生野銀山(朝来市)
Since 2008/07/12


 
 田植えが済んで農作業が一段落した2008年7月2日、「半夏生(はんげしょう)」の骨休めに湯村温泉へ出かけました。その途中に、生野銀山へ立ち寄りました。

 石見と並んで昔から有名な銀山です。自宅から車で2時間ほどの近場にあるのに、これまで一度も行ったことがありませんでした。1200年前に発見された鉱山は昭和48(1973)年に閉山となり、現在は観光施設(鉱山公園 生野銀山)として運営されています。

 観光用に整備されたこの種の史跡は「期待はずれ」が多く、今回も、昼食ついでに、温泉宿へ入るまでの「時間つぶし」のつもりだったのですが、メインの「観光坑道」は、規模や迫力が予想をはるかに上回り、思わぬ「拾い物」でした。来て良かったと思いました。その最大の要因は、坑道や掘削機械が実際に使われていた「本物」だったことにあると考えます。

 その逆が併設の「吹屋資料館」です。銀精錬の様子を等身大の動く人形を使って再現しているのですが、所詮は「作り物」。「お化け屋敷」と変わりませんでした。

 「生野鉱物館」も期待はずれの部類。パンフレットによると「国内最大の鉱物博物館」ですが、輝安鉱や水晶など、同じ種類のものが多くてガッカリ。もっと多様な鉱物が展示されているものと思っていました。アメジスト(紫水晶)などは、隣の土産物店に展示されているものの方が 迫力がありました。 

  (写真はクリックすると大きくなります。)

生野代官所門(入口)

 昔の代官所の門を復元したというわけではなく、史跡公園の入口を代官所風に作ったということのようです。左手画像外に入場券売場があって、そこで入場料(大人900円)を払ってこの門の奥へ進みます。210台収容の駐車場は無料です。

観光坑道入口

 正面のトンネルが観光坑道の入口で、右手の朱塗りの橋の奥にある坑口が出口です。出口は江戸時代の坑道様式で、無事を祈って鳥居を模しているそうです。左手からトンネルの上部へ続く階段は、露天掘りの跡へ行くための通路です。

観光坑道内部  入口のすぐ右手に出口が見えていたので、内部はせいぜい数10mだろうと思っていたら、どっこい約1000mもあり、所要時間は50分、坑内温度は年間を通じて13度、と掲示されていました。前にも後にも人影はありません。「女一人では入れないね」と妻が言いました。地下1000mで落盤に遭ったらどうなるのだろうと、不安もよぎりましたが、敢えて入坑。半袖の夏姿では寒いので、持っていたチョッキを羽織りました。中へ入らない観光客も少なくないのではないか?と推測しました。

坑内作業再現風景
 坑内あちこちに、閉山前に実際に使われていた機材を使って作業風景が再現展示されていました。作業員は動かない人形ですが、うしろ姿はかなりリアルでした。坑道の最深部に大きな押しボタンがあって、「これを押すと坑内発破(爆破)の様子が再現されます」と表示されていました。「やめて!」という妻を振り切って押してみました。すると音と光が……。結局入口から出口まで、妻以外、誰一人とも遭いませんでした。外界へ出ると、冷えたデジカメはレンズが曇って、しばらく使えませんでした。

露天掘りの跡
 観光坑道入口の脇にある石段を登って渓流沿いの山道を5〜600m進むと露天掘りの跡に出ます。昔は地表に露出した鉱脈(露頭)を探して、そこから地中へ掘り進んでいたのです。写真は「慶寿ひ」と呼ばれる生野の代表的な鉱脈の露天掘り跡で、鉱脈は地下の観光坑道まで続いているそうです。周辺にはこのほかにも、露天掘りの跡や昔の坑口跡が10カ所前後分布していました。地表と坑道内部の両方を見て、鉱脈の状態や掘削の方法などが実感できました。ある意味、世界遺産の石見より立派だと思いました。地表でも誰にも会いませんでした。

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