◆T34 1940年型(MAQUETTE)

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1940年に登場したT34は、それまでの戦車の常識を覆した「近代戦車の祖」として有名だ。大馬力のエンジン、傾斜した厚い装甲、クリスティー型サスペンションと大型転輪、幅広のキャタピラ、そして、強力な戦車砲。野球選手に例えれば、走、攻、守の三拍子そろった名選手というところだろう。ドイツのT34のショックがパンサーやキングタイガーを産み出し、T55やパットン戦車など戦後のMBTに大きな影響を与えたといわれている。さて、この名戦車T34を設計したソビエトの天才技師コーシキンは、T34の完成を見届けて亡くなっている。つまり、コーシキンは1941年以降のT34の進化については、コーシキン自身は構想をもっていたかもしれないが、口径の長い76mm砲を搭載した41年型、大型砲塔を搭載した42年〜43年型、そして85mm砲を搭載したT34/85、さらにSU122、SU85、T3440などの自走砲を実際に見ることはできなかったわけだ。T34のスケールプラスチックモデルとして世界で最初にキット化されたのは、1958年に発売されたREVELLの40分の1キットであろうか。このキットは中東戦争でイスラエルがアラブ側で使っていたものを鹵獲したものをもとに作ったようで、いわゆる戦後型のT34/85である。その後、TAMIYAもT34をキット化したが、形を見るとREVELLのキットを参考にしたよう思われる。この2台のキットの影響で、プラモデルファンにとっては、T34といえば、あの大型砲塔と85mm砲のT34/85を思い浮かべるようになったのではないだろうか。76mm砲装備のT34(T34/85が登場した後で、T34/76と呼ばれるようになる)が、プラモデルファンに広く知られるようになったのは、1970年代中ごろにTAMIYAから42年型(実は41年型)、43年型(実は42年型と43年型)などが発売された後のことではないだろうか。このTAMIYAの製品発売と前後して、76分の1や48分の1でもT34/76が発売された。こうしてドイツに「T34ショック」を与えたのは76mm砲装備の初期のT34であったことが、模型界の常識として定着していったと思われる。現在(2004年7月)、TAMIYAのT34/76が発売されてから、早くも30年の月日がたち、ありとあらゆるタイプのT34とその系列車両がキット化されてきたが、なぜかT34の最初期型である1940年型は35分の1のキットとしてはこれまで発売されてこなかったのである。ところが、2003年になって、コーシキン技師が初めて世に出したT34 1940年型がDRAGONとMAQUETTEからほぼ同時期に発売された。正直いって、このキットを長く望んでいた私にとっては、大いなる喜びであった。どちらを買おうかちょっと迷ったが、無骨なロシア戦車の雰囲気の再現を期待して、MAQUETTEのキットを買うことにした。

◆今回の制作の方針

1、MAQUETTEの新製品に挑戦

無骨なイメージを望んで購入したキットは、予想にたがわず豪快なキットだった(笑)。先に発売された同社のT34/85の車体部品がベースで、それに40年型の部品がいろいろと用意されているというもの。部品は白から黒までの5色以上のランナーに分かれている。エンジン部品が用意されているのも楽しい。これは別売りにもされているもの。部品が箱にぎっしり詰まっている。これは作り応えがありそうだ。

2、素組みなのに切ったり張ったり(笑)

 T34/85とT34/76 1940年型では、オナジT34といっても細部が非常に異なっているにもかかわらず、T34/85の車体上部と下部がこのキットのベース。このため。次のような大きな修正が必要となる。

・車体上部部品の前部を7mmカット。

・車体上部部品の機関銃基部のバルジを削除。ハッチのヒンジ部品を削除。不要なフック基部を削除。

・車体下部部品の前部を約5mmを後部を35mmカット。

・前部のフェンダーを車体上部に合わせて整形。

 素組みでこんなのははじめ。さすがに豪快なキットだ。

3、エンジン

 500馬力のV型ディーゼルエンジンが付いていた。エンジングリルの網も別素材で付属しており、エンジンルームが透けて見える。さらに、エンジン整備用のハッチを空けた状態に組み立て完成後もエンジンが少々見えるようにした。

4、キャタピラは初期タイプ

 旧タイプの接着組立式のキャタピラが付いていた。このキャタピラは、MAQUETTEのT34/85に付属していたワッフルタイプのキャタピラより、やや厚みがあってリアルなものだった。押し出しピンの痕が一切ないのはありがたい。組立には時間がかかったが、リアリティはなかなかのもの。

◆総括

 これまで、35分の1のT34とその系列自走砲キットを10台ほど作ってきたが、そのうち、2台以外はTAMIYAのもので、T34としてははじめてのTAMIYA以外のキットであった。このキットは、切ったり、張ったり、盛ったり、削ったりの連続で、パテと解きパテとプラ板とサンドペーパーが必須だった。正直なところかなり苦労したが、無骨で荒々しいロシアの戦車が完成した。DRAGONの40年型を購入すればこんな苦労もなく、2、3日で完成したと思うが、苦労した反面、愛着が湧くのも事実だ。結果的にはやはりこちらを選んでよかったと思っている。とはいえ、このキットはなかなかの難物なので、時間と妙な思い込み(笑)のない方は、DRAGONのキットを購入されたほうが無難だろう。

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複数アングル

外観。TAMIYAのT34(1942年型以降)を見慣れた目には、細部の違いがとても新鮮だ。 側面。砲身は短い。車体後部がやや腰高になってしまった。なぜだろう?

前面。車体上面のフック、機関銃の防盾、操縦士用のハッチの形式が1942年型以降とはかなり異なっている。ライトも二つ付いている。 後部。エンジン整備用のハッチが四角形。後ろのフェンダーに載せられているのは、キャタピラ止め?

車体後部。ハッチを開状態にした。 フェンダーの形も珍しい。砲盾の形もL-11型と呼ばれる特徴のあるもの。

砲塔のハッチにはヒンジやペリスコープも部品で用意されている。 車体左右の工具箱?の形も変わっている。砲塔にタンクデサント用の手すりはないのは、そういう戦術が確立していなかったからだろうか?

エンジングリルは別素材の網で再現されている。 T34の弟分のBT-5(ITALERI)とツーショット。

T34の最終形であるT34/85(TAMIYA)とのツーショット。 組立が終わり、砲塔やボディーに溶きパテを塗り、ライトグレーで下地塗装をしたところ。


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