「ウィキペディア書き込みの危険」へ戻る         ホームページトップへ戻る

2008年2月17日

削除要求

1、「兵庫関」
以下のウィキペディア「兵庫関」の項目は角川『日本史辞典』から採りました。私が書き込んだものです。

上3段は、角川『第二版日本史辞典』昭和50年の「兵庫」「兵庫関」の項目そのままです。出典も記載していません。私がウィキ読者向けに短く編集しなおした「兵庫北関入船納帳」が著作権侵害になるのなら、この「兵庫関」はそのままですから、ウィキペディアに載せてはいけません。


2、「くずし字」、3、「候文」

私が自分のホームページ上で、上二つの文についての著作権を訴え、同文を掲載していますので、ウィキペディアに掲載し続けてはいけません。

歴史学で私「空中写真で見た世界」のような認識に基づいて歴史を捉えようとしているのは私だけです。だから、「くずし字」「候文」のような文章は、私以前にはあり得ません。

戦後の歴史学は長い間、唯物史観(マルクス主義の歴史観)に大きく影響されていて、経済実態と階級対立に着目し、それを政治変動に結びつける発想が強かったのです。直接的に行政や社会状況を成立させた、手書きの古文書が重視された背景には、このような事情がありました。そして、文書の内容には注目しても、文書の全体的な流通状況に言及することには気づかない、というのが普通だったのです。

ですから、上記の二文は、私の視点によるものです。著作権のみならず、未発表の自己見解を掲載しない、というウィキペディアの方針にも抵触しますので、これらの文章は削除してください。

出典の明記を義務づけましょう

ウィキペディア項目「平仮名」「ノート」に私が書き込んでおりますように、この項目の記述の内容には疑問があります。読者が項目の内容を鵜呑みにしないで、自分で検討できるように、すべての項目に参考文献の記載を義務付けましょう。このような基本的な項目で参考文献の明示がないのは、読む人が学校の先生であるにしても生徒であるにしても、非常な不便をもたらすと思います。

また、このような基本的な項目で参考文献の記載のない項目がありますと、参考文献は不要なのかと、新規書き込み者が勘違いします。

また、参考文献からの引用について、論文のように、文中でカギ括弧して脚注をつけるのが、辞書的と思えないので、参考文献として挙げるのみにした私の場合、

「引用文があるのは著作権侵害に当たる。参考文献として明示してあっても著作権侵害に当たる。だから項目全体を削除する。これがウィキペディアの方針である。」

そういうことなら、「兵庫関」のような、歴史学関係者には非常にわかりやすい例で、引用文があるのがわからないようなことでは、
削除方針があいまいで恣意的ではないかと、疑われます。

項目の形式として提案します。

引用文にはすべて「」と脚注による引用文献の明示を義務付け、形式上それが整っていない場合は即時削除にするべきです。

あるいは自分で書いた文章にしても、どの文章がどの参考文献を参照したのか、一目でわかる「形式」でないと、そもそも「即時削除」である、という方針を堅持するべきです。参考文献がある場合、自分が書いた文章を「」して、どの文献を参照したのか、一目でわかるようにするべきです。

すべての項目について、参考文献のないものは即時削除、自分の文章を「」して、その参考文献の示されていない文章がある場合、即時削除。

以上、参考文献の明示のないものをすべて削除しないと、管理者の方針の徹底はできないでしょう。なぜなら、参考文献のないものを見て、新規参入者がまた同じものを作るからです。

今のような、一つ一つの文についての参考文献がない項目がたくさんあるような状態では、削除が恣意的ではない、ということを証明することはできません。ある項目は残り、ある項目は削除されます。その違いが何であるかを、項目本文の、引用・参考文献明示という記載形式で、明確にするべきです。善意の書き込み者に納得のいく形式の堅持ができない限り、管理者の公平性には疑問がつきまとうでしょう。


引用と参考文献の紹介が、原典著作者の利益を侵害しているかどうか、を判断基準に入れる。

今の削除審議では、引用があるかどうかが論点です。「兵庫北関入船納帳」について、初回はともかく、私は時間を置かずに参考文献を書きました。今谷先生は、ウィキで自著を紹介されたことに、不快感をいだかれたでしょうか。むしろ、現状のように、なくなってしまったのは残念なのではないでしょうか。東寺百合文書の有光先生も同じだと思います。ウィキの記事をきっかけに原著に当たり、また著作者を知れば、それは、著作者や該当事項にとっては利益ではないでしょうか。

その意味では、引用そのものが著作者の利益侵害ではない場合、全削除ではなく、修正で良いと考えます。私は辞書向けに短文にしました。先生の御文章には、臨場感あふれる滋味があり、そのまま引用させていただいた部分がありましたが、それが参考文献として紹介されて、どうして今谷先生の権利侵害になるのでしょうか。先生の林屋先生に対する「気持ち」の紹介が消えて、人間の交流の消えた文章になるような気がします。

当初国立国会図書館には林屋編の本がありませんでした。私が神戸にあるのを確認してから、この貴重な文献に関する本がないのはおかしいと苦情を言い、現在はそれが反映して蔵書となっているようです。

以下は、ウィキペディアで、引用文が含まれるため著作権侵害に当たるとして削除された文
兵庫北関入船納帳****2007年12月18日(火)の最終版(私が17回修正し、最多の修正者です)*********