2016年3月7日〜19日  
フィリピン  
戦後70年激戦地レイテ島 慰霊の旅
             美しい島々を訪ねて

 
A慰霊の旅
 レイテ島

観光
@セブ島
Bボホール島
Cネグロス島


 



フィリピンの概略
@正式国名 フィリピン共和国
A面積 日本の約8割 7000余りの島からなる
B人口 日本の約9割
C首都 メトロ・マニラ(通称マニラ)
D民族構成 マレー系95%
E宗教 カトリック教83% その他のキリスト教10%
F言語 公用語はフィリピノ(タガログ)語。英語は共通語
Gビザ 30日間以内の滞在は不要
H気候 熱帯性気候 年間を通じて暖かく年平均気温26〜27度
I通貨 ペソ(1ペソ=約2.5円)
 今年は第2次世界大戦の戦後70年に当たり、フィリピンの大激戦地であるレイテ島の慰霊の旅に出掛けることを切望していた。
天皇、皇后両陛下も今年2月にはルソン島パグサンハンのカリラヤに慰問に行かれた。   

 特に若林さんのお父さんがこのレイテ島のブラウエン飛行場にて戦死されたとのことであり我々も大変身近に感じていた。
そこでフィリピンにロングステイされている隊長の花田さん、副隊長の正木さん、経理部長の後藤さん、それに若林さんを慰問団長に合計11名の慰問団に加えていただいた。昨年若林さんは花田さんとレイテ島を慰霊され今年は2度目の慰霊の旅になりました。我々は心強いお2人のおかげで無事沢山の慰霊碑、墓等の慰霊ができたことを感謝しています。また近隣の島々の美しい海や、観光地にも案内していただき満足のいく2週間足らずでした。
 
                慰霊の旅 参加者 11名

ブラウエン旧飛行場 戦没者慰霊碑

最大の激戦地リモン峠陸軍第一師団慰霊碑


次に空港に着いた日から順を追って記録。
3月7日(月
 関空に9名が集合15:25発のフィリピン航空にてセブ・マクタン空港に向かい19:10に到着した。花田さん 前田さんのお迎えにより安心して本日の宿クラウンリージェンシーに着く。そして近くのAA BBQにて夕食を摂る。すべてフィリッピン料理であったが口に合っておいしい。ビールも小びん(サンミゲル)が50ペソ(1ペソ=約2、5円)と安い。フィリピンではこのようなBBQのチェーン店が多いとのこと。デザートに本で覚えたてのハロハロ(ミックス)を食べる結構いける。
 
 
 
エピソード1 空港で
 私たちはWEBチェックインも済んで、仲間の皆さんはどうしているかと見渡すと、ちょうど関東の同行のLADYがやってきてビジネスクラスのカウンターに直行するのが見えた。「さすが関東の人はちがうなあ、ビジネスクラスで行くんだ。自分たちは乗ったことがないから彼女に短時間でいいから席を代わってもらおう」と二人で話しながら入国審査窓口へ。 後で彼女に確かめた所、単に荷物の重さを測りに行っただけとのこと。彼女の完璧なファッション、完璧な身のこなしからてっきりビジネスクラスと思い込みました。
  マクタン島 クラウンリーゼンシーホテルから見る街並み       
         AABBQおすすめの料理???

フィリピンの代表デザート ハロハロ 


3月8日(火) 
マクタン島からアイランドホッピング
 近くのスーパーで10万円を両替する4万ペソである。その後マクタン島沖でアイランドポッピング、最初はヒルトガン島シュノーケリングを楽しみ昼食は船の上で新鮮な魚や肉のバーベキューを頂く。その後特別に造成されたナルスアン島に上陸しゆっくり島の中を楽しんだ後桟橋の下でシュノーケル。この海域は禁漁区、魚の保護区なので魚が集まってきて美しい魚がいっぱい。夕食は日本食「のんき」にて。
 
大型のバンカーボートでゆったりとアイランドホッピング
 
          気持ちいいなあ!!
  
