
第二次世界大戦で一番有名な戦闘機はなんだろう? なにが一番かは決めるのは難しいが、スピットファイアをその一つとしてあげることに、誰も異存はないだろう。スピットファイアのライバルとして並び賞されるのはメッサーシュミット109。いわずと知れたドイツの戦闘機。この2機は、1940年にドイツがイギリスへの侵攻を目標としてイギリスへの爆撃を開始した際、爆撃機を護衛したメッサーシュミットと、イギリス空爆を阻止しようとしたスピットファイアが戦うことになる。有名な「BATTLE OF BRITAIN」だ。スピットファイアとメッサーシュミットの戦いはほぼ互角であったといわれているが、フランスから飛び立ったメッサーシュミットは短い航続距離のため、イギリス上空では20分ほどしか戦うことができなかった。このため爆撃機の護衛が充分にできず、ハインケル111など多くの爆撃機は、スピットファイアやハリケーンに打ち落とされる結果となった。結局、ドイツは大きな犠牲を出して空爆をやめた。スピットファイアは祖国を救った戦闘機という輝かしい称号を得たわけだ。今回紹介するマーク1は、数あるスピットファイアのバリエーションの中で初期のもの。スピットファイアは、子供のころに、レベル、エアフィックス、ハセガワの3種類の72分の1キットを作った記憶があるが、最近、ハセガワの32分の1キットを友人からいただき、急に作って見たくなった。ハセガワの32では、これまで各種のスピットファイアが製品化されてきたが、初期のキットの胴体をベースにして、翼部品などを新規に開発したのがこのマーク1のキットのようだ。このため胴体凸モールド、翼は最近の流行である凹モールドという妙な組み合わせ。しかし、飛行機の詳しい方によると、飛行機を構成するジュラルミンの板は、障子紙を張るように、その一部を周りの板と重ねて張るのだそうだ。したがって、凸モールドも凹モールドも事実とは違う「脚色」ということになるらしい。何はともあれ、ビッグスケールには小さなスケールにはない迫力があるし、多少スケールは違うが、30〜35分の1のAFVなどといっしょに情景を再現し写真を撮ることができるという楽しみもある。今後、32をいろいろと作りたいものだと思っている。問題は完成後の保管場所だ(笑)。 インストを参考に、スピットファイアマーク1のデータをまとめてみた。
◆今回の制作の方針 1、いつものとおり素組み。 飛行機製作には慣れていないので、基本的な部分で何をどうしたらよいかわらかないし、素組みでもうまく作れるかどうか不安だ。 2、胴体内部の塗装 飛行機は組み立て前に胴体の内部を塗装しなくてはならない。これが、AFVと大きく違うところ(とはいえ、オープントップの自走砲などの場合、組み立てに先立って塗装が必要なこともある。内部の壁はTAMIYAのスカイに近い色で塗装し、細部を黒や銀で塗り分けた。計器盤は先に銀色で塗っておき、その後黒で塗装し、ペーパーがけをして計器の目盛りを浮き出させるという方法を使った。 3、胴体の組み立て 操縦席、後輪の部品を組み立ててから、左右の胴体を張り合わせた。胴体は1970年代のキットだが、隙間もほとんどなくできた。 4、翼の組み立て 翼は新しい部品なので、キッチリと組めた。胴体との段差が多少あったが、隙間を少しパテで調整した。 5、塗装 上面をクレオス水性のダークグリーンとダークアースを使ったが、色味は映画「空軍大戦略(バトルオブブリテン)」に登場するスピットファイアーを参考に調整。下面は、右半分を白、左半分を黒という珍しい色で塗装。この風変わりな塗り分けは、味方識別のためだそうだ。 6、マーキング マーキングは「イギリス空軍第54中隊アラン・ディーア少尉乗機」とした。1940年5月の塗装。。 ◆総括 最初機体上面をダークグリーンでエアブラシし、迷彩色のダークアースを境界を筆塗りして、中をエアブラシで塗装という方法を試したが、境界線の筆塗装の際の色が濃すぎて、後でエアブラシをした部分と比較して筆塗りの段差がでるという大失敗をしてしまった。一週間ほど放置して乾くのを待って、段差をペーパーがけで調整して、筆で再塗装というハメになってしまった。ここで、胴体の凸モールドがペーパーがけの障害になって、恐ろしく時間がかかってしまった。ああ、飛行機は難しい。戦車なら、汚し塗装で難とでもなってしまうのに。ほんとにごまかしが効きません。 |
ホームに戻る
スピットファイアマーク1のことをもっと知りたいならこれがおすすめ
ここで紹介しているキットそのものです。
ご注意:このホームページに収録されている写真、文章などを、TM FACTORY主催者あるいは各著作権者に無断で転載あるいはコピーすることはできません。なお、リンクはご自由にしていただいてかまいません。