竹田城跡(朝来市)
Since 2008/10/08



 全国でも「まれ」な完存する山城遺跡です。標高354mの山の上にあり、秋から冬の早朝に雲海に浮かぶ景観は、「天空の城」とか「日本のマチュピチュ」と呼ばれ、カメラ愛好家の人気を博しています。城の築かれている山全体が、虎が臥せているように見えることから「虎臥城(とらふすじょう)」とも呼ばれています。黒澤明監督の「影武者」や、角川映画の「天と地と」のロケ地にも使われました。

(写真はクリックすると大きくなります。)


立雲峡から


立雲峡から


天守台から


縄張り図

 この城は、嘉吉年間(1441〜43)に、但馬の守護大名、山名宗全が出石城の出城として、播磨・丹波から但馬への侵略路に位置するこの地に、13年を費やして築いたと伝えられています。当時は土塁をもとにした城であったようです。

 それを、最後の城主となった赤松広秀が、文禄年間から慶長の初期(1600年頃)に、現在のような豪壮な石垣積みの城郭にしました。石垣の積み方は、織田信長の安土城と同じで、自然石の石の声を聞きながら積むと言われる近江穴太衆(あのうしゅう)の技法が用いられています。その石垣は、400年を経た現在でも、当時の偉容を保っています。

 2008年10月2日(木)、木津温泉(京都府)へ出かける途中に立ち寄ってみました。自宅(兵庫県相生市)から車で2時間ほどの近場ですが、これまで訪れたことがありませんでした。円山川を挟んで城の東側にそびえる朝来山(756m)の北西斜面に「立雲峡」という桜の名所があります。城跡全体を一望出来るというので、先ずはそこへ登ってみました。自動車道路があり、駐車場も整備されていましたが、近年はあまり手入れされていないようで、人影もありませんでした。眺望は上の写真の通りで、薄くモヤがかかっていました。

 「立雲」とは、戦前に活躍した右翼・国家主義者の大立て者、頭山満の「雅号」です。「もしや」と思って調べてみたら、やはり。神戸新聞出版センター発行(1975年)の「旅情のひょうご」に書いてありました。「立雲峡」の名付け親は頭山満のようです。彼もこの地から竹田城跡を眺めて感激したのでしょうか。

 城跡へはJR播但線の竹田駅裏から徒歩で登る近道があります。それとは別に自動車道路も作られています。国道312号を加都信号で西に折れ、県道136号に入ります。1kmほど進んで播但連絡道の陸橋をくぐった2〜300m先(左手)に登山道路の入口があります。城跡直下にトイレを備えた駐車場(50台)があります。自動車道路は駐車場の先の大手門の下まで続いていますが、そこには駐車場がなく、5〜6台が路駐すると反転スペースが無くなるので要注意です。

 城跡に着いたのはお昼時。地元の家族連れ2組がお弁当を広げていました。そのほかに10組前後の訪問者を見かけ、平日にしては多いと思いました。大手門の下に駐車していた車2台は、おそらく地元の人のものでしょう。

 上の「縄張り図」は、駐車場に置いてあったパンフレット(和田山町観光協会発行)を写したものです。

 

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