       船上で新鮮な魚介類のBBQ
       船上でバーベーキューの昼食 
   マンゴー バナナ パイナップルなどのデザート

    魚の保護区のため美しい魚がいっぱいいる
 
夕食 日本料理店「のんき」にて
この旅でお世話になった「じゅんちゃん」を招待して。じゅんちゃんよりおすすめのメニューを教えてもらう。マグロの刺身風「キミラウ」など 
 


3月9日(水)セブ島一日ツアー
 今日はマクタン島のラプラプ像とマゼラン記念碑見学である。マゼランは1521年セブに上陸してキリスト教の布教に成果を上げてきたが、マクタン島の曹長ラプラプはこの侵略に戦いを挑み、結局マゼランはラプラプによって殺されてしまうのである。その後セブ島のデイプロマットホテルに移動し、昼食はAABBQで済ませて市内見学に行く。マゼランがセブの女王に贈ったと言われる「幼きイエス」といわれるサント・ニーニョ像が収められている教会、マゼランが1521年に作った大きな十字架(マゼラン・クロス)が収められている六角堂、スペインの統治時代イスラムの海賊からの防御のために作られたサンペドロ要塞(ここはマニラのイントラムロスにあるサンチャゴ要塞と並びヒィリピン最古の要塞である)、セブを代表する政治家セルジオ・オスメニャの邸宅跡、セブ市街の大パノラマが楽しめる山頂展望台トップスに登り最高の眺めを楽しんだ。帰りはショッピングAYALA CENTERモールにより、スマホのSIMカード1週間分300ペソを購入。夕食はUCCでカレーを食べる。日本の資本が入っているだけあってきめ細かなサービスである。

      マクタン島マゼラン記念碑
 
         マゼランの記念碑
 
       マクタン島の酋長ラプラプ
     マゼランの侵略に戦いを挑んで殺した。セブ英雄
 
セブ島 マゼラン・クロスマ ゼランが1521年に作った大きな十字架


 
       サント・ニーニョ教会
   マゼランがセブの女王に贈ったサント・ニーニョ像
         が納められている

 
 
          サンペトロ要塞



 
サンペトロ要塞
スペイン統治時代イスラムの海賊を防御するため作られた。第2次大戦中は日本軍による捕虜収容所として使われた


 
        要塞のかべを歩く



 スクボ博物館 (セブ博物館)  

正面入り口


 9月6日山下奉文大将はマッカーサー元帥と共に降伏文書調印式に参加して降伏文書に署名した時の写真


        日本軍が発行した軍票
          片隅に山と積まれていた
。 
      
   夜は恐いから(以前刑務所だったから)早く帰る
  と言っていたガイドさん流暢な関西弁で楽しませ
  てくれたけど結局この博物館の説明はなかったなあ!
スクボ博物館(セブ博物館)について

 1871年に刑務所として建設され、1946年から2004年まで実際に刑務所として使用されていた。現在は博物館として使用され古代からスペイン、アメリカ、日本各統治時代の文化、歴史を学ぶ場所となっている。
  

            日本軍兵士の杯 
セブ島山頂展望台トップス

 
        トップスからの眺め
 
マルコポーロホテルの敷地に建てられた
観音像 「セブ海軍部隊遺族有志一同」と書かれている

    昼食は「ランタンレストラン」でバーベキュー 
     

3月10日(木) セブ市内大型スーパー見学・買い物
 午前中はタクシーでSMシーサイドシテイモールでお土産のドライマンゴー、ミックスナッツなどを買ったのち店内を散策。超近代的な総合ショッピングセンターである。再びタクシーにて新しくできたロビンソンスーパーマーケットへ。ここでは花田さんおすすめのセブのお菓子「OTAP」を土産用に購入。夕食は花田さんの友人の紹介によりフランス風レストラン「ピンクハウス」に行きフランスワイン、ピザ、フランスパン等を楽しむ。沢山のネオンで飾られており雰囲気は最高に良かった。
 
