
第二次世界大戦末期、英国はドイツのタイガーに匹敵する重戦車クラスの戦車を開発した。それがこのセンチュリオンだ。しかし、開発が終わってヨーロッパに陸揚げされたのは1945年5月であったので、ドイツ軍との戦いに使用されることはなかったという。センチュリオンが実戦に登場したのは数年後の朝鮮戦争で、20ポンド砲(長砲身の83mm砲)を装備したマーク3型が投入された。アメリカのM26パーシングやM46&M47パットンを差し置いて「朝鮮戦争の最強戦車」と呼ばれたりする。センチュリオンのプラモデルは、TAMIYAから1971年に発売されたシングルモーターライズキット(リモコン版は1973年の発売)が決定版となっている。その後、同社から内部構造再現キットとリモコンタイプの両方が25分の1でも発売された。私は1978年ごろに35分の1のシングルモーターライズキットを購入して砂漠仕様で製作したが、安価なシングル戦車であるにもかかわらず、16ページにも及ぶ豪華なインストが入っていた。これらのキットはすでに絶版になっていたが、2000年ごろに35分の1キットがディスプレイモデルとして再販されたので、さっそく購入し、リモコンで操作できるように改造してみることにした。 今回の制作の流れ 1、モーターとギヤボックスを組み込む リモコンにするにはリモコン用のギやボックスが必要だ。1980年ごろに購入した、ゲパルトのギヤボックスは、大きさも駆動軸の幅もピッタリだったのでこれを使用した。モーターはゲパルトのギヤボックスについていたものをそのまま使用。 2、リモコンボックス リモコンボックスは、単2電池が4本入って6ボルトが出力できるTAMIYAの70004番を使用。この製品は現在絶版のようだが、2003年の夏に地方の模型店で見つけて在庫していたものを使った。下の写真を見ていただければわかるが、リモコン戦車でありながら、コードが外に出ていない。コードを途中で切り、両方にジョイント部品をつけているからだ。こうすれば、保管するときや写真を撮る時はコードをはずことができるし、ギヤボックス1個で複数の戦車を動かすことができるというわけだ。どうせ一度に操作できる戦車は1台なわけであるし。 3、組み立てと塗装 組み立てはまったくの巣組み。砲身基部はキャンバスカバーのあるタイプとないタイプが選べたので、カバーのないタイプにした(28年前に作ったときは前者カバータイプにした)。塗装は、グリーンやオリーブドラブ、ダークアースといった色のアクリルカラー何度かでたらめにまだらに吹いて基本塗装とし、エナメル+ペトロールでウォッシングとドライブラシによるウェザリングを行った。マーキングは28年前のキットとは異なるものが付属していたが、古いキットのマーキングの残りを保存していたので、菱形戦車以来使用されているという伝統ある英国第4戦車連隊のチャイニーズアイマークを使用した。砲塔の両側の収納箱に目玉模様があるのがそれだ。 ◆総括 30年ほど前に発売された往年のモーターライズ戦車が、ここ数年のうちにディスプレイキットととして、発売されている。最新のキットに比べて細部のディテールが劣るとはいえ、しっかりした車体部品で強度を保ち、部品点数を極力抑えて作りやすさを追求している点など、新しいキットにはない良さもある。最近のキットは精密差の追求で部品点数が多くなっていて、それはそれで好ましいことなのだが、製作時間がかかりすぎるという弊害もありそれが、買っても作れないという状況を生み出しているように思うのだ。さて、この戦車、先日、動く戦車のオフ会ではシングル戦車バトルに出場したが、善戦したものの初戦で敗退。次回は何で出場しようかと思い悩むおじさんであった。 |
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