
sdkfz251はドイツの代表的な装甲ハーフトラックである。3トンハーフトラックをベースに開発されたもので、第二次世界大戦のはじめから戦争の終わりまで長く使用された。A型から始まり、B型、C型、D型と改良された。このNITTOのキットは初期のB型を再現したものであり、前から見るとカエルのような「顔」に見えるのが特徴だ。ちなみに、長らく定番キットであったTAMIYAのMM20の251/1はC型、1990年代に発売された251/1と251/9はD型であるので、このNITTOのキットは貴重である。また、このNITTOのキットはモーターライズで走ることも大きな特徴だ。このキットが発売された1960年代末期から1970年代の初頭には、TAMIYAやNICHIMOから数多くのモーターライズ戦車が製品化されていたが、ハーフトラックや砲塔のない牽引車のたぐいはシリーズの中に入っていなかった。そんな時代に、米軍のハーフトラックや251ハーフトラック、M4トラクター、M8トラクター、LVT(A)5など、地味ではあるが非常に個性的な戦車以外のAFVをモーターライズキットで発売していたのがNITTOであった。残念ながら現在はなくなってしまっているが、個性的な製品を数多く世に出したなメーカーであったと思う。今回はこの珍しい1960年代のNITTOのハーフトラックキットをほとんど素組みで作ってみることにした。 今回の制作の流れ 1、モーターとギヤボックスを組み込む モーターは別売りで指定のモーターはマブチの13。現在の130モーターは大きさは同じだが軸のつき方が逆なので使用できない。たまたま1971年発売のTAMIYAのモーターライズの2号戦車に13モーターが入っていたのでそれを使用した。実はTAMIYAの2号戦車は130モーターが指定なのに間違って13モーターを使っていたわけだ。2号戦車は13モーターではうまく動かなかったわけだ。どうやら30年前に間違えて13モーターを買ってしまったようなのだ。おそらく13モーターと130モーターの切り替えの時期でお店に古い13が在庫していたということなのだろう。今回、2号戦車は13モーターを取り外して130モーターに交換したので、スムースに動くようになった。 2、電池ボックスとスイッチ 純正の電池ボックスは単3が2本入るもので、スイッチは赤茶色の厚紙のタイプで、インストにはこの電池ボックスとスイッチ無造作にを乗車スペースに置くように指示されていたが、それではあんまりなので、電池ボックスを単4が2本入る市販のものを使用しスイッチも市販のものを車体の左後ろにつけて操作がしやすいようにした。 3、組み立てと塗装 大きさや全体のイメージはTAMIYAのMM20や新金型のキットと比べても遜色ないが、なんといっても35年ほど前のキットなので、細部は古臭さを感じさせる。特に機銃やスコップ、ツルハシなどとその固定金具などはモールドも大まかだ。最初、新しいキットのものを転用しようかとも思ったが、やはりここは、そのまま作って古い時代のキットの姿を残すことにした。2箇所だけ部品の交換をおこなったが、1つはヘッドライトだ。元はまったくののっぺらぼうのだったので、丸く飛び出した部分を平たく削り、スリット付のレンズカバーをTAMIYAのシュタイヤーから転用した。もう1つは牽引用のジョイントだ。元の部品では何かを牽引することができなかったので、米軍車両のものを代わりに使った。改造ではないが、使用感を出すためにヘルメットや雑嚢、出納などを車体の周りにくっつけた。塗装は全体をダークアース的な色で下地を塗ったあと、明るめのダークイエロー、グリーン、茶で三色迷彩を行った。A型あるいはB型は1942年以前の生産型だということなので、ジャーマングレイ一色がセオリーだろうが、セオリーを破って大戦後期の3色迷彩とした。また、乗車スペースはTAMIYAの迷彩布用紙を使って、電池ボックスを隠し、運転席の直後に30年前に作ったTAMIYAの機関銃セットの指揮官を乗せてみた。 ◆総括 やはり、それなりに塗装を施した模型が動くというのは楽しいものだ。走る姿をご覧になりたければ、新作紹介の阪神ぐタイガー(実はNICHIMOのハンティングタイガー)のコーナーのスペシャルVIDEOをクリックしていただきたい。 |
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sdkfz251ハーフトラックの歴史や仕組みを解説。カラーの内部構造イラストや塗装例も収録されていて、模型作りにおおいに役立つ
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