◆T34/85 (REVELL 1958年製)

◆新作紹介にもどる


T34のプラモデルは実車と同様に数多くのメーカーから様々なキットが発売されているが、世界で一番最初に発売されたのはこのキットではないだろうか。このキットのフェンダーの裏側には、1958年と刻印されているので、45年前に製造されたキットということになる。メーカーはREVELL。プラモデルの黎明期に数多くの名作を世に出した老舗メーカーだ。このキットが発売された1950年代後半から60年代前半は、REVELL、RENWAL、MONOGRAM、LIFELIKEといった、アメリカのメーカーがプラモデル業界をリードしていた時代で、ミリタリのプラモデルは当時アメリカ軍の装備車両が大部分だった。そんななかで珍しく冷戦の相手国側の戦車であるT34の模型が登場した。今回制作したのは、1972年の再販品であるが、1958年当時のものとさほど変わっていないと思われる。車体には電池ボックスが遭ったと思われる痕跡があり、ある時期にはモーターライズキットとして発売されていたであろうことがうかがわれる。このキットはディスプレイキットだったので、ギヤボックスを組み込んでモーターライズにしようと試みたが、大きさの合うギヤボックスがなかなか手に入らなかった。ところが、2003年の8月末に、超汎用戦車用ギヤボックスというものが発売されたので、それを組み込んでRC化を実現してみた。これまでのギヤボックスとちがうのは、戦車の駆動輪の位置に自由に軸を合わせることが出来るということだ。このギヤボックスのお陰で、念願のリモコン化が実現できたというわけである。めでたしめでたし。

◆このキットの謎

さて、このREVELLのキットを見ているといろんな謎にぶち当たる。少し紹介してみよう。

以前、『プラモデルの王国』の高見@ねこにいプロダクツさんの作例を拝見した際に、全体のイメージが、1960年代に発売されていたTAMIYAのT34/85のキットと非常によく似ているのに気が付いた。その特徴とは次のようなものだ。

・前後左右の装甲板の傾斜が急。

・砲塔がやや小振り。

・砲身の先にマズルブレーキが付いている。

TAMIYAのキットは中学生のときに2つ作った覚えがあるが、残念ながら今はない。手元にあったインストで大体のことはわかるので比較してみた。TAMIYAのものは35分の1なので、もしかしたら、REVELLの拡大コピーかと思って、詳細に見てみると、全体の印象は似ているが、細部は明らかに別のモールドだった。TAMIYAのものはスピード競技用と銘打って発売されたものだけに、手摺などの壊れやすい部品はなく、フィギュアも車長のみで部品点数は非常に少ない。さらに、REVELLのキットを眺めていて、大きな違いに気が付いた。REVELLのキットは車体が前から後ろに向かって下がっているのだ。実車はほぼ水平。その後発売されたT34のたくさんのキットにもおそらくこんなに後ろ下がりになっているものはないはずだ。ではなぜこのようなことになっているのだろうか? これは私の推測だが、小さいプラモデルで戦車の巨大さを表現するために行われたデフォルメなのではないかと思う。前からみたとき、パースが強調されるのだ。砲身の先のマズルブレーキも不思議だ。実車にはマズルブレーキは付いていなかったようなのだが、REVELLとTAMIYAの旧キットだけについている。理由としては以下のことが想像できる。

・JS2との混同?:T34/85とJS2の車体と砲塔はよく似ていて、T34とJS2が一緒に映っている当時の写真をみると、同じ戦車の型違いのように見えなくもない。JS2の砲身の先端あるマズルブレーキを見てT34にマズルブレーキがあると誤解したのかも。

・たんにカッコいいから?:当時の米軍の戦車はM41にしろ、M47にしろ、M46にしろマズルブレーキが付いていたのでメーカーがそれに合わせた。

・アラブ諸国やイスラエルで使用されたものには付いていた?:REVELLのキットのインストには、エジプトでイスラエル軍がキャプチャしたものをプロトタイプにしたとある。イスラエルのシャーマンには巨大なマズルブレーキが付いている。

もう一つ疑問がある。このキットのインストや外箱に使われている赤の広場らしきところを行進するT34の絵が、昔のTAMIYAの木製のキットの箱絵にそっくりなのだ。たまたま同じ記録写真を参考に書いた絵えなのだろうか。

◆今回の制作方針

1、45年前のキットに敬意を表して素組みを基本に

全体のバランスも細部も、現在のスケールモデルの基準からみると、心もとない。しかし、これはだれがどう見てもT34/85だ。資料がなかなかない時代にT34/85のスケールモデルを世界に先駆けて発売した心意気に敬意を表そう。とにかく素組み。

