玄武洞(豊岡市)
Since 2008/10/14



 規則正しい割れ目(柱状節理&板状摂理)を持った玄武岩の塊です。約160万年前に来日岳(566.6m)の噴火によって流れ出したマグマが冷えて固まるときに出来ました。柱状節理は太さ40〜60a、5〜6角で、これに15a程度の板状の節理が発達しています。約6000年前に波の浸蝕によって地表に現れ、それを人々が石材として採掘したために現在のような洞窟が出来ました。 

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玄武洞


玄武洞


青龍洞


青龍洞


南朱雀洞


 江戸時代後期の文化4(1807)年、ここを訪れた幕府の儒学者、柴野栗山が、伝説の動物「玄武」に形が似ていることから「玄武洞」と名付けました。「玄武岩」の名前はその後の明治17年、東京大学の小藤文次郎博士が岩石の日本名を制定するときに、玄武洞に因んで命名したものです。

 また京都大学の松山基範教授は1926年、玄武洞の玄武岩は自然残留磁気が南を指していてることを発見しました。マグマは冷えて固まるときに磁性鉱物の影響で地磁気を帯びるのですが、ちょうど普通の場所とは正反対の方向を指しているのです。このことは、160万年前(噴出時)の地磁気が現在とは逆の方向を指していたということを意味します。地磁気のN極とS極が今と反対の時期があったというこの考え方は、発表当時はほとんど無視されましたが、1960年代になって広く認められるようになり、第4紀の逆転期には「松山逆磁極期」という名が付けられました。この地磁気逆転の事実は、大陸移動説成立の元にもなりました。

 現在は「玄武洞公園」として整備され、山陰海岸国立公園に含まれる観光スポット(入園無料)となっています。同公園には5つの洞があります。メインの「玄武洞」は国指定天然記念物です。ほかに、長さ15bにも及ぶ最長の節理がある「青龍洞」や、横の節理ばかりが並んだ「白虎洞」、小さいけれども全体の形がよくわかる「南朱雀洞」、洞の形が羽を広げた朱雀に似ている「北朱雀洞」があります。

 2008年10月2日(木)、自家用車で訪ねました。車は道路を挟んで向かいにある「玄武洞ミュージアム」の駐車場に入れました。写真で何度も見ていましたが、実物を見るのは初めてでした。想像していた以上に大規模かつ精緻で、「この迫力を写真で表現するのは無理だ」と思いました。出会った観光客は10人程度でした。

 

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