リニューアルオープン 2008年4月19日  Counter 更新 2011年11月01日 

@ 巴里/冬・春・夏・秋 武田光弘展開催に当たって  2004年5月11日〜5月22日
A 武田光弘 第2回目の個展 2006年1月16日〜1月22日(3ページ)
B 武田光弘 第3回個展 2007年3月12日〜3月18日
C 武田光弘 第4回個展 2008年3月17日〜3月23日 作品紹介
D 日仏文化交流150周年記念 パリ祭TOKYO展 2008.7.14〜7.20
E 武田光弘 第5回個展 2009年6月15日〜6月21日
F パリ祭TOKYO展 2009年7月13日〜7月19日
G 武田光弘 第6回個展 2010年6月9日〜6月15日 
H 武田光弘 第7回個展 2011年6月13日〜6月19日 
I武田光弘 ・札幌展2012年6月11日〜16日 ・美唄展 2012年6月21日〜7月1日
 essay 
  僕のいた時間/遠ざかる風景

 
 空は今日も赤く染まっている。僕を乗せたヴァポレット(水上バス)は、宿のあるリド島へ向かって、単調なエンジン音を響かせながら、浅緑色のラグーナをゆっくりと横切って行く。時間はもう9時を過ぎているだろう。サンマルコ広場の鐘楼と、ヴェネツイアの家並みが、柔らかなシルエットになって、うす桃色の空に溶け込むように、次第に遠ざかっていく。真上の空には星が瞬いている。5月の夕闇が深くなる。
 
 ふと、僕は何処から来て、何処へ行くのだろうと思った。“遠ざかる風景”は僕自身の日々なのか。生きるということは留まる事のない旅のようなものだ。だから、“風景”は、いつも僕の前に不意に現れ、やがてこうして遠ざかって行くのだろう。
 
 人は他人の記憶の中にのみ存在するというが、本当にそう思う。僕の中にも沢山の人々が生きている。亡くなった人も生きている人も、僕の中ではみんな同じに生きている。僕もまた、人々の記憶の中に生きているのだと思う。
 
 僕を記憶してくれている人々の中に、そっと、少しでもいいから、僕の記憶を書き足しておこう。やがては遠ざかるにしても、僕が出会い、心を動かされた“風景”を、できるだけ沢山伝え続けたい。風に吹かれるように、彷徨っているのかもしれないが、そこの“風景”の中に見つけた、僕の心の動きを、ただ無心に描いていよう。そこには、間違いなく”僕のいた時間”があったのだから。(2005、5、26 ヴェネチアで)


        エトランジェ(U)

 武田光弘 略歴

1938年 札幌市に画家の長男として生まれる
1960年 NHK入局 ディレクター、プロデューサー
       その他イベント事業など多様な業務に従事

2002〜2003年 パリ滞在 以来毎年4月〜7月 フランス・イタリア滞在

2004年 第1回個展 (色彩美術館/東京・原宿)
2006年 第2回個展 (ギャラリー八重洲・東京)
2007年 第3回個展 (同上)
2008年 第4回個展 (同上)  2004年〜武蔵大学客員教授

現住所 〒168-0081 東京都杉並区宮前2−13−9

 

     日本の友人たち へのメールから

( 2003.04.20)

 あの暗く寒く、冷たい雨が降り続いたパリの冬がようやく去って、待ちわびた春がやってきました。
こちらの桜はすぐには散りませんので長く楽しめましたが、今はミモザやマロニエや、ダリアや藤がとてもきれいに咲いています。

新緑の美しさは北海道の5月を思わせます。私のアパルトマンの前のリンデンの並木道も、いか にもパリらしい春を感じさせてくれます。

 早いものでもう5ヶ月が過ぎました。最初はモンマルトルのホテルにいて、ここは3軒目の住まいですが、セーヌの下側というか、南の静かな住宅地にいます。ですが、前の並木通りには、週に3回市が立って、食料品でも雑貨でも何でも安く買えます。
一人暮らしで気ままにやっていますが、ときには、マグロや鯖を買って味噌煮を作ったり、日本食も結構食べています。お米もカリフォルニア米がなかなかおいしいのです。今日はお稲荷さんを作りましたよ。
普段は、フランス語と絵の学校に通っていますが、時間があるとスケッチブックを手に随分歩いています。

 パリは歩ける大きさというか、歩いて楽しい街です。美術館がたくさんあって、なかなか見られ ないいい特別展をやりますので、 絵の勉強にはすばらしい環境です。今週は、ゴーギャン、 デユフイ、ニコラ・ド・スタールと3つの特別展のもはしごをしました。
みんな悩んで、本物の自分の世界を捜し求めて、旅をした画家たちです。
ゴーギャンは43歳のとき、遠い南の島のタヒチに去って帰りませんでしたし、スタールは南フランスのアンテイーブという町で、アトリエの窓から身を投げて死んでいます。

 パリに独りで住んでいますと、いろいろと人生の味わいといっては大げさかもしれませんが、時間が静かに流れていくのが判ります。
これまでの生活とはまったく異なる世界にいる自分を、もう一人の自分が見ています。いまの自分こそ本当の僕なのですが。あと10年基礎をやって、その後の10年で自分の世界を見つけたいと、遠大なことを考えています。もちろん夢のようなことですが、年を忘れていることだけは確かです。
 

さて、僕は僕。家内と神様に感謝しながらの“浅き夢みし酔いもせず”の日々を、ちょっとご報 告させていただきました。そちらはひどい肺炎が猛威を振るっているようですが、せっかくここ まで生きてきたのですから、お気をつけられて、お互いの、これからの日々を楽しまれるよう、お祈りします。

Mitsuhiro Takeda

(2003.05.17)