        近代的な総合商業施設
      SMシーサイドシテイーモール



 
  できたばかりのやはり近代的なショッピングモール
       ロビンソンスーパーマーケットへ



    夕食 フランス料理店「ピンクハウス」
  フランス産のワインが広いワインセラーにいっぱい 

    エッフェル塔のボトルのビールは今一つ

レイテ島慰霊の旅へ 
   
 レイテ戦について
第2次世界大戦のフィリピンでの戦いにおいて、米軍及びフィリピン人のゲリラとの戦闘について日本人の戦没者約52万人、遺骨未収容者約37万人(約7割)、そのうち
レイテ戦では84,000人が戦闘に参加し、生存者は僅か2500人と言われています。
レイテ戦の概略は1944年10月20日米軍がレイテ島の東のタクロバン、ドラッグ、バナオン島の3箇所から上陸しタクロバンの部隊は北側のカリガラ湾へ進行した。日本は西側中ほどのオルモックに上陸して11月25日に北上しリモン峠で 衝突し激戦になり膠着状態になった。そのため米軍は西側中ほどのオルモックにも上陸してここでも日本軍との戦闘になり米軍が勝利してその勢いで北上してリモン峠の日本の後方を攻めて勝利した。またドラッグから上陸した米軍はブラウエン飛行場を管理していたが、日本軍はオルモックから移動してこの飛行場を攻撃した。その後日本軍はオルモックに帰り米軍と戦ったが武器、食料等の後方支援がなく惨敗した。西北にあるカンギポットから船でセブ島へ退避する予定が米軍の攻撃により脱出できず、以後自活しながらゲリラ攻撃を行い減少した兵士を更に減少させ1945年8月のの終戦を迎えることになった
  レイテ戦の略図
 
アメリカ軍の上陸場所
@タクロバン
Aドラッグ
Cパナオン島
Fオルモック

日米激戦地
Bブラウエン飛行場
Dリモン峠
Fオルモック

最終集合地
Eビりアバ近郊
 このあたりで武器食料が全く供給されない中
自活してゲリラ攻撃してさらに死者が増えた
読売新聞2016,3,25朝刊より
 

フィリピンは最大の戦没者、
未収容遺骨数も最大

3月11日(金) レイテ島慰霊の旅
 
今日から2日間はレイテ島での慰霊の日々である。
 11日3箇所、12日4箇所の合計7箇所の慰霊を行った。慰霊の内容は先ず線香を立て、日本から持参した菓子と日本酒を供え黙祷をし、日比両国の国旗掲揚をして後藤さんのハーモニカの伴奏で「君が代」「ふるさと」を歌った。英霊の皆さまも一緒に歌ってくださったでしょうか。目頭が熱くなる。その後お供えした菓子は近くで集まってきた現地の方におすそ分けし、管理をしてくれている現地の方にはお礼を渡した
 
 11日はホテル5時出発、8時のフライトでレイテ島タクロバンに8時40分着。宿「レイテパークホテル」でウエルカムドリンクをいただいて一休みしたのち レイテ島慰霊に出発。
 「I shall return」と言い残し一度フィリピンから逃れたマッカーサーの上陸記念碑「マッカーサー・ランデング・パーク」を見学し、先ずドウラグ ヒル120に行きそこで「慰霊碑」を参拝。この石碑は立派なもので今も近所の人の手できれいに管理されている。その後ここから30分ほど離れたブラウエン飛行場跡へ向かう。専用車バンは大胆に道なき道を進む。途中から徒歩で飛行場跡へ。草むらの中に「木製の碑」がありお参りする。次に20分ほど進んだところに「平和の塔」がある。この塔も立派なもので京都の生存者が建立されたようである。近くに住む日本人(K氏)が守をしてくれているようである。K氏がテント、椅子、花束等を用意して待ってくれていた。若林さんの霊に捧げるメッセージと後藤さんのハモニカの伴奏で「君が代」「ふるさと」を斉唱して厳かに慰霊した。これで午前中の慰霊は終わり町へ戻り昼食を摂る。その後2013年11月に襲った台風30号(ヨランダ)の爪痕が残る、打ち上げられた船を見学し、日本の資金と技術により懸けられた「サン・ファニーコ大橋」を渡る、この橋は見た目にも美しい立派な橋である。見学も終えレイテパークホテルへ行く。このホテルは海に面した豪華な建物だ。
 
