
パットン戦車と呼ばれる戦車には、M46からM60にいたるまでさまざまなものが含まれている。このM47はパットンとしては2代目のもので、M46の車体に試作戦車T42のモノとして開発された砲塔を載せ換えたものである。この新型砲塔は、被弾経始に優れた流線型をしており、砲塔の後方には砲弾が格納されており後ろに突き出している。また、量産型の戦車として初めて側遠儀を装備したという。1952年から米軍に配備が始まったが、N48が完成したので大部分が諸外国へ供与された。バルジ大作戦、パットン大戦車軍団など1960年代のハリウッド映画にはこの戦車がたびたび登場する。キングタイガー役でバルジ大作戦に登場したM47の姿は重厚な雰囲気がキングタイガーにぴったりであったと戦車模型ファンの間では語り草だ。そういった映画の影響もあるのかもしれないが、私が「戦車」という言葉から想像するイメージに一番近い戦車は、このM47パットンだ。なぜだろう? 1960年代に日本で見られた戦車は、M24、M41、61式ということになるが、これらはみんな設計された時期がM47と近く基本構成も似ている。このれらの複数の戦車の印象が混ざり合わさったのが私の「戦車」のイメージになってしまったということなのだろう。さて、M47パットンの35分の1キットがイタレリから発売されたのは1970年代の後半である。1960年代後半から始まったMMシリーズを中心とするAFVキットのブームが10年ほど経過した時点であったが、なぜか、その時点まで、35のTAMIYAやNICHIMOだけでなく、48のバンダイからも、ミニスケールのFUJIMIやHASEGAWAからも「M47パットン」は発売されていなかったので、私にとってもこのキットは、待ちに待った製品だった。その後、30年ほどたった、数年前(2000年ごろ)に、このイタレリのM47パットンご先祖さまとも言うべきM47のキットがかつて存在していたことを知った。それは1958年ごろに発売されたREANWL社の32分の1キットである。今回紹介するキットは1980年代になってREVELLが再販したものではあるが、中身は当時のままである。このキットは1958年という時代がら、スケールモデルというより、今で言うとトイキットといったほうが分かりやすいかもしれない。エンジンが再現され、エンジンルームのハッチが開閉する。サスペンションは可動(実車はトーションバーだが、なぜかボギー式)。砲塔には2名の乗員が乗っており、砲身を手動で上下するとハッチが開いて乗員が顔を出すというユニークなギミックとなっている。フィギュアはほかに3体ついているが、アメコミ風の面白キャラクタだ。この3体は今回はまだ完成していない。 ◆今回の制作の方針 最初、汎用ギヤボックスを入れ、砲塔も回転させようと考えて、一月ほど、いろいろと実験を行ったが、私の技能では可動サスが暴れてとても走らせるように改造することは不可能だったので、途中で方針を変更し完全素組みで作ることにした。ただし、モーターライズ化と途中でサスを固定してしまったので、本来ボギー式で動くはずのサスが動かなくなってしまった。残念である。 ◆総括
現在のスケール重視の視点でスケールモデルとしてみると、?なキットであろうが、50年近く前にすでにこんなに存在感のあるプラモデルが発売されていたとは驚きである。このキットは前にも述べたように様々な可動ギミックが仕込まれているので完成したあとも、いろいろと動かして楽しむことができる。また、戦車というものがどういう構造のものなのかを理解することもできる科学模型ともいえる。現在このようなキットはほとんどないが、私が子供のころにはこのような動くギミックがいっぱいしかけっれた製品が数多くあった。プラモデルの未来の方向としては、こういう方向に回帰してみるのもおもしろいのではないだろうか。ちなみに、イタレリのM47パットンにもエンジンが付いている。これはイタレリのキットには珍しいことだ。私は、このイタレリのキットの製作者が、RENWALのキットへの敬意とオマージュをこめたのではないかと想像している。現在、イタレリのキットは山陰のT市にあるので、並べて写真を撮ることはできないが、無性に並べてみたい気がする。 |
ホームに戻る
ご注意:このホームページに収録されている写真、文章などを、TM FACTORY主催者あるいは各著作権者に無断で転載あるいはコピーすることはできません。なお、リンクはご自由にしていただいてかまいません。