2、手を入れた個所

・砲塔の左右に2つずつ付いているはずの手摺が、上がモールドのみになっていたので、他キットのあまりの手摺を追加。

・右フェンダー上に、スコップ、荷物などを追加。

・左フェンダー上に、スピーカーを追加。

・車体後部の排気管を追加。

・燃料タンクの両端を加工。

3、塗装とデカール

キットにはロシア軍用と思われるデカールしか付いていなかったが、インストのエジプトで鹵獲という話に合わせて、エジプト(当時はアラブ連合?)軍が使用していたという設定としてサンド色に塗ってみた。デカールは他キットのイラク軍用のマーキングを流用。アラビア語らしいが、なんと書いてあるかわからない。 「フセインがなんたら、、、」などと書かれているかもしれない。ちょっとやばいかな。もし、この文字の意味が分かる方がこの文を読んでおられましたら、メールでお教えいただけると助かります。フィギュアはロシア兵の服装だったが、エジプト軍がロシア製の軍服を着ることもありえると思いそのままにした。ただし服の色は砂漠向けにやや明るめにした。

◆総括

模型は模型でどんなに実物に近づけようとしても、模型が実物になることはありえない訳でどこかで線引きをせざるをえない。このキットは、最近のキットに比べれば精密でも正確でもないのだが、車体のデフォルメなどの効果もあって、小さいスケールながら、T34という戦車のもつ雰囲気を十分に再現できているように思う。付属のフィギュアともども、作っていて非常に楽しかったのも事実。45年前にプラモデルの楽しさを世に伝えた名作の一つだろう。

◆リモコン化について

このキットはディスプレイキットであるが、モーターライズ製品も並売されていたようで、その証拠に車体下部には、電池を入れるようなスペースがあり、電池の方向を示す矢印のようなものがモールドされている。また、ギヤボックスを定位置に収めるためのモールドが施されている。さらに、ドライブスプロケットには、実物と同じようにキャタピラのセンターガイドが収まるような窪みがあったので、ドライブスプロケットを回転させるギヤボックスさえあれば、比較的楽に、動く戦車への改造ができることがわかった。そこで、市販の汎用のギヤボックスを数個購入して試してみたが、この狭いスペースにうまく収まるギヤボックスは、なかった。途方にくれていたころ、「超汎用戦車用ギヤボックス」という新製品が発売され、これがうまく車体に収まった。車体下部を少し削り、ドライブスプロケットの取付け部に穴を空け、ギヤボックスのシャフトを通しこれにドライブスプロケットを固定するのが主な作業。あとは、ネジでギヤボックスを固定し、ギヤボックスのアームが動かないようにプラ棒で固定するだけ。2つのモーターから出るリード線をリモコンボックスに繋いで完成。ポイントはドライブスプロケットの左右の位置合わせだ。これがキャタピラの位置とずれていると、信地転回や超信地転回をやったときにキャタピラが外れやすくなるのだ。なにはともあれ、45年前のキットのリモコンキットへの改造が成功したわけだ。モーターライズキットについては、「動く戦車たち」のコーナーにT.M.FACTROYのコレクションが紹介してあるので、興味のある方はご覧ください。

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各部写真

全体。40分の1ながら写真に撮るとなかなの迫力。 側面。車体が後ろ(この写真では左)に向かって下がっているのがわかる。これは模型ならではのデフォルメ?。

前面。マズルブレーキが自己主張。操縦席にも1名のフィギュアが乗っている。 後面。ジオラマはめんどうなので、本来は地面を歩く姿の2人も戦車の上に載せた。こうすればフィギュアがなくなる心配がない。

強そう。デフォルメが生きて大きな戦車に見える。 本物より砲身が長いような気がするが、これはこれでかっこい。

車上の燃料タンクはソビエト戦車のトレードマーク。 一体モールドのフィギュア達だが、なかなかによいできだ。

同じ40分の1のREVELL製M35トラックとツーショット。両方ともフィギュア満載。 1980年代に発売されたTAMIYAのT34/85とのツーショット。

塗装前の状態。部品の色の違いでどこを改造したかが、よくわかる。 「超汎用戦車用ギヤボックス」を組み込んだら、まるで、このキットの専用ギヤボックスのようにピッタリと収まった。アームを押さえるためにプラ棒を使用。

TAMIYAの単二乾電池が4本入る市販のギヤボックスを使用した。


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