宿「レイテパークホテル」 ウエルカムドリンクをいただく
 
    タクロバン マッカーサー上陸記念碑
      これから日米の大激戦が始まる

    ドゥラグ ヒル 120 戦没者慰霊碑
    (近くにはアメリカ軍兵士の立派な慰霊碑がある
 
ブラウエン飛行場あと、むこうに見える山裾までが
旧ブラウエン飛行場

     「工兵第26師団戦没者慰霊碑 」

     ドウラグ ヒル120 慰霊碑前にて

 
        ブラウエン「平和の塔」
 
   ハモニカの伴奏で「君が代」と「ふるさと」斉唱

    近くに住むK氏がお供え台、テント、椅子などを
       用意して我々を迎えてくれた。
 
若林さん慰霊の言葉    (正木さん作成youtubeより)

 
         碑文を右へ転記
碑文
「ここは太平洋戦争に於いて比日米の戦士たちが祖国のために激しい攻防戦の中で無残に散り果てた痛恨の地である。人類が再びあの愚かにして無残な殺戮を繰り返さぬために不戦の誓いを込めて慙愧のまことを捧げるとともに悠久の平和を祈念してこの塔を建立する」
 
     京都比島桃陵遺族会
          垣兵団生存者 

       村人に見守られて慰霊参拝

      ヨランダ台風のつめ跡
 
    台風30号ヨランダ台風で打ち上げられた船
        メモリアルとして保存されている


  レイテ島 サマール島を結ぶ美しい橋へ

         サンファニーコ橋
          とても美しい


サンファニーコ橋 San Juanico Bridge
全長2600Mのフィリピンで一番長い橋
レイテ島とサマール島を結ぶ。
マルコス時代1969年より日本の援助(戦時補償)で建設された。 
 エピソード2
 昼食時「皇冠花園酒家」での出来事
 ガイドさんの案内でこのレストランの特別室に案内される。それぞれ好みのメニューを注文。殆どの人が定食120ペソを注文。一人ひとり計算して代金を集めてみると集めた金額より、レストラン側の請求書の額が大幅に多い。なんでや?調べてみるとガイド氏とドライバー氏の昼食代も含まれていて、二人の合計が約千ペソ。私たちは一人120ペソの昼食なのに????みんなでびっくり!!ここはフィリピン、フィリピンの常識に従おうとすべて払って一件落着。

 
 

3月12日(土) レイテ島慰霊の旅2日目
 今日は島の西にあるビリアバへ行く。ここの「石碑」の前面は字体の墨が消えて見えなくなっているが日本人の墓に間違いがない。その後10分程先に今回も草むらの中に{木製の碑}がありここでもお祈りを捧げた。次は40分程内陸に入ったところの激戦の地であるリモン峠へ行く。道路脇の少し高くなったところに{工兵碑}があった。兵士の工兵達の石碑でありそこから少し中に入った所にも大きな鎮魂の碑があった。最後にここから10分ほど行くと{永遠の愛、永遠の平和}の石碑とその横の粗末な小屋には{陸軍第一師団戦没者英霊の碑}の木製の碑があった。これで今回の鎮魂は終わった。タクロバンに帰りホテルの近くの、日本とフィリピンの平和の象徴としてのマリア観音像と、マルコス大統領とイメルダ夫人の生活を忠実に再現した博物館とサント・ニーニョ聖堂を見学してホテルへ帰った。 
 
       ビりアバの慰霊碑
          福山歩兵第41
       連隊慰霊の碑「平和・友好
 
 


    慰霊碑を守ってくれている一家と
   真ん中のお嬢さんのお姉さんが日本人と結婚して
   日本に住んでいるとか。とても親切な家族でした。 

       カポオカンの慰霊碑あと
        台風で根こそぎ破壊された

      日本人が植えたくすの木
      地元の人が皮を削って嗅ぐわせてくれた
      樟脳のにおい

 

