まれています。

 良道は、伊賀公に仕えた画家・藤堂巴陵の男で、名は良道、字は子基、張龍山と号し、墨梅及び詩が得意でした。弘化元年(1844)3月7日、没。行年76歳。

名勝「田原の滝」



 松尾芭蕉は、天和二年(1682)の暮れ、深川の芭蕉庵を焼け出され、半年間、谷村に滞在した折、田原の滝を「勢いあり氷り消えては瀧津魚」と詠みました。
(佐伯橋畔に飯田蛇笏・揮毫の句碑あり)

 芭蕉の故郷も伊賀上野。良道は、尊敬する俳人の足跡を辿る旅で田原の滝を詠んだのでしょう。雄壮な描写と、豊かな水への感謝が込められた名詩です。
 


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