福田開拓九人之碑  最終更新日:2009年2月28日 

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大和市の中南部に”福田”と呼ばれる地区があります。
ここは約500年前に、美濃の国から来た9人の人々により開拓されました。
引地台公園南側にある大和霊園の中に記念碑があります。

 
福田開拓九人之碑(左:表面、右:裏面)


碑文には次のように書かれています。

相定め候一札のこと

  われ等この度 保田筑後守永正二年此所へ来り田辺因幡守同四年来り広田刑部介同十六年来り斉藤民部小林大玄同十七年来り山下半哉駒井文太夫大永元年広瀬藤八市川元源兵衛同二年来り以上九の者は相談を以って東西南北の境を定めるもの也 かぐ御座なく早速かけつけ相しづめべき事此村の掟の事保田筑後守田辺因幡守の両人の者此所のくさきりに候はば何事も厳しくおゝせ出候に付相そむき申すましき事筑後守のさと南善ケ谷因幡守のさと松木ケ谷刑部介さと根下ケ谷を以てこの時福田村と名つけたり 誠に家々子孫迠相守り願い申す者也
  願事一札件の如し
  大永四年申二月四日
          広田刑部介
          斉藤民部
          駒井文太夫
          広瀬藤八
          市川源兵衛
          山下半哉
          小林大玄
       保田筑後守殿
      田辺因幡守殿

       右は福田九人盟約書を写す
爾来星霜四百有余年茲に広く浄財を募り姥霊供養碑を併せて建立せしもの也
     昭和四十五年三月彼岸
            福田 史跡/伝説 供養碑建設委員会



開拓者九人の中の”小林大玄”の妻”イト”が山姥になった話はこちら。

土岐頼純公供養碑はこちら。

大和霊園入口の案内板
(クリックで拡大)
2009/02/22 2009/02/22

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