       ビりアバ 「工兵碑

 
          「工兵碑」 の説明
 「1944年この峠で工兵第一連隊及び師団防疫給水部
     が奮戦し大半の将兵が戦没した・・・」
 
      ちょっとした高台に位置している

  右から2番目の人が碑を守ってくれているようだ。
  碑を訪れた人が記名したノートを保管してくれている
 
 
        リモン峠近くの鎮魂碑
 
碑の上の木は例の台風で大きな木の枝が折れている

        大激戦地リモン峠
       陸軍第1師団戦没者慰霊碑

    リモン峠 ここで今回の慰霊の旅を終える 

        素晴らしい景色
   当時兵士は食料・武器もない中、苦戦を強いられた 

           レイテパーク
         マリア観音像
    日本とフィリピンの平和の象徴として日本人が寄贈
          サント・ニーニョ聖
      マルコス大統領夫人イメルダの博物館
      後ろの絵はイメルダ夫人を描いたもの

           イメルダ夫人のベッド
    この博物館には毛沢東から送られたという
   おびただしい 数の中国の陶器が飾られている
 

 レイテ島の大激戦 陸軍第1師団の生存者 松本さん95歳の話 2016,1,29毎日新聞デジタル版
 
 3月13日(日)
 午前4時ホテル出発 6:40のフライトでセブに7:20に着き、この日はホテルでゆっくりした。夕食はアヤラセンターのフィリッピン料理
 
おいしいフィリッピン料理デザートを堪能
  
これらの料理をいただいた。ビールはいつもサンミゲル
    アヤラセンターの中央広場では多くの若者が
       集まってHIP HOPで大盛り上がり
 

ステージでは沢山のグループがダンスを披露 
エピソード3
 食事をしたフィリピン料理店の外側の広場ではHIP HOPで大盛り上がり。当然食事が終わったら見学に行くとばっかり思っていたら、なんと男性軍は見向きもしないですたすた帰っていく。えーこの賑わいを無視して帰るー。信じられない女性軍。なんでこの最高に楽しんでいる会場を一目も見ないで帰れるの?ー--それぞれ興味の対象は違うんですねー-。
 
 
 


3月14日(月)ボホール島
 今日は楽しみにしていたボホール島での観光である。8:45発の船スーパーキャットに2時間乗船し11時前にタグビラランに到着。先ずターシャ保護センターに行きメガネザル(ターシャ)を見学、体長10pくらいで大変小さくよく見ないと分からない。世界一小さなメガネザルで大変愛らし。次にロボック川でクルーズである。観光用の屋形船に乗り、ヤシの木で縁取られた熱帯の緑のトンネルは気分が癒される。フィリピン伝統のランチも船内でゆっくり食べることができた。次はチョコレー・トヒルズの見学である。高さ30〜40Mの円錐形の小丘が約1200個、地平線の果てまで続き独特の景観を呈しており4〜6月の乾季にはその色がグリーンからブラウンに変色するのでチョコレート・ヒルズと名づけられたそうだ。地質学的には丘の殆どはサンゴ礁によってできた石灰岩からなるらしく大昔は海底であったようだ。
 その後、ロボック川を挟んだ両側の丘の上を結んだ高さ150メートル、長さ275メートルのロープでの綱渡りに臨んだのが女性2人堀内さん、後藤さん、そして男性の正木さん。この他の人は「信じられない」と唖然として見守るのみ。3人だけが果敢に挑戦した。鳥になった気分だとか。この綱渡りは「ZIP LINE」というそうだ
 この日のホテルはボホール島から橋で繋がっている小さな島、パングラオ島のホテルハーモニーである。この島は美しいビーチがあり欧米人のロングステイ先になっているようだ。夕食はこのビーチでゆっくり楽しんだ。


 
  世界一小さいメガネザル(ターシャ) 夜行性で昼は動かない。全部で4匹ほどいたか?それぞれに責任者がいて観光客に棒で位置を教えてくれる

       ロボック川でクルーズ
         水はとてもきれい!!
 
   ランチをいただきながらクルージングを楽しむ
       途中で船を止めて踊りを鑑賞            船内で歌のサービス
       日本の歌もあって楽しませてくれる

           チョコレート・ヒルズ 
     4〜6月乾季に山肌がチョコレート色に変わる
        どこまでもこの神秘的な風景が広がる

      宿泊したハーモニーホテル
      海岸の夕日に浮かぶバンカーボート           海岸のタイ料理店で夕食 

3月15日(火)
 
朝ホテルで朝食を摂り海岸沿いのロケーションのよいホテルアモリタのレストランで優雅にコーヒーを飲む。後はタグビララン経由でセブのホテルへ帰りゆっくりする。
 
 
        この旅の唯一のホテルの朝食
         オムレツがおいしかったー
 
    高級ホテル 「アモリタ」でコーヒータイム
       さあみんなでプールへ飛び込もう!!!
 