この間、家の前の通りに週3回立つ市で、初物のさくらんぼを買いました。
初物で一粒35円もしました。ところが1週間で10分の1に値が下がってしまいました。
悔しいので皆様にもおすそ分けします。ついでに二十日大根も送ります。
パリではバターをつけて食べます。ボナペテ!  パリジイジャン

(2003.08.05)

早いものでもう9ヶ月がたちました。このごろしきりに”時は過ぎ行く”という言葉を思い浮かべます。フランス語はちっとも上達しません。1年間コースを集中講座と編入で、半年で終えたのですけど。絵の学校は、少し休んでいましたがまた行っています。クロッキーをしつこくやっています。前回初めて男性モデルでした。

パリは今ヴァカンスで、4分の1くらいしか人がいない感じです。都心のセーヌの付近、特にルーブルからノートルダム寺院にかけては観光客でいっぱいです。昨日、このあたりの橋を描きに行ってきたのですが、各国から来た観光客でにぎわっていました。僕の住んでいる住宅地の商店街はお店もほとんど閉まっています。その分メトロなどもすいていて、ストレスがありませんが。

今家内が来ていて、フランス語の学校へ毎日通っています。女性のほうが屈託なく近所の八百屋などとすぐ仲良しになっています。今月一杯の滞在です。僕は貧乏絵描きの暮らしですから、レストランなどはめったに行かず、95パーセント自分で作っていました。料理は絵と似ていて創造的な仕事ですから、いろいろ工夫をして作ります。食材は豊富で新鮮そして安いので楽しいです。今は家内が来ていて作ってくれますから楽ですが。前にも書いた、週3回立つマルシェ(市)で、野菜やチーズ、魚などを買ってきています。パリのフランス人は、魚は肉ほどは食べませんが、キリスト教との関係で金曜日には良く食べるようです。鯖でも鯛でもマグロでも何でもあります。マグロは地中海から来ますが、日本人が買い占めるので高いのです。日本と値段は変わりません。僕も日本人ですから、時には刺身でわさびを利かせて食べています。ですが一人暮らしはやはり大変です。時々“お前は洗濯と掃除をして食事をつくりに来ているのか?”と自問するほどです。家事は大変です。女性はすごいとパリであらためて思いました。

絵はかなり描きました。クロッキー、スケッチ、水彩、油彩、何でもやっています。でも油は臭いし、汚れるし、乾きが遅いので大変です。帰るときに持って帰ることを計算に入れないといけません。帰るといえば、1年たったら、とりあえず戻ろうと思っています。5人の孫たちも“おじいちゃまはパリにいるのか天国に居るのか”迷ってしまいますから。それに都内のある大学の客員教授を頼まれていまして来年から、ガラにもなく講義をする羽目になっています。まだまだ先のことと思って、安請け合いをして後悔しています。

10月一杯はいますので、どうぞパリにいらっしゃってください。
では皆様のご健康をお祈りします。僕はまだこちらで風邪もひかずに元気に年を忘れて過ごしていますが。

<添付の絵は、映画「北ホテル」「アメリー」などに出てくる“3月のサン・マルタン運河”と“サン・ジェルマンのカフエ”です>
                                                       パリジジジャン/武田光弘
 

(2003.09.04)

僕のパリでの写真は一人暮らしの関係でほとんどないのですが、この間家内が来て撮ったものを送ります。
マレという古いパリのたたずまいが残っている地区で、ポンピドーセンターなどが近くにあります。もし、出来ましたら、絵と一緒に打ち出してみんなに見せていただけたら嬉しいのですが。パリはあの灼熱が嘘のようにすっかり寒くなって秋です。まあ札幌と同じ感じですね。家内も1ヶ月いて帰って行きました。
9月は来客が多く、東京から3組やってきています。
僕も11月には帰るつもりです。早いものですね。では皆さんによろしくお伝えください。

 

( 2003.08.06) 
 

昨日いい絵がかけたので追加します。
ナイフだけで描いてみました。    

     <アンヴァリッド橋とセーヌ>です。

(2003.09.04)
あの14、802人も亡くなったという猛暑の夏が嘘のように、パリはすっかり秋です。どちらかというともう冬の感じで、今月初めからはアパルトマンの暖房も入りました。パリの冬は建物が古いのに加え、緯度が高い分陰鬱で寒く、僕には苦手です。
そんなこともあって、11月11日に丸1年ぶりに帰国することにしました。毎年また来るにしても春から夏がいいと思っています。先日船便の荷物を発送したのですが、結構な量でした。人が一人1年住むとなると、身の回りのものだけでもこんなに増えるのかと思いました。絵はもちろんですが、画材や本がどうしても多いようです。
1年間の季節の移ろいの中でいろいろなことがあり、考えることも多くあったのが、貴重な財産だと思っています。人間はじっとしていては新しいことには出会えないし、考え事をするには、孤独なほうが良いというのが実感です。生きる気力は、”その先”に向かう好奇心の様な気がします。もう“その先”には何にも無いし、待っているのは闇だけだというようになったら、その人の人生もおしまいという事でしょう。
生きることは旅をしているようなもので、特に僕のような人間は、落ち着きがなく漂流していますので、皆さんには何の参考にもなりませんが、人それぞれ自分のかけがいのない人生を旅しているのだけは、間違いありません。
こちらで描いた最後の作品”モレの橋”を送ります。モレというのは、パリから1時間足らずのところにある、セーヌ河の支流の町です。シスレーという印象派の画家が住んだ町で、同じ橋を何枚も描いています。この絵の大きさは、75センチかける54センチで、4週間かかって描きました。今油を乾かせているところです。
又皆さんのお元気な顔に再会できる日を楽しみにして、パリ便りをひとまず終わります。 パリ/武田光弘
<モレの橋>

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