海岸散歩中フィリピン人の女性に話しかけられて記念撮影。真ん中の男性は横須賀の米軍基地に駐留していたとか
 
    ボホール島の有名な土産品「カラマイ」
   
   セブ島・ボホール島を結ぶ連絡船スーパーキャット

3月16日)   ジンベイザメツアー
 今日はホテルを早朝4時出発でジンベイザメツアーである。100%ジンベイザメを見えると聞いていたが、本当にジンベイザメが見えるのか半信半疑と期待の入り混じった気持で出発した。2時間半ほど車でセブを南下してオスロブに着く。海岸沿いのボートから観光客が目の前に遊泳している大きなジンベイザメを見るのだ。泳いでいる大きなジンベイザメを目のあたりにするのは感動ものだ。シュノーケルを着けてジンベイザメのすぐそばに潜ったりして見学している人も沢山いた。我らの仲間3人もシュノーケルでジンベイザメといっしょに泳ぐ。30分だけであったが十分満足をした。その後もっと南下してリロアンに着き連絡船でネグロス島のドマゲッティーにつく。この町は人口の3割以上が学生という学園都市で学生たちが町にあふれている。またこの町はフィリピンの町の中で最も美しい町のひとつであるとのことだ? ここで我々はトライシクルを3台貸り切り町の見学に行く。、有名なシリマン大学の構内に入り語学留学の話を聞いたり、海賊が来襲してくるのに備えて使用された見張り台のベル・タワーを見学した。我々の宿泊したホテル ラ・レジデンシャル・アル・マールの前のリサール通りには沢山の人々が散策を楽しんでいた。
 

     シュノーケルでジンベイザメ見学 さあ出発


  この時間は餌付けされていて多くのジンベイザメが
        集まる。多くの観光客も集まる

     ジンベイザメを10頭以上見たかな

 
ネグロス島 ドウマゲッテイ  
 
    あこがれのトライシクルに乗って観光
 
        シリマン大学構内
        
            ベル・タワー
     スペイン植民地時代ムスリムの海賊に備えた
               見張り台?
 
     ドウマゲッテイの市場 魚介類も豊富
 
     ラ・レジデンシャル ホテル
   泊まった部屋は狭くて窓がなく真っ暗な部屋・残念!
 
 海岸通りはさわやかな風が吹き抜けて絶好の散歩道路
 3月17日(木)
 
8:30発のバンカーボートにてリロアンに着く。セブへのホテルへの帰途ホテル「プルクラ」で昼食を摂る。このホテルは海岸沿いの立派なホテルで日本人が経営しているとのこと。
 
   毎年訪れるバリ島のホテル前の景色にそっくり
 
      日本人経営の高級リゾートで昼食
      目の前の絶景を見ながらゆっくり昼食を摂る
 
         リゾート園内を見学散歩
 
 
3月18日(金)
 明日の帰途の準備とスーパー ロビンソンで土産物の購入。夕食は全員でAABBQに行く。
 
         土産はセブ島自慢のお菓子
  インスタントラーメンpancit canton ドライマンゴー   バナナチップス ピーナッツKisses
 Pilinut Otap2種  マンゴー石鹸等々
 
      土産に人気のフィリピンのお酒 
      ラム酒 EMPERADUR ブランデイー 
      マンゴーリキュール


 
             人気の「OTAP」
           セブ島産が一番おいしいとか


 

3月19日(土) 帰国
 
ホテル午前6時15分出発 セブ空港発9:15発のフィリピン航空にて帰途につき14:25無事KIXに到着した。(セブ空港出国税1人750ペソ)
   
無事関空税関通過後 これで解散です。お疲れ様でした
 


 費 用 概 算 (2人分)
 航空券(国内便も含む)  161,000
ホテル代   60,000
観光、食事代 、交通費  100,000
その他 (土産、国内交通費など)   16,000
合計    337,000

 トップページへ